151『信長の運命を変えた、就寝時間』
○信長はその日、何時に寝たのか?
六月一日の夜は――信長の人生四十九年の最期となった夜である。
通説の『明智光秀謀反説』にたつなら、当然信長は、
明日……
明日の早朝……
いや……そう、就寝してから数時間後にまったく予期せず突然に死を迎えたことになる。
そう『本能寺の変』は、つまり明智光秀の襲撃開始時間は、
午前4時~同6時の間くらいが有力となっているからです。
『爛柯堂棋話』に記されたように、
囲碁名人日海と鹿塩利玄の対局は、熱戦となり深夜0時まで及んだというのが事実で、信長がその対局の決着を見てから、就寝したとしたら――
信長の人生最期の睡眠時間は、午前0時過ぎから、光秀襲撃が午前4時過ぎと仮定すると――4時間くらいになります。
また『信長公記』によると、明智光秀の襲撃時点で、信長はもう起きていて顔を洗っている時に、襲撃音に気付いたとのことです。
普段の信長が平均何時間睡眠なのか、朝はいつも起きる時間が決まっていたのか?
それとも一日何時間睡眠とるか決めているのか?
当然、拙者には解りません。
――ここで「信長が、何時に寝ようと関係ない」と感じる方もいると思いますが、
しかし例えば織田信長は、普段午後11時頃までに就寝して、翌日午前4時前までに確実に起きているという生活習慣であったとしたら……
そしてこの六月一日も普段通りの就寝時間に寝ていれば――
この『本能寺の変』の結果は変わっていたかもしれないのです。
「なんでそんなこと言えるの?」と読者。
「就寝する時間が違えば、起きる時間も変わる可能性があるからです!」
『信長公記』の記述が正しいなら、光秀襲撃のその時に顔を洗っていた訳で、
そうつまりは――
その日その時、信長は起きたばっかり、まだ寝起きの“寝惚け眼”な状態だったと推定できるからです。
……これがどれほど重大なことが、皆様も解りますよね!?
起きたばかりの自分、顔を洗ったばかりの自分、しっかり目覚めた自分、そして朝食を食べた後の自分。
そうなんです!
当然、起きたばかりは思考能力も低下しており、逆にいうと冷静的確な思考が出来ない、しずらいということです。
――つまりは、光秀襲撃の前までに、信長が顔を洗い終え、そして完全に目覚めていたら、その日の信長の行動は、違っていた可能性もあるからです!
本作の序盤で述べたことですが、
本能寺の変で、『何故、信長は逃げられたのに逃げなかった?』という疑問を提起しました。
そう、光秀に完全に包囲されても、女性は逃がされたからです。
普段の信長なら、女装してでも逃げた可能性が高いことは序盤で述べた通りですが、
その本能寺の変で信長が生き残る方法――唯一最大の方法は逃げるの一手しか残されてない状況なのに、
逃げ足が早い信長が逃げなかった、冷静に逃げる判断ができず、つい本気で戦ってしまった?のは、そう……
織田信長が《寝惚けていた》から、かもしれないのです。
次回、では名人日海と鹿塩利玄の対局は、深夜まで及んでしまったのか?
『信長の運命を変えた一局』(仮題)
その一局、果たして名人日海が仕組んだものなのか?否か?
乞う、ご期待!




