154『五月二十七日、愛宕百韻前日の出来事』(2)
「明日は、威徳院西坊で連歌百韻興行を催す日でこざれば…」
連歌師里村紹巴は、少し沈鬱な表情で、
「……本能寺、ではありませんよ」
「うむ、そうじゃった」明智光秀は、はっとして、
「本能寺は、四日後……であったな」
「さようでございます」
――ようやく頭がはっきりしてきた光秀は、
「明日、信長様の最期のお楽しみをなさる……
我々が中心となるのじゃ、上手くやらなければ」
「さようでございますな、何せ光秀様は主賓ですからな」
「うむ、信長様の《代理》として――
主賓を務めるからには……下手な歌は詠えんのじゃ」
「そうですな、主賓は連歌最初の句、『発句』を詠む習わしですから」
「そうじゃ、そうじゃ儂が発句を詠むのじゃ。
我が連歌の師紹巴よ、今までお主に教えてもらったことの集大成と思って、良い発句を思案中である。
そう必ずや明日、信長様が喜んで頂ける歌を詠うであるぞ」
「その意気ですな光秀様」しかし、突然紹巴は顔を曇らせ……
「ですが、信長様の計画とはいえ……
光秀様と信長様がお亡くなりなられるとは……」
「儂に関しては心配せずともよい。もう、齢六十七じゃ。
この歳までに多くの知人が先に逝ってしまったものじゃ」
当時ではかなり高齢の光秀、しかしその瞳を若々しく輝かせて、
「この歳で思うことは……
いかに残された余生をどう生きるか?では無く――
いかに武士として、そう、信長様の『使途』として――
どう死ぬのか?であるのじゃ」
「我々の平穏なる世界のために……かたじけないでござる」
紹巴は、光秀の決意に正座して頭を下げた。
「はは、そう、かしこまるな、もう覚悟しておるからな」
と言って光秀は、何か長い札を出した。
「光秀様、それは……」
「――儂の辞世の句である。
本能寺の前じゃからのう、流れ弾でいきなり倒れて無くなった者も多い。
……そう最悪のことも考えて、今日の天狗の太郎坊で祈願してから、考えたものじゃ」
「そうでしたか、太郎坊とは縁起が良いですね。
信長様が称される第六天魔王と縁深き場所ですから――
あっそうそう、あそこの御神籤引かれましたか?
三度引いて、同じ数字が出るほど縁起が良いと言われておりますれば」
「うむ、儂が三度、御神籤を引いたら……
全て“六”がでたのじゃ」光秀は何故か嬉しそうに語る。
「そうでしたか!」紹巴もそれを聞いて、嬉しそうに復唱する――
「籤の結果は――
――六、六、六ですか!
それは縁起が良いですね!
――それで辞世の句を詠まれたのですね」
「そうじゃ、六が3つ揃う時――
――《天国の門》は開かれる、じゃからな」
そう語る光秀の瞳には……部屋を照らす蝋燭の火かゆらゆらと写り混んであやしく揺れていた。
――次回、光秀の瞳には、燃え盛る本能寺が映っていた。
今度こそ、『光秀暗号《五十五の謎》完全解読』
頑張ります!




