表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

117/280

117『二本の扇』

儂が織田信長公と出会ったのは……

たしか……

次の足利将軍となる義昭様を入洛させる、信長公の上洛戦が終わった時……じゃったな。


「紹巴よ、この扇はなんであるか?

――しかも二本ある」


四十歳を超えた里村紹巴は、年齢の半分くらいである青年――

織田信長の声に笑顔で答える。


「はい、信長様の多大なる尽力もあり、義昭様を将軍としてお迎えできました。そのお礼でございます。

やはり室町様は、この京都にいて頂けるほうが、京の民は安心しますので」


松永久秀による、足利十三代将軍義輝暗殺以来――

もう何年も室町将軍が京に落ち着くことはなかったのであった。


「……お礼、この二本の扇がであるか?」

「はい、答えの代わりに、一句詠ませて頂きます」

「であるか」

当代一といわれる連歌師紹巴の歌を、目の前で聴けるのだ。

信長は嬉しそうに紹巴を見つめる。


「――では、


『二本手に 入る今日の 悦び』


――でございます」


「にほんてに……

はは…そうであったか!

さすがは紹巴!めでたい歌を詠むであるな」

信長青年のキラキラした瞳に、笑顔で答える紹巴。

「ありがとうございます」

「この国を、余がこの日本を手にするということであるか?」

「はい、もちろん将軍様と共にですが、この国の平穏の為に」

「であるな」信長は少し厳しい顔をしながら……

「あとはあの将軍様が、しっかりしてくれれば……であるがな」

「はい、そうでございますね……」

最近の、将軍家跡目争いばかりの状況に紹巴も顔を曇らせる。

「……まっ、どうなるかは、後々のことである」

そういうと、信長は二本の扇を、一本づつ両手に持って、即興で舞いなから――



『舞ひ遊ぶ 千世万代の 扇にて』



と、先程の紹巴の歌への返歌を詠う信長。


「さすが信長様、自らが二本の扇で楽しげに舞っているのと、

これから世が安定して、みなが喜び舞い遊べるような日本になることを――かけていますかな」


は、は、はははは……


二人で楽しく笑う信長と紹巴。

歌を詠み会うのは、この時代のコミュニケーションツールなのであった。


この二人が詠んだ歌は、永禄十一年、織田信長が足利義昭を奉じて上洛した際、里村紹巴が扇二本を信長に献じた際の歌で、小瀬甫庵の『信長記』に記されております。


……あの時の信長公のほがらかな笑顔、今でも想い出す。

そして、誰もが断った義昭様のご上洛を颯爽と成し遂げたあの行動力・決断力。

優しさと強さを合わせもつ凛々しい青年の姿に――

……あの時、このお方こそ、この乱世を終わらせる英雄ではないかと感じたものじゃ。


……しかし、これは……

な……なんということじゃ……


里村紹巴の目の前に置かれたるは、前の者たちが詠んだ歌を書き写した――懐紙。

歌は詠まれる度に「主筆」といわれる書記によって書き記されていく。


――発句の明智光秀、脇句の行祐の句でできた、この一首、


これはどう見ても、

『光秀殿が信長公に取って代わって天下をとる』と読めてしまうではないか……


儂は……



儂は……この短歌に対して、なんと答えれば……

……いいのじゃろう?




次回予告

果たして里村紹巴は、信長の敵か味方か……

謎が謎を呼ぶ連歌解釈に終わりはあるのか……


次回『連歌師・里村紹巴』


その言葉、その歌われたその想いは、誰へと誘う……?




――乞う、ご期待!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ