170『安土饗応の【真相】解明編、スタート』
○天正十年五月十六日・安土城〈夕方〉
「――ほう、ほう、これは今日もまた豪勢な」
と、今回の宴席の主賓・徳川家康は驚嘆の声をあげた。
前日の十五日より、安土城にて接待を受けている家康であったが、
今晩も、目の前に並べられる御膳、御膳の数々、そしてその上に踊るは山の幸、海の幸のご馳走ばかり。
美味しいものに目のない家康は、にっこにっこの恵比寿顔。
「信長様、昨日に引き続き本当にありがとうございます」、そして隣で酒を注いだりしている接待役の明智光秀にも頭を下げて、
「光秀どの、お主が山海の珍味を集めさせたと昨日聞いたが、本日もまた見事なり、本当にありがたい。
――のう、梅雪殿」
「そ……、そうですね」
こちらも賓客として招かれた穴山梅雪。
……しかし、あまり宴席を楽しんでないみたいな様子。
何故なら梅雪は“裏切り者”だからである。
――家康は、武田攻めの時に援軍を出してくれたお礼、
梅雪は武田家の親族でありながら、武田勝頼を裏切り黄金二千両を信長に納め降参したという戦勝への貢献により――
信長より家康が駿河を拝領、梅雪が旧領を安堵されたお礼参りとして、信長のいる安土へ参上したのである。
――が、
実は熱心に「お礼参りに参上せよ」と、信長が呼び寄せたものと言われている。
それは、義弟であり『清須同盟』の盟友、そして今まで信長を信じてついてきた家康への感謝の気持ちを、宴席でねぎらいたいという思いからだと言われている。
また現在話題となっている『本能寺の変』――
本当は信長が“徳川家康を討ちたかった”説では、このあと六月二日に本能寺に誘き寄せた家康を、明智光秀に襲撃させる為に、まず油断させる為に安土に来させたことになっている。
しかし、もし家康を討ちたいなら、そんな面倒臭いことしなくても、今この接待している安土で討てばいいわけである。
わからぬように“毒殺”という方法もあり、いくらでもやりようはあるはずである。
またそもそも信長がこんなに豪勢な接待をした理由は、武田攻めの帰りに、家康に贅沢三昧のおもてなしを受けたお礼という至極全うな理由なので――疑う余地などないのである。(『信長公記』)
――そう、つまり信長には、今すぐ家康を討たなければならない喫急の理由も動機もないわけで、信長が家康を討ちたいなどという発想は、よくある講談での『信長残虐』説の一つに過ぎないと感じる。
「――家康、お主のお陰で早く戦いがすんだである。
今日はゆっくり楽しむがよい」と先に少し酒を飲んで、上機嫌の織田信長。
「はい、このご馳走の数々、信長様には、大変感謝しております」
「であるか」と笑顔の信長は、梅雪の方を向き――
「梅雪殿はどうであるか?」
「は……はい、とても美味しいです……」
昨日の晩餐から落ち着かない梅雪。やはり、もともと武田家の仇敵である織田家の頭領である信長である。
また信長は自らへの裏切りは許さないと知れ渡っているので、信長の為に裏切った形ではあるとはいえ……
裏切り者であることには変わらないので、落ち着かない気持ちなのも致し方ないとも言える。
当然、戦国時代のことなので、宴席に呼び出して毒殺するということも可能性としてはあるから……特にである。
――森蘭丸ら小姓たちが、お膳を持ってやってくる。
「おう、できたか」
信長の前にも、豪勢な料理がどんどん並べられていく。
(――光秀が山海の珍味を集めたと言っておった。
……楽しみである)
「よし、まずは好物の“お魚さん”からである」
――上機嫌の信長は、期待に胸を膨らませ箸を持つ。
そしてお膳の――
“鯛の焼き物”を食す……
――その途端、
……信長の額に青筋が走った――
「……な、なんであるか……これは!」
信長はそういうなり、自分のお膳を思いっきり蹴りあげた――
――次回、蹴り上げたお膳は、当然○○の方へと……
乞う、ご期待!




