192『信長、光秀、今生の別れ』〈1〉
「最後に………明智光秀」
何故か震えた声で信長は、光秀をフルネームで呼んだ。
「はい、信長様」
光秀は最後に名前を呼ばれたこともあってか、静かに落ちついた表情で――
一歩前に出て信長と、深紅の布に覆われた儀式台を挟み向かい合う。
「明智光秀……その名は余が最も信頼する家臣の名である……」
信長の声はまだ震えている。
「……光秀、覚悟はできておるか?」
「はい、儂は信長様に高齢でありながら見いだされし者ですじゃ。
――儂は召されしその日より、信長様に命を捧げる覚悟にごさいましたのじゃ」
「であるか。では――」
信長は、銀製のトレーより切り分けられた“天下餅”を一つ掴むと、
「――これは、余の肉である。これを食べたものは常に余と共にある」
と言って光秀に差し出す。
「有り難き幸せにございますじゃ」
光秀は粛々とその餅を拝領すると、
ゆっくりと餅を口に運びゆっくり食べていく。
光秀は、もう覚悟が決まっているので、蘭丸や信忠のように涙を流すことは無い。
「お主とこうしてゆっくり語り合うのも……」
「……今日で最後……」
信長は震える声を確かめるように、一言一言区切って語る。
「――今日より、家康の饗応役に専念してもらう」
「光秀、お主が精魂込めて家康を饗応すればするほど……
余の理不尽な仕打ちで饗応役を解任され、秀吉の援軍へと命じられれば……
皆が余の残酷さに耐えかねて、お主が裏切ったと感じるであろう」
「そして秀吉の出陣要請が届けば、お主は直ちにこの安土城を退去せねばならん」
毛利攻めの秀吉から、毛利本隊が高松城への救援の兆しを掴んだら、信長に報告することになっている。
――そう、その秀吉の報告が信長に届いた日こそ、徳川家康への饗応役から光秀が解任される日であり、
光秀が『愛宕百韻』、そして『本能寺の変』へと――
信長の為に、そう『信長による福音書』計画に邁進する起点の日となるのである。
「……つまり……お主の饗応役を解いたそのあとに、
余と会えるのは……」
「……本能寺の変、当日である」
――次回、本日中に投稿!
乞う、ご期待!




