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第8話 何時かの時に出会うまで

 意識を失っていたノートを襲った呪術、間一髪の所で甲斐斗の力により命は救われたが、既に全ての記憶はその呪術により消されてしまった後だった。

 ノートは意識を取り戻した所で自分の名前も分からない状態の為、本来なら不安で心苦しいはずだが、美癒の包み込むような優しさに抱かれ、ノートは不思議と辛い感情が湧いてこなかった。

 そして今、ノートは美癒達と共に夕食を食べ始めていたが、料理を口に運び噛み締めた瞬間、ノートは目を丸くして満面の笑みを浮かべた。

「もぐもぐ……んんっ!? 美味しいですね! 美味しぃですっ!」

 テーブルに並べられた料理の数々をノートは目を輝かせながら美味しそうに頬張っていく。

 その可愛らしい子供の一面を見ながら美癒は嬉しそうにご飯を食べていくと、甲斐斗もまた唯の作ってくれた料理を美味そうに食べていく。

 甲斐斗の言った通り、今日の夕食はビーフシチューにハンバーク、半熟の目玉焼きが付いており、ポテトサラダは甲斐斗の分だけ胡瓜が抜いてあった。

 空は唯の用意してくれた料理を食べていくが、その味はどれも今まで食べた事が無い程美味しく、その料理の腕に関心してしまう。

「唯さんの料理はどれも美味しいですね。これ程の料理は食べた事ないですよ」

「あら、お世辞でも嬉しいわ。どんどん食べていいからねっ。遠慮せずにおかわりしていいのよ」

 唯が空の褒め言葉に嬉しそうに答えると、ビーフシチューを食べ終えたノートと甲斐斗が同時にお皿を唯に差し出した。

「おかわり!」

 その微笑ましい光景にノートと甲斐斗以外の三人は笑みを浮かべ、楽しい食事の時間が続いた。



 食事が終わり暫くした後、リビングでは甘えるようにノートが美癒に抱きつき一緒にテレビを見ていた。

 すると美癒は壁に掛かっている時計を見て、少し眠たそうな表情を浮かべるノートの頬を優しくつついた。

「ノートちゃん、一緒にお風呂入ろっか!」

 お風呂という行為が何かは憶えていないものの、美癒の笑顔を見たノートはきっと楽しい事だと思い嬉しそうに返事をする。 

「はい! 入りたいです、入りたい!」

 まるで美癒に妹が出来たかのような光景に椅子に座っていた甲斐斗と唯は二人を見つめており、美癒の隣に座っていた空もまた二人がお風呂場に行く様子を見つめていた。

 すると、突如甲斐斗が空の座っているソファの横に座り、顔を近づける。

「おい、お前今想像したんじゃねえだろうな?」

「想像……? 何の想像ですか?」

 素直に甲斐斗の言っている事が分からず空は首を傾げると、甲斐斗はお風呂場に指を指し答え始める。

「そりゃお前決まってんだろ! ……その、だからなぁ……なんつーか……」

「ああ、はい。しましたよ」

 甲斐斗が何を言っているのか漸く理解した空はそう言って微笑むと、その堂々とした態度に思わず甲斐斗は怯んでしまう。

「ノートちゃん。明日には美癒さんと離れ離れになるのが残念ですが、これからは普通の女の子として平和な毎日を過ごしてほしいな、って。平和な日々を過ごすノートちゃんを想像していました」

「そ……そうか……」

「美癒さんも早く平穏な日々に返してあげないと……一体誰が美癒さんを狙っているんでしょうか。理由すら分かりませんし……」

「お、おう。そうだな……うん……何か、すまん」

 己の不純さに少し落ち込みながら甲斐斗は席に戻ると、甲斐斗の前に座っている唯はふと甲斐斗に聞いてみた。

「甲斐斗~? もしかして美癒のお風呂入ってる所想像してた?」

 すると甲斐斗はビクッと体を震わせ必死に否定しはじめる。

「んなな訳ないだろ中学生じゃあるまいし!? お前なーに言ってんの!?」

「そうやって図星突かれるとムキになって否定する所。甲斐斗は変わらないね」

 甲斐斗の扱いに慣れているのか、唯はそう言って面白そうに見つめていると、甲斐斗は唯から視線を逸らし机の上に置いてあるコップを手に取りお茶を飲み始める。

「からかうのもいい加減にしろ。ったく……しかし、今日は美癒にとって忘れられない日になりそうだな」

 それもそのはず。今日は美癒にとって余りにもイベント豊富な充実すぎる一日だった。

 今朝は魔法使いの刺客と空と甲斐斗に出会い、高校の入学式を終え桜と鈴の二人の友達が出来た後帰宅、その後自分の親が魔法使いだと知らされ、空を町案内している所に再び刺客に襲われるという、美癒にとって刺激的すぎる一日だったに違いない。

「俺ならついていけない気がするぜ。若さってすごいな」

 そう言って甲斐斗は腕を組み、これからの事について深く考え始めようとしたが、ふとある事が気になってしまう。

「そういえば空、お前にも家族はいるだろ? この世界に勝手に来た事を親は知らないだろうし、心配するんじゃないのか?」

「大丈夫ですよ。僕はもう自立していますし、いつも一人暮らしをしていましたから」

「そうか……」

 そう言って甲斐斗の質問に軽く空は答えると、甲斐斗は腕を組んだまま再び今後について考え始めた。




 お風呂に入り終えた美癒とノート。ノートには美癒が中学生の頃に着ていたパジャマを着せており、その可愛らしいパジャマにノートは嬉しそうに鏡の前で自分の姿を見つめていた。

「それじゃあ、髪を乾かそうね」

 美癒はドライヤーの電源を入れると、優しい温風でノートの髪を乾かしていく。

「暖かいですね、暖かいです……!」

 余程ドライヤーが気に入ったのか、ノートは美癒が向けてくれるドライヤーの温風の心地良さに笑みを浮かべていた。

 命を狙う為に美癒の前に現れた時は、まるで感情が無いかのように無表情だった少女も、今では何処にでもいる可愛らしい一人の女の子にしか見えない。

 髪を乾かし終えた二人はリビングに戻ってくると、既に時計の針は九時を指そうとしていた。

「私とノートちゃんはもう寝るね! 皆おやすみー」

 手を繋いで二人はリビングから出て行ってしまう、それを見ていた唯は小さなあくびをすると、リビングのソファに座っていた空に声をかけた。

「空君、先にお風呂入ってきていいわよ~。その後私と甲斐斗が入るから」

「おい、その言い方は激しく誤解を招くだろ」

「あら? 甲斐斗は私とお風呂入りたくないの?」

「からかうのもいい加減にしてくれぇ……俺は元々そういうキャラじゃないんだよ……ちょっと出かけてくるわ……」

 唯と喋り疲れた甲斐斗はふらふらと覚束無い足取りでリビングを出て行くと、玄関の扉を開けて家の外に出て行ってしまう。

 そんな甲斐斗を見ていた唯は楽しそうに笑っており、その様子を見ていた空には唯と甲斐斗の間には強い信頼関係が築かれているのが直ぐに分かった。

「唯さんは甲斐斗さんと本当に仲が良いんですね」

「あ、もしかしてやきもち焼いちゃった~?」

「えぇっ!? いえ! 僕はそういう意味で言ったんじゃ……!」

 唯は甲斐斗だけでなく空すらからかい始め、空は苦笑いしながら驚いてしまう。

 そんな慌てる空を見て可愛く思った唯は再び微笑むと、テーブルの上に置いてあったコップを手に取りお茶を飲みはじめる。

「ほんとっ、これから賑やかになりそうで嬉しいわ」

 美癒だけじゃない、これから始まる人生を唯もまた楽しみにしていた。

 確かに娘である美癒を狙う刺客がこの世界に来る事に不安はある、しかし唯は必ず美癒を守ってくれる頼もしい存在を知っている為、こうして今も笑っていられるのだ。

 それは自称最強の男、甲斐斗と、白馬に跨る騎士のようにこの世界に舞い降りてきた風霧空という存在のお陰だった。



 美癒に手を引かれ部屋に入ったノートは、ふかふかのベッドの上に座ると、遊びたい気持もあったが猛烈に襲われる睡魔にうとうとしはじめていた。

 それを見た美癒は優しく布団を捲ると、眠たそうにしているノートをベッドに寝かせ、自分もまたベッドの上で横になり、優しく布団を掛けてあげる。

「おやすみ、ノートちゃん」

「おやすみ、です……おや、すみ……」

 美癒に囁かれノートも眠たそうに答えると、美癒に抱き着くように胸元に顔を埋めた。

 それを見ていた美癒もノートをゆっくり抱き締めると、優しく頭を撫で続けた。



 四月二日、美癒の部屋には窓から朝日が差し込んでいた。

 何時もは鳴るはずの目覚まし時計も既に止められており、ベッドで寝ていた二人の姿はそこにはない。

「あら美癒、ノートちゃんもおはよう、昨日はぐっすり眠れた?」

 リビングでは唯が朝食を並べており、その美味しそうな料理を見てノートは頷きながら直ぐに椅子に座ったが、美癒は唯の言葉に眠たそうに答え始める。

「ううん。昨日起きた事で頭がいっぱいで、少しだけ眠れなかったの」

 本来、あれだけの出来事が一日で起きれば眠れなくてもおかしくない。

 既に学生服に着替え終えた美癒はいつもの椅子に座ると、リビングからは頭を掻きながら眠たそうな表情を浮かべる甲斐斗が現れた。

「おはよう甲斐斗! すごい眠たそうだけど、大丈夫?」

「なぁに何時もの事だ、ふわぁあ~顔洗ったのにねっむ……」

「あれ、そういえば昨日。甲斐斗は何処で寝てたの?」

「リビングのソファ、あそこは俺の特等席でもありベッドでもあるからな。つーか、空の奴まだ起きてないのか? あいつも意外と朝に弱いのかもな。いただきまーっす」

 そう言って椅子に座り、テーブルに並べられた朝食を見る甲斐斗。

 テーブルには人数分の焼いたトーストがお皿に並べてあり、テーブルの真ん中に置いてあるお皿の上にはサラダが盛り付けてある。

 だが、甲斐斗はサラダには目も暮れず焼けたトーストを手に取るとたっぷりのマーガリンを塗り、その上に溢れんばかりに苺ジャムを塗りたくっていくと、空を待たずに一人朝食をとり始める。

「あ! 空君を待たないで勝手に食べるなんて……それにしても空君、どうしたんだろう」

 心配になり美癒が空の部屋へ行こうと徐に立ち上がろうとした時、リビングの扉が開くと少し緊張した様子で空が入ってきた。

「お、遅れてすいません。少し着替えに手間取ってしまって……」

 空の声が聞こえてきたので美癒と甲斐斗はリビングの入り口の前に立つ空に目を向けると、甲斐斗は口に咥えていた食パンを落としてしまい、美癒も呆気にとられ驚いた様子で空を見つめ続けていた。

 すると台所にいた唯が笑顔で空の元に近づいていくと、空に向けて両手を広げ言ってみせた。

「じゃーんっ! 今日から空君にも美癒と同じ高校に通ってもらいまーっす!」

 そこには美癒の通う高校と同じ男子用の学生服を身に纏った空が立っており、空は少し照れながら唯の方を見つめた。

「でも、本当にいいんですか? 僕まで学校に通わせてもらうなんて……」

 実は昨晩、風呂に入り終わった空が自室に戻ると、唯の手紙付きでこの高校の制服がベッドの上に置いてあったのだ。

 昨日、美癒と空が御使いに行き、甲斐斗が逃亡した後、空を美癒と同じ高校に通わせるための準備を進めていたのだ。

「勿論! 空君は美癒を守る大切な人なんだから。そうそう、クラスも美癒と同じ所にしてもらったから安心してね! 私あの学校の校長と仲が良いから~!」

 親指を立てて笑みを浮かべる唯に空は苦笑いしていると、美癒は嬉しそうに笑みを浮かべた。

「空君、その制服とっても似合ってるよ!」

「本当ですか? ありがとうございます」

 照れくさそうに空はそうお礼を言うと、テーブルに歩み寄り椅子に座る。

 こうして五人の朝食が始まったが、相変わらず甲斐斗は空を見つめたまま固まっていた。



 玄関を出た後、学生服に身を包んだ美癒と空の二人が振り返ると、扉の前には甲斐斗とノートが立っていた。

「んじゃ、俺は今からノートを別世界に有る施設に連れて行くから。何か言いたい事あるか?」

 寂しそうな表情を浮かべる美癒は、じっとノートを見つめたまま視線を逸らさなかった。

 するとノートは美癒を見て微笑むと、美癒の手を取り優しく握り締めた。

「美癒さん。私に優しくしてくれ、ありがとうです。ありがとう!」

 記憶の無い自分に優しく接してくれた美癒の温もりをノートは感じ、別れる時は笑顔で別れたかった。

 寂しい顔は美癒には似合わない、だからノートはにっこり笑って美癒を見つめると、美癒はそのノートの思いに気付き笑みを見せる。

「ノートちゃん、元気でねっ……!」

 初めて自分の名前を呼んでくれた嬉しさもあり、これ以上話し続けると涙が溢れてしまいそうになる為何も言えなくなる美癒に、ノートはしっかりと頷くと、美癒の手を離し再び甲斐斗の横に立った。

 甲斐斗は右手を光らせ魔力を解放しはじめるが、必死に寂しさを隠そうと我慢する美癒を見かねてしまい、別世界へと転移する為の魔法の準備にとりかかりながらも美癒に告げた。

「言っておくがッ、別に一生会えなくなる訳じゃないからな。……転移魔法、発動」

 甲斐斗がそう呟いた直後、甲斐斗の足元に黒い魔方陣が広がり陣の上に立つ甲斐斗とノートを包み込むと、一瞬眩しい閃光を発したかと思えば、もうそこに二人の姿はなかった。

 ふと見上げれば大空は雲一つ無い快晴が広がっており、美癒はそんな綺麗な青空を見て目に浮かんだ涙を指先で拭うと、深呼吸をして振り返ってみせた。

「行こ! 空君!」

 そう言って元気良く歩き始める美癒を見て、空は少し安心すると、歩き始める美癒の横に並び、学校へと向かう為に二人で歩き始めた。

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