173『……裏切り者は、誰だ?』
「……。」
織田信長が、「料理が薄味過ぎる」と激怒して、御膳を蹴飛ばし、その御膳が体に当たり、しかも頭から鴨汁をかぶり、カツラの髻も取れてしまった光秀は……。
その場で体を震わせながら……まだ恥辱に耐えている……。
「あわわ……」
その様子を見ていた武田家の裏切り者……
穴山梅雪は、噂通りの残酷な信長の姿に肝を冷やしていた。
(裏切り者を決して許さぬとの噂は……本当かも……)
「……」
徳川家康は、無表情で前を向いている。
(どのようなことかあろうと、信長様についていくのみ!)
――その凍りついたような場の雰囲気の中で、少し酒に酔っているからか……信長は問題となる言葉を告げた。
「特にお前たちに申しておくが……
――お前たちの内の一人が、余を裏切ろうとしている」
「うっ、裏切りぃ~!」
と慌てて真っ先に声を挙げたのは……一番“裏切り”という言葉に敏感な梅雪。
「わ……我が主である信長様、まさかそれは私と申されはしないでしょうね……」
「……。」
光秀は、まだ汁を拭おうともせずに、下を向いて体を震わせている。
「信長様、私は信長様のためなら、例え火の中、水の中でもついていくのみ。
私が信長様を裏切ることなどありませぬ!」
そう堂々と断言するは、家康。
「である……か、しかし家康よ、お主は余に……ついてはこれまい」
信長は家康に目を会わせずに言った。その顔は少し寂しそうにも見えた。
……まさか、やはり家康をここで暗殺する気なのか?
「信長様、いかなる時も私は信長様について参ります!」
「である……か、その気持ち有り難く思うであるぞ家康」
少し目頭を押さえながら言う信長。
「……では」
「いや、家康よ………
余はお主に申しておく――
お主はある日、鳥が三度鳴いて朝を告げる前に……
――三度余を知らぬ存ぜぬと申すであろう」
「信長様、そんな……」
――と、その時、小姓の蘭丸が急ぎやって来て、信長の前にひざまづき――手紙を渡した。
「――何々、毛利本隊が接近中なので、上様に援軍としてご出陣を――」
それは、秀吉から信長への――中国攻めの救援依頼であった。
信長は苦笑して言った。
「……余はいつまでお前達と共にいなくてはならぬのだ。
やれやれである……これでは天下統一もままならん。
――といっても西国最強の毛利が相手であるからな、
余が近々出陣するしかあるまい」
信長は皆を見渡して言った――
「……余が中国に向かうにあたり、その先発隊を決めねばならん!」
それを聞き、
「……」
キョロキョロと落ち着きなく、家康や光秀を見るは……梅雪。
(ここで私が先発隊を!と申した方がいいのか?
しかし、できれば早く信長と離れ、故郷に帰りたい)
「――」
じっと信長を真剣な眼差しで見つめるは――家康。
(信長様がお命じなら、例え朝鮮だろうと唐だろうと)
「……。」
光秀は、まだ体を震わせながら、うつむいている。
――蘭丸が皆の様子を見て、信長に尋ねた。
「――上様、それは誰になりますか?」
信長は皆の顔を見渡した後――言った。
「余の先陣を命じるのは……」
……と、ここで話も長くなりましたので区切っておきましょう。
次回、信長が命じるのは史実通り○○なのか、否か?
乞う、ご期待!
――ぺトロが言った、
「主よ、わたしは獄にでも、また死に至るまでも、あなたとご一緒に行く覚悟です」
するとイエスが言われた、
「ぺトロよ、あなたに言っておく。
きょう、鶏が鳴くまでに……
あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」
『ヨハネによる福音書』
(最後の晩餐でのワンシーン)




