174『饗応役解任』
「――余の先陣をまかせるのは……
――これから余がこれを、預ける者である」
といって、信長は懐中から、布に覆われて中身は見えないが、細長い板のような物を出した。
……信長の渡そうとするものは、いったいなんであるのか?
そして立ち上がると、何故かまずは梅雪の席の前まで来る――
「……わ、我が主、信長様」
信長が自分の前まで来たので、平伏する梅雪。
「梅雪よ、いかなる時も恐れるでないぞ」
梅雪を見下ろしながら、そう言った信長の目は、少し悲しげに見えた。
「――信長様!」
次に信長が自分の前に来たので、平伏する家康。
「家康よ、いかなる時も諦めるでないぞ」
家康を見下ろしながら、そう言った信長の目は、少し微笑んでいるようにも見えた。
信長は続いて光秀の席の前まで来ると――
「――光秀、これをお主に授ける」
「……。」
それを聞いても光秀は無言で、下を向いて返事をしない。
しかも、体をまだ震わせている……。
――信長は光秀を一喝!
「光秀、家康の饗応役は解任であるぞ!
――お前のしようとしている事を――早くせよ!」
「……。」
はじめて顔を上げた光秀であったが……
ポタ……ポタ……と落ちる、鴨汁の汁が床に落ちる……。
と、思ったら……
床に落ちるは、大粒の光秀の涙でっあった。
「命に代えても……」
涙でそれ以上は話せなかった。
……それだけ恥をかかされての……悔し涙であろうか?
光秀の心情はにわかには解らないが、
ただ一つ言えることは――
この信長と光秀のやり取りを伝え聞いた者たちが、
その半月後に明智光秀が『本能寺の変』にて織田信長を裏切った事実から――
この『安土饗応』での信長の乱暴と、突然の『光秀の饗応役の解任』が、光秀の面目を潰したことが、最終的に謀反を決意させた原因ではないかと考え――
『明智軍記』などの「光秀による信長怨恨説」という講談話が広がっていったのであった。
――光秀は、信長より授かり物を受けとると、宴席を後にした。
襖から見える外は、もう夜更けになっていた。
「……」
――光秀は、安土城内の自らの邸に戻っていた。
「信長様」
光秀は、そう呟くと、信長より授かった布におおわれた、細長い板を出した。
そしてその布を外すと……なんと、
出てきたのは――
連歌などを詠む時に歌を記入する、細長い色紙であった。
そこに書かれたるは……
なんと、
……いや、何も書かれておらず、白紙であった。
――次回、色紙が白紙であった理由とは?




