143『法華寺の変』
○諏訪法華寺・《夕刻》
「……」
宴席を終えて、寺から出てきた織田信長の並みいる重臣達であったが……皆、暗い表情。
主君信長の光秀に対するあまりの仕打ち自体もそうだが……
「いくら信長様とはいえ、この屈辱……許せません。
一軍の将がこんな目にあっては配下の者への面目もたちませぬ。
皆々様もよくよく考えてみなされ、信長様がこの私めにしたことが……
いつか……あなたがたに起こらないとでも、お思いか?」
光秀を折檻したあとそのまま信長が怒って中座したので、皆が慌て光秀を介抱した時の光秀の言葉を思い出して……
皆が陰鬱な気持ちになっていた。
「普段お酒を飲みなされぬ信長様が、宿敵武田を倒した嬉しさで、なれぬお酒で、はめを外れてしまったのじゃろう」
「そうじゃ、そうじゃ、酷く酔われていた様子じゃった」
そう言って皆が口々にこの場をとりなそうとする。
「うっ……」
しかし、まだ屈辱の怒りに震えている光秀の髻がとれて禿げ上がった頭からは、まだ血がにじんでいた……。
信長が光秀を折檻した、対武田氏祝勝会もお開きとなり――
重臣達は各陣所に戻っていった。
《夜》――
光秀は、法華寺の部屋で床に伏して療養している。
やはり、信長に乱暴された傷が痛むのか、憔悴しているようである。
……そこにドタ、ドタと廊下を歩く音。
そして光秀の寝所の襖を大きく開けて入ってくる者が……
「すまなかった光秀、ちょっとやり過ぎてしまったである」
……その声の主は織田信長である。
光秀は、声をかけられると起き上がろうとするが……
「あっしぱらく、しばらく……そのままである」
信長は、正座して座り、なんと光秀の背中をもたれさせた。
何か宴席の時とは違って、少し優しげな信長。酔いが覚めたからなのか?
「信長様、心配なされなくとも。儂はたとえ齡六十を過ぎようとも、心は若武者でありますぞ」
と胸を叩くが、……ゴッホンとお約束のようにむせる光秀。
「……光秀、今日のこと本当に有り難く思う。
――迫真の演技であったであるぞ」
「有り難うございます。儂は信長様に、ほとんど浪人の身を拾ってもらった身、しかも今や朝廷がある近畿を預かる大将まで。
その大恩に比べれば……何のこんな傷」
といって血が止まりかさぶたが張った頭を自分でパンッと叩く光秀、しかし、「あっ、痛い」とまたお約束。
「ところで、皆の様子はどうであったか……?」
「はい、皆、信長様が本当に癇癪を起こされたと、信じてもらえました」
「であるか、それでは計画成功であるな」
「はい、エヴァンゲリオン計画のための……
『法華寺の変事』計画成功ですじゃ!
……これで儂が、本能寺を襲撃すれば――
皆、儂がこの法華寺での折檻を恨みに思って……
実行したと疑わないですじゃ」
「これで、よい。天下統一への道標は、余がつくった。
……しかし、新の平和のためには、皆にも《受難》が必要なのである。
……その逆境を打ち破った者こそが、
――余のエヴァンゲリオン計画を継ぐ者である!」
……――あの時の欄干、予想以上に固かったな……。
光秀は、《愛宕神社》で連歌会をしながら、2ヶ月前の諏訪法華寺での出来事を思い出していた。
次回、
西行法師と明智光秀が時を超えて強く結び付きます。
次回『光秀辞世の句』
人は死を思う時、自らの真実の想いを知る!
乞う、ご期待!




