164『モーニングコーヒーでも飲もうか?』
○ついに天才歌人・藤原定家登場!
『愛宕百韻』のミッシング・リングである、この一句……
この“詠み人知らず”の一句――
引きすてられし 横雲の空
この句、漢字で『引き捨てられし』で、
「横雲」は横に長くたなびく雲。
――多く明け方に東の空にたなびく雲をいう。
これだと、横雲は何に捨てられたのか?
解りにくいのですが……
簡単にいうと――
朝方、山にかかった雲が風に流され、山から離れていく情景を詠んだものです。
「その句の内容のどこに、重要性があるの?」
「その句から、本当にこの句を詠んだ者が解るの?」と読者。
「はい解ります、何故なら……
この句は、ある有名な和歌の引用だという推察が簡単にできるからです」
本当にこの『愛宕百韻』は、古典からの引用が多く、この句は何かの引用なのかな~と考えるだけで面白くなってきますが――
この“詠み人知らず”の句は、拙者は……
平安の天才歌人・藤原定家の有名句からの引用だと断言出来ます!
その有名句とは、
春の夜の夢の浮橋とだえして
峰にわかるる横雲の空
という『新古今和歌集』に記された和歌なのですが、現代でも和歌の手本として教科書に載ることもある超有名歌です。
現代口語語訳は――
春の夜に見た、はかない夢がとぎれてふと目を覚ますと、ちょうど横雲が峰から離れていこうとしているところでした。
ちょっと訳文だけでは、何を伝えたいのか解りにくいですね。
でもそれもそのはずなんです!
何故ならこの句を詠んだ藤原定家(1162-1241年)は、
『本歌取り』といって――
古来の歌の引用を多用したり、しまいには歌だけでなく『源氏物語』のような古来の物語の情景を、歌に入れて詠むという技法を多用するため……理解しづらく分かりにくい歌を詠う歌人の代名詞的な存在になっているからです。
なので「一般人には分かりにくい歌」とライバルの六条藤家に、からかわれていたくらいです。
そして、定家のこの歌は――
『源氏物語』の最後の帖である五十四帖の「夢浮橋」を読者にイメージさせ――
〈上の句〉では「春の夜の夢」という“はかない夢”から目覚めたばかりで……
今みていた夢の余韻にひたっている、心地よい状況を感じさせます。
そして〈下の句〉では、峰と横雲がはなれていく様から――
男女の“きぬぎぬ”の別れが連想でき、
つまりは『源氏物語』のように、“甘い恋”の歌であることを読み手に伝えようとしているように感じます。
“きれぎぬ”=「後朝」とは、夜を一緒に過ごした男女の、翌朝の別れを意味します。
まぁ、現代で言えば、
一緒に“モーニング・コーヒー”飲んでから、
「じゃあ」と、別れるみたいな……感じでしょうか。
――この歌は新古今調の代表句なのですが、本当に奥が深すぎて、解釈か難しく、だからこそ想像する楽しみがある――
まさに和歌の醍醐味を味合うような感じの定家の有名句であります。
――次回、
この藤原定家の有名句を引用して『愛宕百韻』で詠った者の名前が、
ついに明らかになります!




