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第77話 怒りの矛先

 結局自分は、誰も守る事が出来なかった。

 横たわる汐咲を横目で見つめる空、汐咲の体はピクリとも動かずただただ倒れたまま。

 その体の周辺には既に血溜りが出来ており、激しい戦闘により塵や砂が汐咲に被り始めていた。

 全ては自分が非力だからか。

 全ては自分が弱者だからか。

 全ては自分が無知だからか。

 全ては……自分が、自分がッ、自分がッ!!


『空にぃ!』

 蘇る汐咲の笑顔は、今の空にとって罰でしかない。

 抉れた地面の上に立っていた空はその身を風に乗せ跳ぶ。

 対象はバラン、目に見える全ての人間を殺さなければ気が済まない。

 最早誰の為でも何の為でも無い、この殺意の衝動は決して抑えられるものではないのだから。

 空とバラン、互いが距離を縮め目の前にまで現れるまでの一瞬の間、バランは拳銃を構え十二発の弾丸を発射、対して空は双剣を振るい無数の斬撃放つ。

 両者の攻撃は当たらず、間近まで迫ってきた相手に対し互いに刃を振るい、交える。


『空君!』

 頭が痛い。

 胸が苦しい。

 自分にとって眩しい存在だった美癒、守れなかった。

 これは罰。罪を重ねてきた自分への罰。

 痛くて当然だ、苦しんで当然だ、今まで自分がして来た事を考えてみれば納得出来る。

 いったい何人の人間を殺してきた? 何人もの人間をその手で殺し、その剣で切り裂いてきた。

 女も、子供も、命を請う者も、全てだ。

 全ては守るべき者の為……しかし、その守るべき者はもう何処にも居ない、いなくなってしまった。

 それなら自分は、何をすればいい。

 もう感情なんていらない。

 それだというのに、この胸の内から溢れ出る『憎悪』の感情だけは止める事は出来ない。

 空の双剣、バランの短刀が激しい火花を散らしながらぶつかり合い、両者一歩も引かずに刃を振るい続ける。

 その戦いはその場だけには留まらず、両者高速で移動をしながらでも全く隙を見せる事はなかった。



 今では夢のように思えてしまう。

 血を浴び、玩具のように扱われてきた自分が、普通の高校生のような平凡な生活を送れていたのだから。

 懐かしくもある楽しい日々、それも続けられず、日常は徐々に血で染まる。

 心は虚空のはずなのに、体が勝手に動き戦いを続けている。

 戦った所で全て、何もかも無駄だというのに。

「悪いが、仕舞いだぁ」

 完璧を誇っていたはずの空の動きを読んだバランは、右足を僅かに動かしただけで空の軸足を払ってみせた。

 空は体勢を崩し倒れそうになると、そんな空の首を狙って短刀の刃が無慈悲にも振り下ろされる。

 回避不可、双剣による防御は間に合わない、刃が空に触れる確立は絶対。

 だが、触れるのは空の首ではない。空は手に持っていた双剣から咄嗟に手を離すと、振り下ろされた刃を真剣白刃取りしてみせる。

「マジかッ!?」

 完全に捕らえたはずの攻撃を防がれたバランは目を見開き驚くと、空は手首を捻りバランの手元から短刀を振り払ってみせる。

 左手の短刀を失ったバランはすかさず右手の拳銃を空に向けたが、空は体勢を立て直し両手を振り上げると、握り締めていたはずの拳銃が宙を舞う。

 一流なのは剣術だけではない、格闘技術もまた目を見張る程であり、一瞬にして両手の武器を無くしてしまうバラン、次の武器を召喚するかと思ったが、両腕を構え拳を握り締めると体勢を低くしながら空の懐へと入った。

「良いねぇ、男同士拳で語り合うかい?」

 その拳は弾丸よりも速く空へと襲いかかり、空はスウェーを行いながら次々に繰り出される拳を避けていくが、余りの攻撃速度に反撃の隙を与えてはくれないバランに防戦一方になってしまう。

「ほらほらどうしたぁ? ご自慢の双剣が無けりゃ何もできんのかぁ?」

 余裕の言葉を吐きながらバランは相手を挑発し攻撃を誘うと、今まで下がっていた空が突然足を止め連打を繰り出した。

 その拳はバランの動きよりも速く、音速を超えた時に現れる衝撃波と共にバランの胴体と顔に拳は直撃したが、バランは動きを止めて喋り始める。

「なんだそのパンチは、痛くも痒くもねえぞ」

 全身を装甲で包むバランにとって空の打撃など恐るに足らない。

 かと思えたが、空が繰り出した打撃の直後、バランの来ていたアーマーに次々に切り傷が付くと、小さな亀裂が走った。

「なにっ……?」

 空の打撃はただの打撃ではない、その拳は風を纏い打撃の衝撃と共に鋭利な風の刃もまた繰り出していたのだ。

 思わぬ攻撃にバランは多少動揺したのも束の間、空は両手を後ろに下げその手に魔法陣を出し魔力を籠め始めると、周辺の風が渦を巻きながら両手に集い始める。

「ちッ!!」

 バランは両腕を前に出し防御の姿勢を取ると、空はバラン目掛けての両手を突き出し魔法を放つ。

 だが、一見防御に徹するかと思われたバランは両足両肘と背中に内臓されてある出力装置からクラスターを噴出させると、一瞬で遥か上空へと急上昇してみせた。

「残念だが、当たってやるつもりは無ねえなぁ」

 空の両手から放たれた魔法、二つの渦巻く竜巻がぶつかり合いながら飛んでいく。

 当然そこにバランはいないのだが、空は気付いていないのだろうか、攻撃を続けたまま止めようとしない。

「大技で隙が出来たか、らしくねえ」

 しかし、これは空との戦いを終わらせるチャンス。

 バランは両手に一つの武装を召喚すると、その武装の先端からは青白く輝く光の刃が伸びていく。

 その大剣を振り上げたバランは自分の真下にいる空へと目を向けた。

「これで、本当に仕舞いだ」

 遥か上空からの急降下による攻撃、バランは全身の出力装置からクラスターを噴出させながら一直線に空へと下りていく。

 それでも尚、魔法を放ち続ける空を見てバランは違和感を感じた。

 何故攻撃を止めない、放った魔法を避けられた事にも空は気付いているはず。

 止めを刺してほしいのか? それとも、あえて隙を作ることで相手の注意を逸らしている───?

 気付くのが遅かった。

 風は空の両手からある一箇所に集められているのだ、周辺の風、その全てを。

 徐に振り返るバラン、そこで目にしたものは今まで空が作り出してきたどの風でもなかった。



 それは『嵐』。

 破壊の限りを尽くす暴風が渦を巻き、自分達を飲み込むように迫ってきていた。

 その嵐の中心には空の双剣が浮かんでおり、空がその双剣に魔法を放っていた事に気付く。

 だが、それを見たバランも今更攻撃を止める訳にはいかず剣を振り上げ空に迫ろうとする。

「ぐっ……!」

 しかし、バランの体は徐々に風に支配され降下速度が落ちてくると、バランの体は空の頭上にまで来た所でピタリと止まってしまう。

 既にバランは空の作り出した『嵐』の中にいる、それが何を意味するのか───その身で味わうことになる。

 今までとは比べ物にならない程、荒れ狂う風の刃がバランの全身を切り裂き、身につけていた装甲も徐々に亀裂を走らせ砕けていく。

「くっそッ! ……うおぁ゛っ!?」

 風の力で身動きもとれず移動する事も出来ない、まるで風に弄ばれるように数多の斬撃がバランを切り裂いていく。

 逆らうことの出来ない流れ、抗うことの出来ない力。

 その風を前に成す術の無いバラン。全ての事が終えた時には、バランが身に着けていたアーマーは全て砕け散り、跡形も無く消えていた。

 荒れ狂う風が止まり、嵐が一瞬にして消えると、再び辺りは静寂に包まれる。

 素の状態に戻ったバランは瓦礫の上で跪き、全身を切り裂かれた箇所からは赤い血が滴り出していた。

「……お前、さん……強くっ……なったじゃねえか……」

 流石はアディンと言えるだろう、あの攻撃を受けても尚バランは絶命していない。

 しかしもう戦う力は残っていないのだろう、今のバランには何の魔力も感じられなかった。

「けど……全然ッ、嬉しそうじゃねえなぁ……っ……」

 血塗れのバランの前に双剣を握り締めた空が降り立つと、虚ろな瞳でバランを見つめ続ける。

「ま、無理もねえか……」

 大切な妹が目の前で撃たれたのだ、正気を保てるはずもなく、ましてや嬉しがれるはずもない。

 今にも息絶えそうなバランは、悲しそうな表情を浮かべながら語り始める。

「すまねえな……全部、俺の責任だ……。あの時、エルフェルにお前を帰すんじゃあなかったぁ……」

 拳を握り締めながら悔しそうに歯を食い縛るバランを見ても尚、空は何の感情も感じず止めを刺す為に一歩前へと足を進めた。

 その直後、空の頬を一発の弾丸が掠めると、最初に襲ってきた迷彩服の魔装着を身に着けた六人の新兵達がバランの後方に現れ始める。

「バラン隊長! 今お助けしますッ!」

「っ!? ばっか野郎共がッ……逃げろっつっただろうがァッ!!」

 聞こえてくる男の新兵の声を聞き瀕死の状態にも関わらずバランは声を荒げてそう叫ぶが、六人の内の一人が銃を構えたまま同様に声を荒げた。

「隊長を置いて逃げるなんて俺達には出来ません! ここにいる者、全員が同じ意見です!!」

 六人の新兵達は銃を構えたまま少しずつバランの元へ近づいていくと、空は残る敵が後六人増えた事により再び風を纏い始めようとしていた。

「それに、あそこに居るのは風霧さんなんですよっ!? どうして俺達が本気で戦いあわなくてはならないんですか!?」

 一人の新兵の言葉に空の眉間が微かに揺れると、別の一人の新兵はヘルメットを脱ぎその顔を見せる。

「風霧先輩! 思い出して下さい……! 私達、一年間を共に過ごしてきたじゃないですかっ……!」

 ヘルメットを脱いだ新兵、その少女は目に涙を浮かべながら虚ろな空の瞳を見つめると、その場にいた新兵達が次々にヘルメットを脱ぎ始める。

「無駄だッ! 今のこいつは俺もお前達の事も忘れているッ! さっさと逃げろッ!!」

 幾らバランが怒号を上げようとも兵士達は一向にその場から離れる事はなく、双剣を握り締め今にも襲い掛かりそうな空を見つめ続けていた。

 空には分からなかった、何故自ら武器を下ろし、防具であるヘルメットを脱いだのかを。

 皆が皆、熱い視線を向けて自分の様子を伺っている、何故そのような事を相手がするのかが分からない。

 その一連の行動は空の警戒心を僅かに解いていく、それを見たバランは徐に右手を懐に入れると、その手を懐から取り出そうとした。

 だが、それを見た空は武器を取り出したと思い右手に握った剣を振り上げバランに向けて斬撃を浴びせた。

「バラン隊長!!」

「慌てんなッ!! 静かに、してろっ……」

 新兵達が心配そうに声をかけ走って近づこうとしたが、それを止めるように再びバランが声を荒げ新兵達を止める。

 切り裂かれた額から血が滴りバランの顔を血で染めていくが、それでもバランは懐からゆっくりと右手を引き抜くと、そこには一枚の写真が握られていた。

「おい空ぁ、これ……これ、見ろや……っ……」

 ひらひらと一枚の写真を揺らしながらバランはそう呟くと、空はゆっくりとバランに近づきその一枚の写真を手に取った。

 その写真に映っていたのは、バランと新兵達、そして微かに笑顔を浮かべる自分の姿だった。





───何時の頃の、記憶だろうか。

「ほう、お前さんがエルフェルの言っていた『風斬』か」

 ソラにとっては見慣れた場所、この実戦施設では毎日のように戦いが繰り広げられる。

 勝敗の決着はどちらかの死で決まる、今日もまたソラは守るべき者の為、エルフェルの指示の元双剣を振るおうとしていた。

 そんな自分の目の前に現れた男は、いつも戦うような相手とは違う雰囲気を漂わせていた。

 恐怖や怯え等もなく、余裕に満ちた様子の男は、虚ろな瞳のソラを見ても尚動揺せずに喋り始める

「ったく、一体何があったら十五歳でそんな目が出来るんだよ……」

 哀れみと同情の眼差しをソラは感じるが、そんな視線には慣れており、合図と共に日々続けている『抹殺』を開始しようとした───その時だった。

 全力全開、フルアーマー姿のバランがソラの目の前に立ち、その刃をソラの首元に突きつけていた。

 それはソラにとって初めて経験だった。

 自分よりも速く動き、自分の意識よりも速く接近し、自分の命を奪える人間が存在する事に。

「はい、終わりぃ~」

 バランはソラの首元に突きつけていた短刀を仕舞うと、部屋に取り付けられている監視カメラの方を向いて口を開く。

「エルフェル、約束通りこいつは俺が預かるぞ」

 全身を包んでいた魔装着を解除したバランは元の状態に戻ると、ソラの脳裏にセラが過ぎる。

 戦いに敗れたらセラが酷い目にあう、ソラは双剣を更に握り締めると、その男を殺そうと腕を振り上げようとした時、バランはソラの肩に手を置き説明し始めた。

「安心しろ、お前さんの妹さんには何もさせやしねえよ。何たってその条件で俺はお前さんと実戦をする事に同意したんだからなぁ」

 その言葉をソラは完全に信じた訳ではない。

 しかし、そのバランの言葉には言い現せない説得力があり、闘志を露にしていたソラの心も自然と落ち着きを取り戻し始めていた。

 ソラには何の事情も説明されないまま、戦いが終えた後もいつも自分が戻る部屋ではなく、建物の外へと連れてこられていた。

 初めて見た建物の外の景色、辺りは木々が生い茂り一面森なのだが、その緑の美しさに虚ろな瞳のソラも見惚れるように見つめていた。

 小鳥の囀りが心地良く、木々をそよぐ風が心地良く、太陽の暖かい光りが心地良い。

 初めてだらけの体験がソラに降りかかる中、バランは強引に腕を伸ばしソラと肩を組むと、笑みを浮かべながら歩き始める。

「今日からお前さんは俺の部下だ! 命令にはしっかり従うんだぞ~ぅ!」

 陽気なバランの声を聞いても尚、ソラの警戒心は解かれる事はなかったが、バランに車で連れて来られた場所で、初めてソラは戦意を削がれる事になる。

「っつー事で、今日からお前達がお世話になる先輩『風霧空』だ。よろしくな!」

 バランから初めて聞いた名前、『風霧空』という言葉にソラは思わず動揺してしまう。

「よろしくお願いします! 風霧先輩ッ!」

 バランの説明にソラの目の前に並んでいた新兵達は深々と頭を下げると、ソラは困惑して目の前に立つ新兵達を見渡していく。

「っ……」

「どうしたんだ空ぁ、緊張してるのかぁ? んん~?」

 再び肩に腕を掛けてきたバランは空にそう問いかけるが、空は何と言っていいのか分からず困惑した様子のままバランと目を合わせた。

「大丈夫だ、お前さんの戦いの知識をしっかり教えてやれ、こいつ等は皆素直で良い奴だからな。教え甲斐があるぞ。そうそう、お前さんの妹。『風霧汐咲』は学校に通うことになってるから心配するな」

 妹についての話しは空の耳元で囁くと、バランは顔を空に近づけた後、目の前に立つ新兵達を見て口を開いた。

「俺達と新しい時間を過ごそうぜぇ、空ぁ!」



 それは、空にとって本当に楽しい時間だった。

 最初、空には初めての経験に困惑と動揺の連続だった。

 しかし、それは新兵達も同じ、空が戦い方を教え、それを学ぶ新兵達、互いに会話をする量も増え、打ち溶けるのも時間の問題だった、

 無感情だった空も多くの人達と触れ合っていく内に新しい感情が芽生え、数年ぶりの笑顔まで浮かべるようになる。

 勿論、初めて空が笑顔を見せた時はバラン一同新兵達は歓喜に溢れた。

 何せ鉄仮面とも言われていた空が笑みを浮かべたのだ、新兵達は男女問わずその目に涙を浮かべ、バランもまた空と肩を組むと声を上げた。

「よ~っし! 今日は空の笑顔記念っつー事で飲みに行くぞぉ~!」

 が、ここにいる新兵達は全員未成年の為飲みに行けるはずもなく、近くのコンビニで買ってきたジュースで乾杯をするだけだった。

 一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月……過ごしていく日々の数だけ、空とバラン、同じ仲間である新兵達の絆が深まっていく。

 最初は何の表情も見せなかった空も、今では柔らかい表情を浮かべられる程になり、教え子である新兵達と仲良く話せる関係になっていた。

 そして空がバランと共に新兵達を教える教官として一年を迎えた頃、変化は起きた。

「空を帰して欲しいだと? 今更どういう訳だぁ……?」

 納得のいかないバランは腕を組みながらそう問うと、バランの前に立つ藍色の長髪を伸ばした女性が口を開く。

「彼しか適任者がいないのよ、世界の為にもソラを返してちょうだい」

「世界の為だと……?」

「ええそうよ、偉大な任務が彼には待っているの。あのお方達も賛同しているわ、その命令に逆らう気? 言っておくけど断らない方が身の為よ、それに彼は大切に扱われるわ、一年前のような目には決して会わない。約束するわ」

 バランの後ろに立っていた空、バランとエルフェルの会話をそれだけ憶えている。

 それから先の記憶は無い。ただ一つ分かる事言えば、自分が『目的』の為に送り込まれた『刺客』の一人である事に間違いなかった。

 全ては作られた記憶、自分がどのような目的でこの世界に送られたのか、その理由は定かではないが、考えられる理由の一つは『天百合美癒』と接触し、親密な関係になることだろう。

 全ては作られた人格、美癒の可愛さ、可憐さ、美しさ、その人格を好きになるのも全ては作られたもの過ぎない───そのような感情を抱くように、プログラムされただけの存在───。

 本心ではない? 全て偽りの心? 全て、全て……作り出された感情だとでも言うのか……?

 この人格も美癒に好かれる為だけの感情に過ぎない? それなら本当の自分は今、何処にもいないのだろうか、遠い昔に消えてなくなっているのだろうか───。



「風霧先輩っ!」

 少女の声が聞こえてくる。

「風霧さん! 思い出してくださいッ!」

 少年の声が聞こえてくる。

「空ぁ……そろそろ、思い出してもいいじゃねえかぁっ……?」

 バランの声が聞こえてくる、双剣を握り締めた空の目の前には今、嘗ての仲間達が立っていた。

 知っている、分かっている、憶えている。確かにいた、確かに共に学び、共に戦い、共に分かち合えた。

「バラン、さん…………みん、な……………?」

 全てを思い出した空。

 幼い頃からの日々、エルフェルに調教される日々、バランの元で過ごした日々、美癒達と過ごした日々、その全てを。

 虚ろな目は光りを取り戻し、普段の空の瞳に変わっていた。

 その様子を見た瀕死のバランを溜め息を吐き、その後ろに立っていた新兵達は安堵で息を漏らす。

 分かり合えた。

 分かち合えた。

 失われた記憶、改ざんされた記憶、バランの見せてくれた写真、新兵達の声を聞き、思い出す事が出来た。

 既に空に戦意などない、双剣を握り締める指の力は揺らいでおり、目の前に立つ見覚えるのある後輩達を懐かしそうに見つめていた。

「憶えてる……僕、皆のこと、憶えてる……!」

 その顔に笑みを浮かべる空、それを見てバランは微かな笑みを浮かべ、新兵達もまた嬉しさで笑みを浮かべた。

 今は悲しみを忘れ、出会えた喜びを互いに分かち合う。

 空は安心した表情を浮かべ嬉しそうに近づこうと一歩前に出る、それを見た新兵達も空に駆け寄ろうと一歩足を前にだした。



 ……しかし、空の足、二歩目が前に出る事はなかった。 

 何故なら新兵達は笑顔を浮かべたまま首を撥ねられ、首の根元からは血飛沫を上げながら肉体だけが痙攣し横たわり始めるからだ。

 目の前に広がりかけた僅かな光ですら闇に呑み込まれ、消滅する。

 その闇を作り出した者は誰か───それは、『闇』その者だった。

「甲斐斗……さん……?」

 黒剣を手に空と新兵達の間に割って現れた男、『甲斐斗』。

 その剣先は赤く濁った血で塗られており、一瞬で新兵達の首を撥ねたのが甲斐斗だと認識するのに時間など必要なかった。

 その行為にバランも気配で気付くと、後ろに振り返り自分の教え子達が何の躊躇いも無く無慈悲に惨殺されたのを見て目を見開く。

 次々に首が地面に落ちる音だけが聞こえてくると、今度は首から血飛沫をあげる胴体が倒れ始める音が聞こえてくる。

 周辺の瓦礫を血飛沫で染め、新兵達がいた周辺の瓦礫は赤い血で真っ赤に染まった。

 甲斐斗はそんな死体を前にして特に動じずに立っていると、目を見開くバランの背後に立った。

「甲斐斗さん……その方は、バランさんと言って、僕に大切な事を教えてくれた人なんです……」

 今から甲斐斗が何をしようとしているのかなど一目で分かる、空は必死になってバランを守ろうと言葉を続けた。

「この人は、確かにアルトニアエデンの兵士です……でも、悪い人ではないんです。僕を救ってくれた恩師……この人がいなければ、今の僕はいませんっ……!」

 今の空は目に涙を浮かべ、いつもの輝きを取り戻した瞳で甲斐斗を見つめた。

「バランさんは美癒さんや汐咲を襲った張本人ではないんですッ! この人はあくまで利用されていただけ……罪はありませんッ!!」

 力強い空の呼びかけにバランは目を丸くすると、必死になって自分を庇おうとしてくれる空を見て笑みを零した。

 本当に良い後輩を持った、バランは今の空を見て誇りに思っていると、黒剣を握り締めた甲斐斗は肩の力を抜き呆れた様子で溜め息を吐いた。

「まったく、お前はほんとにお人好しだなぁ……」

 甲斐斗はそう言って空を見つめると、空もまた笑顔で頷き、甲斐斗もまた笑みを浮かべながら言葉を続けた。

「ま、普通に許さんけどね」

 えっ───?

 跳ねられた首が空高飛び、血飛沫を舞い上げながら地面に転がり落ちる。

 その首が空の足元に転がってくると、バランの顔は微かな笑みを浮かべたままだった。

「バラン……さん……? 甲斐斗、さんっ……?」

 分からない、分かりたくない。

 死んだ、殺されたのだ、自分の恩師、慕ってくれる後輩、その全てを失ったのだ。

 奪ったのは誰だ? 自分から全ての光りを奪い、消しさる存在は───。

「ふざける゛な゛よ゛ッ!!? 空゛ぁ゛ぁ゛ァ゛ア゛ッ゛ッ゛!!」

 あ───。

 駄目だ、もう駄目だ。

 そこにいるのは甲斐斗ではない、甲斐斗ではない、甲斐斗ではない。

 今、誰よりも怒り、狂い、闇を抱えているのは自分ではない。

 それを目の前で、間近で見たからこそ分かる、自分の感情などこれっぽっちも『闇』ではないのだと。

「今更お前の存在なんてどうでいい……皆殺しだ……」

 甲斐斗はそう呟き自分の足元に魔法陣を広げると、動揺したまま何も言い返せない空を見つめながら裂ける程の巨大な口を開く。

「犯人は分かっている、アルトニアエデンの連中だろゥ? それだけで十分だ……」

 邪悪に満ちた甲斐斗はそう言うと、足元の魔法陣から伸びる闇が甲斐斗を包み込むように漂い始めると、赤く鋭い眼光を光らせた甲斐斗が声を荒げた。

「アルトニアエデンに存在する奴等ヲ全員ッ!! 皆殺シニシテヤル゛ッ!!」

 甲斐斗を中心に衝撃波が放たれたかのように風が吹き荒れ空の髪を靡かせ始める。

 だが、その風の勢いが増す事はなく徐々に力を弱めていくと、空の目の前には先程までのような甲斐斗はいなかった。

 狂気も無ければ闇もなく、恐怖も感じられない。

 そこには何時も日常で見かける普段の甲斐斗だった。

「───今までありがとう。そしてさよならだ、空」

 その言葉を残した直後、甲斐斗はこの世界から姿を消した。

「えっ───あ……」

 何故甲斐斗があのような澄んだ表情を浮かべたのか今の空には分からない。

 肩の力が抜け、空は脱力した状態で地べたに座ると、静寂に包まれた青空の下、右手に握り締めていた剣の剣先を自分の首に突きつけ、その剣を躊躇い無く突き出そうとして───。






 全てが、終わった───。






「こんの馬鹿者がぁああああああああッ!!!!」

 かと思われた直後、空の剣が弾かれる。

 その怒号で空は息を呑むと、目の前には目に涙を浮かべた桜が立っていた。

「何をしているッ!? 何をしようとしていたぁッ!!?」

 胸倉を掴み力の限り前後に揺さ振りながら桜は叫ぶと、その後ろから鈴が止めに入る。

「落ち着きぃや桜ぁ! 空っちが困惑してるやろぅ!!」

「桜さん? 鈴さん……?」

 必死に揺さ振る桜の手を解いた鈴だが、直ぐに桜が空に掴みかかろうとして鈴が強引に止めに入る。

「離せ鈴ッ!! こいつは、こいつはっ! 美癒を助けに行こうともせず、自ら命を絶とうとしていたんだぞ……ッ!!」

「絶対離さんでッ! 桜も少しは落ち着きぃやぁっ!!」

 頭に血が上った桜を必死に止める鈴、空は愕然とした様子で二人の様子を見つめていると、強力な魔力の光りが見え、ふとその光りに視線を向ける。

 その光りは血を流し倒れる汐咲から放たれており、その隣には唯が両手を翳し必死に治療魔法を続けていた。

「リーナ! 協力してっ!!」

「うん! 分かった!」

 唯とリーナ、両手に魔法陣を浮かべながら汐咲の方に手を翳しているのを見て、空は桜や鈴になど目もくれず汐咲の元へと歩き始める。

「唯さん……リーナさん……?」

 何をしているのだろうか、汐咲はもう死んだはず、何を今更───。

「汐咲ちゃんは生きてるッ!!」

 唯の声が空の心に突き刺さる。

 今、なんて言った? 撃たれた汐咲が、生きている……?

 その真実を確かめるべく空は一歩ずつ歩き始めると、血溜りの中で横たわる汐咲を見て驚愕した。

 微かに肩が動き、呼吸をしている事を理解すると、空は直ぐに汐咲の元へと駆けつけ座り込んだ。

「汐咲ぁッ!!」

 双剣を投げ捨て汐咲の手を握り締める空、すると汐咲は薄っすらと目蓋を開き空を見ると、その虚ろな瞳で空を見つめた。

「そら……にぃ……?」

 もう二度と聞けないと思っていた汐咲の声を聞いた途端、空は涙を流しながら頷いた。

「ああ、そうだよ! 汐咲! 汐咲ぁっ!」

 ただ名前を呼び続けることしか出来ない、けれど汐咲にとってはそれだけで十分だった。

 安心したように汐咲は目を瞑ると、そのまま安らかな寝息をつきはじめる。

 それを見て唯とリーナは魔法を止めると、唯は額の汗を拭おうとしたが、リーナがすかさずポケットから取り出したハンカチで唯の汗を拭き取り始めた。

「ありがとう、リーナ」

 その気遣いにお礼の言葉を述べる唯にリーナは笑みを浮かべると、眠る汐咲を見て空もまた緊張が解けたのか大きな息を吐いた。

 だが、それも束の間。空は後頭部に銃口を突きつけられる。

「空、ここで起きた事全てを説明して。じゃないとリーナ、引き金を引く事になるから」

 その言葉が嘘偽りでなく本物である事を空は悟る。

 しかし、唯が汐咲を背負うのを見たリーナが銃を下ろすと、唯は歩き始めながら口を開く。

「止めなさいリーナ、今は家に帰るわよ」

 唯だって空に聞きたい事は山程ある。

 その中でも一番聞きたいのは何より『美癒』の行方だった。

 しかし、今の空を見た唯はその心の中に抱く思いを留めると、今は汐咲を安全な場所へと運ぶ事が一番だと考えた。

 唯は汐咲を背負ったまま黙って歩き始める、その後姿を見たリーナもまた無言で歩き始め、その様子を見ていた空、桜、鈴もまた静かに歩き始めるのであった。

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