194『信長、光秀、今生の別れ』〈3〉
「こんなにも固くなっておったであるか……」
信長は光秀の肩をほぐしながら、
「余の……この世への思いに、今までよく応えてくれた。
本当に、光秀お主には、苦労を多くかけたものであるな」
「……信長様、苦労などと感じたことは、ないですじゃ」
方膝を付きながらそう応える光秀は、
信長の優しさに応えようと、できるだけくつろいでいる。
しゃがむ高齢の明智光秀を、織田信長が今までの感謝を込めて――肩を揉む。
このほのぼのした状況の中で二人は――
「……信長様、何故だか、今までのことが思い出されますじゃ」
「であるな、光秀」
信長と光秀は、思い出の中にいる――
「……儂には、他の武将には無いものがありますじゃ!」
「ほう、なんであるか?」
「いや、なに特別なことではありませんが……
儂は――高年齢でありますじゃ!」
「そうきたであるか!」
「はい、織田家中において、なんの功績もなんの縁故も無く全くな新参の者で、どこの馬の骨か解らぬような五十過ぎの者は……
いくら信長様の配下でもいますまい」
「であるな。確かに何も功績もない、
……ただの高齢な者は、さすがの余とて雇わんであるな」
「――だからこそです、
なのに家臣にしてもらったとしたら……
儂は、どうすると思いますじゃ?」
「なるほどのう、――その分、励むと?」
「その分誰よりも早く、信長様に受けたら恩を返さねばなりません。
それこそ必死に必死に、その為なら死をも恐れずですじゃ」
「なかなか良いことをいうであるな、光秀よ」
「実はな光秀、余は人材を求めておる。
――つまり、光秀お前の朝倉に仕え、また義昭公に下っぱとはいえ近くにて仕えたお主の経験は――
実は余には、凄く貴重で有難いものなのである」
信長は、そういうと光秀の両肩をバンと叩き、
「光秀よ、人生長生きして苦労してみるものであるな」
「あ……有り難き幸せにございますじゃ……」
光秀の採用が決まった、永録七年の“あの日”のことを思いだす二人。
安土城第五階の、煌々と燭台の灯火に二人照らされた部屋の中で、
「信長様、あの日から……」
「である、あの日から……
光秀お主を家臣としたあの日から――」
「余の『天下布武』は――大きく動き出したであるな」
二人の回想は、どんどん進んでいく――
――次回、本日午前中に投稿します!




