第61話 不可避の縺れ
互いが互いの実力を知っているからこそ、二人は睨み合うように立ったまま動かない。
しかし、既にこの場は戦場であり、当然戦闘も開始されている。
「俺の実力を知った上でそう言うのか、お前の忠義は大したもんだが……死ぬぞ」
「随分と余裕なのですね」
「いや、正直言うとお前と戦えば俺も無事じゃ済まないと思ってる。けど、お前が戦う気なら戦うしかないだろ」
まるで自分が勝つのを前提とした話し方に、リーナは少しだけ首を傾げ見下すように言い放つ。
「余裕は油断を生み、足元を掬われる事になります」
その言葉の直後、甲斐斗の視界からリーナが消えると、甲斐斗の四方を囲うようにフェアリーが接近し、同時に紫色の光線のような魔法を放つ。
光線の軌道を見切った甲斐斗は体勢を崩しつつも全弾避ける事に成功したが、迫り来るリーナの動きを完全に捉える事が出来ず接近を許してしまい間合いを詰められる。
甲斐斗は迫り来るリーナの動きを予測し大剣を突き出す、しかしリーナは難なく剣を交わし右手に持つ剣で甲斐斗の心臓目掛けて突き出した。
「っ!!」
甲斐斗は全身を捻るように逸らしリーナの剣を避けると、一旦攻める事を止め一定の距離を保つ為後方へと高く飛ぶが、リーナは左手に持っている拳銃の銃口を甲斐斗に向けると、着地の瞬間を狙い引き金を引いた。
すかさず剣で弾丸を弾き剣を構えなおす甲斐斗だったが、その一連の動きを見たリーナは銃を下ろし淡々とした表情で一歩ずつ歩きながら進んでくる。
「私がアルトニアエデンでただただ無駄に時間を過ごしていたとお思いでしたか? 唯様がアルトニアエデンから別の世界へ飛んだ後、私は何時か必ず再び唯様に従える事を信じ、その日が来るまでに誰にも負けない力を得る為日々精進してきました。来る日も来る日も、あの日あの時の悲劇を思い出し、その悔しさを胸に、私は───ッ!」
リーナの言葉を聞きつつ、甲斐斗は大剣を振り上げるとたった一回の跳躍でリーナの元へと向かい大剣を振り下ろす。
しかし、あろう事かリーナは右手で握り締める剣一本でその強烈な一撃を受け止めてしまった。
「もう二度と唯様を泣かせない、もう二度と唯様を悲しませはしない。それが出来るのはただ一人、この私です」
「あっそうかい、だったらどうして美癒を殺そうとした。美癒が死ねば唯は泣くし悲しむし……最悪死ぬぞ」
互いの刃を交え、押し合いながら二人は会話を進めていく。
甲斐斗には気になる点があった、リーナが唯の為に自分を殺しに来るのはまだ納得できるが、どうして美癒を狙うのかが分からない。
唯の為を思うのであれば美癒を守らなければならないはず、するとリーナは胸を締め付けられる思い出胸中を語り始めようとする。
「ええ、そうでしょうね……。でもそんな唯様の心を癒す為に私がいるのです、それに───」
その次の言葉を聞く前に甲斐斗は両手で握り締める大剣に魔力を注ぎ込むと、両腕に力を籠め大剣を大きく振り上げ軽々とリーナを吹き飛ばす。
「初っ端から矛盾発言してるしお頭イカれてんじゃねえのか!?」
「貴方程狂ってはおりません。全ては唯様の為に、貴方や美癒様には『過程』となって頂きます」
リーナに大したダメージは無く、甲斐斗の力を利用し宙に浮きながら少し距離を取ると、両手に持っていた武器を消し、両手を僅かに重ね合わせるような体勢をとる。
それは今日、刺客諸共町を壊滅させたあの魔法であり、両手の魔法陣から紫色の発行する球体を作り出しその魔力を圧縮させていくと、それを見ていた甲斐斗が思わず声をあげた。
「ちょっと待て本気を出すなッ! 山どころか町ごと消し飛ばす気か!?」
リーナが本気で攻撃を開始すれば山どころか町にすら被害が及ぶ、甲斐斗は警告するようにそう叫んだが、リーナは暫く考えた後躊躇いも無く魔力を再び籠め始める。
「……では、それも『過程』の内に入れましょう」
唯の幸せの為ならリーナは何者も厭わない。
その考え方に甲斐斗は思わず声を荒げて言葉を漏らした。
「十分狂ってやがる!!」
最早回避という選択肢を無くした甲斐斗は真っ向からその魔法と対峙すると、右腕をリーナに向け狙いを定める。
それを見たリーナは魔法で作り出した激しい閃光を放つ球体を甲斐斗目掛け全力で放つと、同時に甲斐斗も右手に魔法陣を召喚し魔法を放つ。
「レジェンド・ゼロ!」
リーナの魔法と甲斐斗の魔法、その二つの攻撃が対峙した時、激しい競り合いにはなりはしない。
甲斐斗の放った黒い波動がリーナの魔法をいとも簡単に飲み込み塗り潰していくと、リーナの魔法は簡単に抹消されてしまう。
───しかし、追い詰められているのはリーナではなく、甲斐斗の方だった。
甲斐斗は依然魔法を放ち続けていたが、リーナは魔法で作り上げた球体を放った直後、その魔法よりも素早く甲斐斗に接近すると、簡単に甲斐斗の背後を取ってしまったのだから。
(速ッ───!?)
そのリーナの速さに思わず甲斐斗が目を見開き魔法を止めて後ろに振り返った瞬間、甲斐斗の胸は一振りの斬撃を浴びてしまう。
「ぐっ!?」
りーナが振り下ろした剣、その一撃に甲斐斗は怯んでしまうと、その一瞬の隙を逃す事無く再び高速で移動したリーナが甲斐斗に背後に立ち、その剣を突きたてた。
「がはぁッ!!?」
甲斐斗の背中を貫き胸から紫色に輝く剣の先端が見えると、甲斐斗は痛みを堪えるように噛み締めながらリーナから距離を取る。
リーナの持つ剣はただの剣ではない、極限まで高められた魔力を高出力で放出し、まるでビームサーベルかのような剣に甲斐斗は胸を抑えその身を焦がす熱さと激痛で思わず跪いてしまう。
「うぐぅ゛ッ! ク……クソ……かハッ」
吐血しその場に血反吐を吐くと、甲斐斗は口元の血を拭い剣を杖代わりにしてなんとかその場に立ち上がる。
一方リーナは依然無傷であり、重傷を負った甲斐斗を見てもその冷静な表情は何一つ変化していなかった。
「あれだけの傷を受けてまだ戦えるというのですか、やはり人間ではないのですね」
普通の人間なら瀕死所か即死のはずだが、それでも甲斐斗がまだ息をして立っている姿にリーナはそう言うと、甲斐斗は口元だけニヤリと笑みを浮かべて答え始める。
「それはお互い様だろうがッ、何処の世界に多種多様の兵器を操るメイドが存在するんだよ」
リーナに対し少しからかうような発言をしながらも甲斐斗の脳内ではリーナの力を分析し、改めて『MG』の強さを確信していた。
(高速移動はあの羽の力か、それに加えて魔法もサブウェポンも充実してやがる。リーナの奴、俺相手に本気を出すとは言っていたがまだ余裕が見られるし、マジで厄介な相手だな……ッ)
そんな甲斐斗を見ていたリーナは自分の胸に手を当てると、僅かに俯き有ろう事かその場で目を瞑ってしまう。
「貴方とは覚悟の『重み』が違う。何故ならこれはただの戦いではないからです、なので今の私は誰にも負ける気がしません」
「っ……」
敵が前にいるにも関わらずリーナはそう言い終えた後、ゆっくりと目蓋を開けていくと、その哀れみの目で甲斐斗を見つめながら話し始めた。
「カイト様、貴方は本当に心が痛まないというのですか? 貴方も気付いているはずです、これまで犯してきた自分の罪を」
再び甲斐斗の脳裏を過ぎる過去の映像、しかしその光景はまるでジャミングがかかったかのように荒んでおり、ハッキリと鮮明に思い出すことが出来ない。
というよりも、甲斐斗自身が思い出す事を望んでおらず、頭痛を堪えるように頭に右手を当て苦しそうに俯いてしまう。
「貴方も罪悪感を感じているのではないのですか? 現実から逃げる事無く今一度唯様の事を思い考えてください。何が唯様にとって幸せであり、唯様の為になるのか。これ以上、唯様の人生を───」
「黙れ゛ッ!!」
リーナの言葉を遮る甲斐斗の怒号、甲斐斗は何時しか両手で頭を抱え肩で呼吸をしていると、全身を微かに震わせその目は赤黒く濁り始めていた。
「いいえ黙りません。思い出してください、考えてください、悩んでください、そして最善の選択肢を見つけ、それを選ぶのです。貴方も気付いているはず、何が唯様にとって───」
「黙れって言ってるだろうがァッ!」
一方的に喋り続けるリーナに甲斐斗は右手を前方に突き出すと、その手には黒色の魔法陣が浮かび上がった。
だが、その魔法陣は先ほどよりも大きく複雑であり、瞬く間に魔力が集い始める。
黒く眩い光が辺りを照らし、甲斐斗はその醜い瞳でリーナを睨み続けると、魔力は一段と高まり始めていた。
微かに地面が振動し、空気はまるで突風が吹き荒れるように荒ぶり木々が大きくざわめき始める。
「今直ぐ、オ前を抹消すル゛ッ!!」
既に正気かどうかの判断もつかなくなった甲斐斗、強力な魔力を感じたリーナだが、それでも動揺することなく今にも魔法を放ちそうな勢いの甲斐斗に尋ねた。
「……良いのですか? 今その魔法を放てば町どころか世界の半分が消し飛びますよ」
先程は町を守る為にリーナの魔法を防いだ甲斐斗が、今度は自分の力でその町を破壊しようとしている。
それはまるで冷静になるよう促すような言葉だったが、甲斐斗は不適な笑みを浮かべると更に右手に魔力を籠め始めていく。
「死ねッ、死ね死ね死ネェッ! 消えろォァッ!!」
それでも甲斐斗は魔法を止めず、倍々に跳ね上がっていく桁違いの魔力に思わずリーナは辛そうな表情を浮かべてしまう。
「この力ッ、やはり貴方は……」
「消えろぉおおおオオオオオオッ!!!」
その時、リーナは最悪のタイミングで気付いてしまう、今自分が背にしている場所は、あろうことか唯の済む町の方面だと。
(しまったっ!? このまま魔法が放たれてしまえば唯様がッ───!!)
リーナが町を消し飛ばす程の魔法を放った時、勿論唯がどの場所に住んでいるのかを把握した上での攻撃だった。
当然あの魔法の斜線上に唯はおらず、唯がいる町とは反対方向へのもの。
しかし今、甲斐斗が魔法を放とうとしている斜線上には唯の住む町があり、このまま甲斐斗の魔法を許してしまえば唯は確実に消滅するだろう。
このままでは甲斐斗から魔法が放たれる。そう思ったリーナは軌道を逸らすべく自らが上空へと浮上し狙いを自分へ惹きつけようとした。
だが、何故か甲斐斗は一向に腕をリーナには向けず、誰もいないはずの前方へと突き出したまま魔法を放とうとしてしまう。
「何をしているのですかカイト様!? 私は上ですよッ!!?」
「ぁあああああああアアアアアアアア゛ア゛ア゛ッ!!!」
最早リーナの言葉は甲斐斗の耳に届いておらず、正気を失った甲斐斗の一撃が世界へと放たれようとした───その瞬間だった。
甲斐斗の右腕を咄嗟に蹴り上げる一人の人影、その蹴られた衝撃で甲斐斗の右手は真上に向けられると、容赦無く魔法が放たれた。
天をも揺るがす強大な力、そして夜とは思えぬ眩しい閃光が辺りに突き刺さる。
間一髪、甲斐斗の魔法は真上に放たれ町の被害は免れた。
それを見ていたリーナは緊張した面持ちでその場に着地すると、魔法を終えその場に腰を下ろしてしまう甲斐斗の横に立つ一人の少年に目を向けた。
「何をしているんですか甲斐斗さん! それにリーナさんまで!?」
甲斐斗の攻撃を逸らし町を救った少年『空』。彼にはこの場で何が起きているのか全く訳が分からなかった。
二人を探してきてみれば甲斐斗が魔法を放とうとしており、リーナも臨戦態勢で構えている、何故二人が決闘をしているのかが分からない。
動揺する空に甲斐斗は何も答えないまま俯いていると、ふとリーナが空に声を掛けた。
「……空様、どうして此処が……?」
声を掛けられた空は、リーナが今までのような喋り方ではない事に気付き目を向けると、そこには家で見るリーナとは全く違う笑みを浮かべない冷静なリーナが立っており、空はリーナに近づきながら説明しはじめる。
「二人が出て行った事を唯さんに告げたら探してきてほしいと頼まれたんです。ですが、これはいったいどうなっているというのですかっ……」
その言葉にリーナは少しだけ振り返り唯のいる町を流し目で見つめると、再び視線を戻した。
(唯様、やはり私とカイト様の関係に気づいておいででしたか……)
リーナは唯にだけは悟られないように振舞っていたつもりだったが、唯に心配を掛けてしまった事を申し訳なく思っていると、未だに俯き立ち上がろうとしない甲斐斗を見て口を開いた。
「丁度良い機会です、空様にも聞いて頂きましょう。カイト様がこれまでに犯してきた罪を」
「甲斐斗さんが犯してきた、罪……?」
それが今、甲斐斗とリーナが戦っている理由だと気付いた空はそう言ってリーナの言葉を待った。
それからリーナは語り始める。これまで甲斐斗が犯してきた、償いきれない数々の罪を。




