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第75話 蹂躙

 王宮にある一室、煌びやかな室内に置いてある家具全ては豪華なものであった。

 まるでお姫様が住む場所のような部屋にいるものの、そこに置いてあるベッドの上では美癒が寂しそうに座っていた。

『お前を穢す者だ───』

 ジャスティアにそう言われた後、美癒はこの部屋に連れて来られた。

 出ようと思っても外から鍵を掛けられ扉が開かず、美癒はこの部屋に閉じ込められたままでいる。

「セラちゃん、大丈夫かな……」

 あの時のセラの表情が未だに頭から消えない。

 とても怖くて、けれでも辛そうで、寂しそうな表情を浮かべ、誰かの助け、救いを求めているかのような眼差し。

「空君も桜さんも、きっと皆心配してる……」

 不安で胸が押し潰されそうになる、美癒は自分の胸に手を当て少しでも不安を和らげようとしていた。

 すると、扉の方から鍵の外れる音が聞こえると、部屋に見覚えのある姿をした少女が入ってきた。

 全身を白いマントで包み、その手にはあの時付けていた仮面があった。

「お久しぶりね、天百合美癒」

「貴方は……もしかして、あの時森にいた……」

「ええ、そうよ。ドルズィとヴォルフを雇っていた者、私の名前はシルト・プロティクト。貴方と一度お話しをしたかったの」

 シルトは薄らと笑みを浮かべながら少し緊張する美癒の直ぐ隣に座ると、顔を見るように覗き込んでくる。

「今、どんな気持ちかしら」

「えっ……何が、ですか……?」

「貴方は汐咲のせいでこの世界に飛ばされたのよ、理由は邪魔な貴方を消す為にね」

「っ!? ……そんな、汐咲ちゃんが、どうして……?」

 自分が汐咲にとって邪魔者だなんて美癒が思っているはずもなかった。

 汐咲がこの世界に来てまだ短い時間しか接していないが、共にご飯を食べ、お風呂にも入り、一緒に寝たのだ、その間にも汐咲と色々な話しをしていたが、汐咲は少し恥ずかしがりやでとても優しい良い子だと思っている。

「どうしてって、最愛の兄を貴方に取られたんだもの、貴方を邪魔だと思うのは当然じゃないかしら。そんな事にも気付かなかったの?」

「空君を……取った……? 私、そんなつもりなんて……」

「汐咲は幼い頃からずっと一人ぼっちだったのよ。そんな汐咲から唯一の存在とも言える兄を取り上げちゃうなんてね、汐咲は貴方の事が憎くて堪らなかったでしょうね」

「ううっ……」

 言われるがままに美癒はその言葉を納得していくが、何故汐咲が幼い頃から一人ぼっちなのかがふと疑問が浮かんでくる。

 すると、その疑問の答えるかのようにシルトが数枚の書類を美癒の前に出すと、美癒は恐る恐るその書類を手に取り、書かれている内容に目を通してしまう。

 空と汐咲の写真が貼られ、その写真の横には短く説明文が書かれてあるが、そこに記されていた事は至ってシンプルなものだった。

「ほら、分かった? 空も汐咲も貴方に近づく為に送り込まれた刺客なの、施設で幾多の人体実験を施された、言わば改造人間って所かしら」

 可笑しそうに話し始めるシルトに対し、美癒はその書類に書かれた内容を読んでいくが、汐咲の年齢を見た途端、思わず涙が溢れそうになる。

『風霧 汐咲(年齢:十歳)』

(汐咲ちゃんっ……!)

 汐咲は空の一つ下の年齢、十四歳だと聞かされていた。

 だが、実際の年齢は十歳。しかし、今の汐咲の肉体は小学四年生程には見えなかった。

 その理由はシルトの言葉、書面に書かれた内容を見れば察しがつく。

 人体実験、改造人間───美癒では想像もつかないような事が汐咲に、そして空にもされていた事を認識すると、美癒は悔しさと悲しさで肩を震わせた。

「その顔、よく見せなさい」

 俯いていた美癒の顔、その頬に手を伸ばし強引に自分の方に顔を向けさせると、シルトは目に涙を浮かべる美癒の顔を間近で見つめながら囁いた。

「ふふっ、可愛い───」

 頬を摩り、美癒の髪を指先に絡めながらシルトは微笑むと、美癒の揺らぐ瞳を見つめながら頬を摩る方とは反対の手で美癒を強引に押し倒そうとした、その時だった。

「何をしている」

 何時の間にか部屋に入ってきたジャスティアがベッドの上に座る二人を見てそう問うと、シルトは直ぐにベッドから離れジャスティアの方に向かって歩いていく。

 その間、美癒は目元に溜まった涙を見せまいと洋服の袖で拭うと、それを見たジャスティアが目の色を変えた。

「なんでもないわ、私の方で少しからかってあげてただけ───」

 言葉を遮るようにシルトの頬は叩かれ、その小柄な体が崩れ落ちる。

「っ!?」

 叩かれた大きな音を聞きながらその光景を見た美癒は、思わず背筋を伸ばし動揺してしまう。

 近づいてきたシルトをジャスティアは何の躊躇も無く叩いたのだ、それも掌ではなく、防具が付けられ

 ている手の甲で。

 シルトは顔に受けた強烈な痛み、何よりジャスティアに叩かれた衝撃で意識が揺らいでしまい、地べたに這い蹲ったまま顔を上げる。

 だが、そのシルトの首をジャスティアは強引に掴み片手で悠々と持ち上げると、苦しみもがくシルトを見ても尚表情一つ変えずに喋り始めた。

「シルト……穢したな……?」

「あっ、がッ……うぎぅ゛……!!」

「お前ではない、私なのだ。唯一、私だけにッ、その権利が有る……違うか?」

  ジャスティアの腕を両手で握り締め足をジタバタと暴れさせるものの、ジャスティアはその手の力を一切緩めることもなくシルトを睨み続けている。

「やめてくださいッ!!」

 すると、その様子を見ていた美癒がベッドから下り声を上げてジャスティアを止めようとしはじめる。

「シルトさんとは、その、楽しくお喋りしていただけです! 退屈していた私に、話しかけてくれたんです……っ!」

 とにかくジャスティアを止めなければならない、美癒はシルトを助ける為にその場しのぎの嘘を吐くが、まるでその嘘を見透かすようなジャスティアの眼差しに美癒は不安になる。

「本当にそれだけなんですっ! だから……!」

 それでも美癒は力強い視線でジャスティアと見つめあうが、気付かぬ間に目元には再び涙が溜まり始めていた。

「かはっ! けほ……けほッ……」

 その涙を見た瞬間、ジャスティアはシルトを離すと、美癒に背を向け部屋の出口へと向かう。

「時が近い、準備を進めろ」

 それだけ言い残し部屋を後にしたジャスティア、シルトはその場に蹲り首元に手を当てていると、それを見た美癒は直ぐに近づき心配そうに声を掛けた。

「だ、大丈夫ですか? シルトさん」

 蹲るシルトの肩に手を置く美癒、するとシルトは徐に立ち上がり美癒の手を払いのけた。

「気安く触らないでッ……ティア、私の体に触れてくれた……ふふっ、ティアぁ……」

 シルトは薄っすらと笑みを浮かべながらジャスティアが掴んでいた首元を嬉しそうに摩っていた。

 どうして首を絞められていたというのに、これ程まで嬉しそうなのか……そんなシルトを見て美癒は息を呑み、このシルトという女性がどのような人なのか、気になり始めていた。



 同時刻、空のいる世界では今まさに戦いが繰り広げられようとしていた。

 限定領域内、市街地の真っ只中に空は立ち、それを囲う五十を越える兵士と一人の男。

 嵐の前触れのような静けさに、バランを含めその場にいる全ての者達が張り詰めた空気の中ただ一人の少年を見つめ続ける。

「悪いことは言わねぇ、お前さん達も逃げなぁ」

 バランはその場にいた兵士達に撤退するよう促すものの、兵士達は重火器を構えたまま誰一人引こうとはしない。

「お言葉ですが、我々はエルフェル様直属の精鋭部隊。敵を眼前に任務を放棄など致しません」

「そうかい、逞しく忠実で気高いアルトニアエデンの兵士諸君、随分と立派じゃないか。だがぁ……それはただの馬鹿だ」

 残念だが、仕方あるまい。バランは視線を兵士達から空へと戻すと、双剣を握り締め無表情の空を見つめ始める。

 本当に先程までの少年なのだろうか、見間違える程の冷静な表情を浮かべており、一切の感情を表に出さない。

 これから何時、戦いの火蓋が切って下ろされるのか───兵士達は全員引き金に指をかけ、隊長の攻撃指示の合図を待った。

 その沈黙の間、兵士達は微かに風を感じた。

 衣服の上からでも分かる、風に撫でられるような感覚、張り詰めた空気の中でも心地良いとさえ思えてしまう。

「ッ!!」

 そんなそよ風を前に、バランは一瞬で後方に跳び空との距離を置く。

 バランの行動を見ていた数人の兵士はその行動に疑問を浮かべる。

 ……それにしても、何時までたっても指示がない。隊長の隣にいた兵士が気になり顔を向けると、そこにあるはずの隊長の首が滑るように転げ落ちた。

 その光景を兵士は見つめ続ける、隊長の首が落ちるのを、同じ高さ、同じ速さで、同じように転げ落ちながら───。

 静かだった。

 誰一人悲鳴を上げず、誰一人声を荒げず、誰一人喚き散らさない。

 何故ならその身に風を受けた者は皆即死であり、誰一人として痛みや恐怖に呑まれる事はなかったのだから。

 重火器を構えていた兵士達の首が落ち、次々にその場に倒れ始めると、その様子を見た残りの兵士が一斉に引き金を引いた。

「怯むなッ! 撃てえぇッッ!!」

 隊長の指示でもなければ誰の指示でもない。

 只ならぬ恐怖を抱いた兵士達は撃たなければならなかった。

 撃たなければ死ぬ、攻撃しなければ死ぬ、殺さなければ、自分が殺される。

 けたたましい銃声が市街地に鳴り響き、人一人に対し余りにも多すぎる重火器の攻撃にその周辺は煙に包まれ始めていた。

 相手の姿が見えなくとも兵士達はひたすら撃ち続けた、手加減や容赦の出来る相手ではないと既に察していたからだ。

「撃ち方やめ! 撃ち方やめぇッ!!」

 全方位からの射撃、辺りは煙に包まれ視界を遮られた。

 十分すぎる程の火力での攻撃、一人の兵士は攻撃を中止させ敵の姿を確認しようと止めに入る。

 しかし直ぐにはやまない、止まらない。今、銃に装填してある全ての弾丸を撃ち尽くすまで攻撃を止めない者もいた。

 全ての兵士が攻撃を止めるのに暫く時間がかかった、煙は未だ戦場に広がり、もしあの攻撃を浴びても尚、空が生きていたとしたら何時何処から奇襲を受けてもおかしくはない。

 だが、幾ら空といえど全方位による集中砲火をその身に浴びればタダでは済まない。

 戦場に風が吹いた、立ち込めていた煙を払いのけるように視界が開き、兵士達はその光景を見て絶句する。

 そこに空はいたのだ。

 攻撃を防御する訳でもない、回避する訳でもない。

 双剣を握り締めたまま無表情で立ち尽くしている、その体、その衣服に傷は愚か汚れ一つ付ついていない。

 その綺麗な空とは対照的に、空の周りの足元は焼き焦げ、抉れ、無数の穴が空いている。

 信じられない光景に兵士達は動揺、困惑した。

 何故、どうして───。その目で確かめるべく、建物の中に身を隠していた一人の狙撃兵が、空の額目掛け引き金を引いた。

 消音機を付けた遠距離狙撃、弾丸は空気を貫き空の額目掛け一直線に飛んで行く。

 そして弾丸が空の目の前にまで迫った瞬間、弾丸は余りにも不自然な動きを見せる。

 弾道が見えない力で曲げられ、空に触れることなく彼方へと消えていったのだ。

 空は何の動作もしていない、ただ、空の髪が微かに揺れているのを見て、微かに風が吹いている事だけは理解できた。

「か……風……?」

 たかが風の力で弾道を変えた事に狙撃者は息を呑んだ。

 それは自分の狙撃が命中しなかった事に怯えたのではなく、先程の集中砲火をその風の力だけで防いだことにだった。

 あらゆる弾道を変え、破片や礫をも風で払い、空には一発所か一滴たりとも触れさせない。

 その時狙撃兵は風を感じた、重武装し肌など露出していないにも関わらず、全身を突き抜けるような風を───。

「ばけ、もの……化物ぉああああッ!!」

 首が舞い、腕が舞い、足が舞う。

 また一人、また一人と兵士達はバラバラに切り裂かれ、宙を舞っていく。

 その殺戮を止められる者はいない、兵士達は皆少年の姿をした『化物』に全ての火力をぶつけはじめる。

 すると、今までその場に立ったままでいた空がその場から姿を消すと、本格的な攻撃が始まった。

 兵士達の装備、銃器は亀裂を走らせる事も無く綺麗に両断され、兵士達は血飛沫を上げながら腸を散らし次々に息絶えていく。

 誰もその動きについていけない、誰もその速さに対応できない。風が吹いたと分かった直後、自分に突き付けられる絶対的死を感じ、絶命する。

 風を防ぐ事はおろか、逃れる事も出来ない、ある兵士は銃を捨てて逃げようとしたが両足を切断されると同時に体を切り裂かれ命を落とし、建物の隅に身を潜めていた兵士もまた微かな風を感じた直後全身がバラバラに弾け跳び死に至る。

 最早、それは戦いではない。

 一方的な攻撃による一方的な殺戮。戦いにすらならない、なっていないこの場は、既に戦場ですらなく。

 辺りは、再び静寂に包まれた。

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