179『良い羊飼いは、羊のために命を捨てる』
「この天下を統べる権力、この天皇を超越する権威を合わせ持つ余は――
この日の本で、総てを超越した唯一絶対の存在であり、
つまりはこの日の本の中で――
もっとも神に近い存在となったのである」
「はい」「そうですじゃ」信忠と光秀、大きく頷く。
「そうもっとも神に近い男が、いにしえの秘跡を行う時――
この世界に福音をもたらすことができるのである」
そういうと、信長は『福音書』を、そうフロイスもらったら日本語訳『聖書』を開き――
「――よくよくあなたがたに言っておく」
と、『ヨハネによる福音書』の一節を朗読した。
わたしはよい羊飼である。
よい羊飼は、羊のために命を捨てる。
わたしにはまた、この囲いにいない他の羊がある。
わたしは彼らをも導かねばならない。
彼らも、わたしの声に聞き従うであろう。
そして、ついに一つの群れ、ひとりの羊飼となるであろう。
父は、わたしが自分の命を捨てるから、わたしを愛して下さるのである。
命を捨てるのは、それを再び得るためである。
だれかが、わたしからそれを取り去るのではない。
わたしが、自分からそれを捨てるのである。
わたしには、それを捨てる力があり、またそれを受ける力もある。これはわたしの父から授かった定めである。
このイエスの言葉、それはつまりイエスが自らの意志で――
その『自らの命を捨てて、世界を救う』計画を、
弟子たちに述べた言葉です。
――今や、本作を最初から読んでいただいた読者様も感じると思いますが――
このイエスの言葉の、羊を「民衆」、羊飼いを「天下の主=天下人」、父なる神を「天」と置き換えれば――
まさに信長が『福音書』計画の開始を宣言した言葉としても、
読者様方にも、自然と受け入れることが可能だと思います。
「上様、家康様があと半刻程で安土につくようです」
小性の森蘭丸が、急ぎやって来た。
「いよいよであるか……」
信長はふっと目を閉じる。
その顔は、少し寂しそうにも見えた。
それら目を開き、
「光秀、そして信忠よ、最後に……
お主らに渡したい物がある……」
――次回、永遠の別れの前に人は何を思うのであろう……?
師弟、そして親子の今生の別れは、何を生み出すのか?
乞う、ご期待!




