第76話 前座
静寂に包まれた戦場。
そこに生きる者は空とバラン、ただ二人の男だけだった。
「……なぁ、お前さんは思い出さねえか? 俺達と過ごした日々を」
バランはそう聞いてみるものの空からの返事はなく、互いに見つめ合いながらバランは言葉を続ける。
「俺とお前さんが初めて会った時もそんな目をしていたな、あの時の事は今でも鮮明に思い出せるぜ……」
バランは今にも過去の話しを語ろうとしていた。
しかし僅かな空気の動きを感じ体を横に傾けると、バランの後方に建っていた高層ビルが真っ二つに両断され崩壊し始める。
「やれやれ、相変わらずお前さんは速いねぇ」
空による風の攻撃を完璧に避けきったかと思われたが、バランは自分の衣服が少し切れているのを残念そうに見て呟いた。
「洒落にならんな───」
既に自分の背後に空が立っている事に気付いてもなおバランは振り返る事もなく立っていると、空はバランに向けて容赦なく双剣を振り下ろす。
するとバランは体を捻り寸前の所で攻撃を回避すると、懐から取り出した拳銃の銃口を空の目の前に向けた。
躊躇い無く引き金は引かれ、火薬の弾ける音と共に銃弾が空の額に触れる寸前、バランの視界から空が消えたかと思えば、同様にバランもその場から姿を消してしまう。
吹き荒れる疾風、高速で動きながら互いに刃を交える二人の勢いは衰えず、周辺の瓦礫が次々に弾け跳び、大地の至る所に亀裂を走らせていく。
すると、突然二人は攻撃を止め向かい合うように立ち止まる。
バランの右手には拳銃、左手には短刀が握られていたが、バランはふと自分の左肩に視線を向けた。
赤い血が斬られた衣服を染め、それを見て初めて左肩から痛みを感じ始めると、バランは小さな溜め息を吐いてしまう。
(依然より格段に強くなってやがる、こいつぁヤバイねぇ)
肉眼で追う事すら困難な空の高速移動による連続攻撃。
即座に回避と防御を行い全ての攻撃を防いだはずだったバランにとって傷を負う事は想定外。
バランの額は焦りで汗が滲んでおり、その一滴の汗がバランの右目に滴り落ちると、無意識に瞬きをしてしまう。
(ヤベェっ! 見失ちまった───)
コンマ一秒にも満たない『瞬き』、その一瞬で先程まで立っていたはずの場所に空の姿が無く、全方位から回転する風の刃が竜巻の如くバランを襲い始めようとしていた。
が、その竜巻を自ら貫きバランの目の前に現れた空、その変則的な動きにバランの反応が遅れてしまう。
(あえて真正面から来やがったかッ!?)
空の双剣を右手の拳銃と左手の短刀で受け止める、それまでは良かったが、空はその攻撃を受け止められると予想していたかのように右足を相手の腹部目掛け蹴り上げた。
「がはッ!!?」
空による右足の蹴りはバランに直撃、右足の付け根から爪先まで渦を巻く風が蹴りの威力を上げ、バランは血反吐を散らしながら蹴り飛ばされてしまう。
(マジで───ヤバイッ───)
バランの体は容易く吹き飛び近くにあったビルの壁を破壊しながら建物内に突っ込んでしまう。
強烈な蹴りによる攻撃に一瞬意識が途絶えかかってしまうバラン、すかさず体勢を立て直そうと立ち上がろうとするが、建物全体が振動しはじめるのをその身に感じ息を呑んだ。
建物の外にいる空は双剣を構えバランの入っている建物全体を飲み込む程の竜巻を魔法で形成し、建物の外側から徐々に削り始めていたのだ。
竜巻に触れた場所は粉々に切り裂かれて塵となり、建物の中心にいるバラン目掛け竜巻がその勢いを増しながら近づいていく。
逃れられない竜巻の接近、バランは徐々に迫り来る風の刃を前にどう対抗しようか考えていた。
だが、それは余りにも遅すぎる考えだった。
既に空は遥か上空へと舞い上がり、双剣を握り竜巻の中心にまで飛んで来ていた。
竜巻の中心、即ち殺すべき相手の場所。狙いを定める必要など無い、相手は直ぐ真下、空は双剣を構え一直線に急降下を始める。
空の体を包み込むように風が集い、竜巻の回転速度と同調するかのように空の周囲を包む風が舞いあがる。
「ラファル・トリガー」
唐突な空の呟き。
まるで今までの風がただのそよ風だと感じられる程、その後の風は荒ぶりはじめる。
最早風の速度とは呼べ無い程の速さで空は加速し、対象目標のいる場所へと一気に舞い、音速をも超える速度で双剣を振り下ろした。
空が双剣を振るい地上へと下りた直後、建物は竜巻で粉々に散っていく。
その場にある物体、物質。全てが切り刻まれ、散っていく。
竜巻の中心で起きた風の爆発、竜巻はその衝撃で掻き消され形を無くすが、爆発による風の刃が次々に辺りのものを切り刻む。
それは建物だけではない、空気そのものですら斬られ、波を打つ。
これが風の刃、これが『風斬』と言われる由縁。
風に成り、風を斬る。風が斬り、風を断つ。
風が風を、重なるように次々に斬り刻み、最早どれが風で、何が風なのからすら見極めることは出来ない。
それは、触れるもの全てを斬るのだから───。
「そんじゃまあ……再教育を始めるとするか」
確かに双剣を対象に振り下ろし、手応えを感じたはずだった。
その男の声が聞こえてくるまでは───。
自分のものではない風の流れを感じた空は一瞬でその場から姿を消す。
直後、眩い閃光が全方位に乱れなく飛び、突然強大な爆発が辺りを包む。
その様子を離れた場所で空は見つめていた。
瞬きする事なく、相手の力量を冷静に分析するかのように。
攻撃は完璧だったはず、相手を竜巻で包み逃げ場を無くした後、上空から急降下を行い竜巻の回転を応用し自分を加速させ、疾風の如く一撃で相手を抹殺する。
しかし、空が振り下ろした双剣は相手に触れることは無かった。
肉を切った感触なども無く、双剣は自分の扱つ力とは違う別の強い力で受け止められていた。
光りは止み、爆発が風諸共周辺を吹き飛ばすと、辺りに漂う砂煙の間から見える姿があった。
僅かに見えた両足は銀色の鋼が光りを反射し光沢を見せ、その鋼が足だけでなく下半身、上半身まで覆い、全身を『装甲』で包む一人の『機神』がそこには立っていた。
頭部も完全なフルフェイスの仮面を被っており、砂煙が晴れてもなお『機神』はその場にあった瓦礫に片足を乗せ腕を組み、悠々とした態度で空を見つめていた。
「良い動きだ。お前さん、誰よりも自分が速い存在だと思っているだろぅ?」
瓦礫の山の上に『機神』バラン・ダッカスは降臨し、俯きながらそう問いかける。
その問いに空は答えないものの、空は内心自分の速さに絶対的自信があった。
何故なら千戦以上の実戦の末『全戦無傷』という結果を残した『風斬』だからだった……が、空から見てその毅然としたバランの態度は、初めて自分に傷が付くと思わせてしまう程に『強大』だった。
「良い考えだ。しかし憶えておく事だ、世の中自分より速い奴がいなくても、強い奴はいるってな」
風───突き破り、皮膚にその空気の波が伝わるよりも早く、『機神』バランが空の目の前に現れる。
「『アディン』、舐めんなよ」
仮面に映る鋭い眼光が空を睨み、拳を繰り出すように右手に握る拳銃を突き出しながら引き金を引く。
銃弾は全て腕を伸ばしきった直後に放たれるが、空は残像が現れる速度で攻撃を回避、更にバランの左手に握られていた短刀が横から振り上げられるのを見て素早く後方に下がった。
すると、バランの両手に光り輝く魔法陣が浮かび上がると、両手に巨大なガトリング砲を召喚し武装すると、距離を取ろうとした空目掛けて弾丸の雨を降らせる。
毎分一万発を超える発射速度で放たれる弾丸は触れるもの全てを貫き粉砕していくが、その荒れ狂う弾丸ですら風の力により弾道が反れていく。
無論、これだけで空を倒せるなどとバランは思っていない。バランは両手のガトリング砲の攻撃を続けながら背部に魔法陣を浮かび上がらせると、巨大なミサイルポッドが召喚され、ハッチが開くと共に百発を超える小型ミサイルを上空へと発射されていく。
更にミサイルとは別の物体を四つ程射出。背部のミサイルポッドが消えると今度は背部から肩に掛けてキャノン砲が召喚され、二メートルは優に超える長い砲身を空へと向ける。
ガトリング砲の攻撃は依然止まらず、更に両肩のキャノン砲から太く青白いレーザーが放たれた直後、上空から先程打ち上げたミサイルが降り注ぐ。
たった一人の武装による攻撃は、まるで軍隊の集中砲火と同等か、それ以上の火力を誇っていた。
一切の油断も情けも無い、相手に隙を与える間もなく次々にバランの攻撃が続いていく。
上空に打ち上げていた四つの物体が外装をパージし本体を曝け出すと、地上へと砲口を向け青白いレーザーを放った。
空の周りを囲うように四本の光りの柱が立ち、その柱は徐々に動きながら空の周りを回転し始める。
まるで先程空がバランに行った攻撃と同じ、回転する光りの柱は速度を増して相手の逃げる隙を与えず、光りの柱は徐々に中心にいる空へと迫り始めていた。
それを見ていたバランの両隣に魔法陣が浮かび上がり再び兵器のような装置が召喚されると、両手に持っていたガトリング砲をその装置に押し付け装備をさせる。
ガトリング砲はバランの両手から離れてもなお装置により自動で砲撃を行い、バランは開いた両手に魔法陣を作り五メートル程のレーザーライフルを簡単に召喚してしまう。
充填時間など必要無い、鋼の光沢を見せる禍々しい兵器の砲口からは目の前に広がる景色の全てを飲み込む程の眩しい光を輝かせながら光線が放たれた。
(あいつの思い通りに動くのは癪だがぁ、そうも言ってられんか……)
攻撃を終えたバラン、両手に装備していたレーザーライフルを消し、再び腕を組みながら目の前に広がる砂煙を見つめながら考えていた。
どうして自分が今、風霧空と戦っているのかを。
しかし、考えるとは言っても既にバランの中で答えは出ていた。
理由は簡単、『アディン』対『風斬』、その戦闘データをエルフェルは欲しているからだ。
自分の傑作品が『アディン』に対しどれ程の戦闘を行い結果を残す事が出来るのか、確かめたかったのだろうとバランは思った。
龍馬戦では空の力は発揮されず、結果を残す事が出来なかった。
それは有る意味当然の結末だった、何故なら空は自分自身の為に力を揮う事はない。
守るべき人間の為に力を揮う事が出来るのだ、龍馬のターゲットが空だけの時点で力が発揮される事はない。
(しかし、それなら何故空を態々この世界に送り込んだんだぁ? アディンと実戦させるなら別にこんな回りくどいやり方をしなくてもいいだろうにぃ。……一つや二つじゃねえ、幾つもの思惑が歪に絡んでやがる)
空を取り巻く不穏な影の存在に気付いたバランはこれからの事について考え始めようとした直後、その場に漂う全ての煙が吹き飛ばされる。
その煙たい風を全身に浴びても尚バランは微動だにしない。何故ならこれは当然の結果なのだから。
「ん、やっぱお前さんに飛び道具は駄目か」
大きく抉れた地面の中心、そこには『無傷』の空が双剣を握り締めたまま立っていた。
感情を見せず、疲れを見せず、焦りを見せない。
バランの集中砲火は空による風の力で有る程度は軌道を曲げ、レーザー砲による攻撃に対してはその手に握る双剣で切り裂いていたのだ。
「正直、これ以上は手加減できねえぞ」
その今までの攻撃は全て手加減によるものだと断言したバランは、右手に拳銃、左手に短刀を召喚するが、それは今まで使ってきた武器とは別の物へと変わっていた。
「本気でやるか」
バランの着ているアーマーに魔法陣が浮かび上がり光りを発すると、より強い力が全身に行き渡り始める。
対国家独立殲滅部隊『アディン』、バラン・ダッカス。
対するは『風斬』こと、風霧空。
バランの言葉は空には届かない、それは今の空にバランなど興味が無かったからだ。
いや、バラン所かもうこの世の全てに興味が無い。
美癒を守れず、汐咲を守れず、誰も守れない自分、価値も無ければ、興味も無かった。




