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第52話 儚き日々

 争いの無い平和な世界。

 美癒達が昼食を食べ終え家を出て行った後、唯も家を出て軽く散歩をした後にスーパーマーケットへと夕食の食材を買いに行っていた。

 そして一通りの食材とおかしを買い終えた唯は家に帰宅した後、キッチンへと向かい晩御飯の支度をしている最中だった。

「ふんふんふふ~ん♪」

 鼻歌を歌いながら上機嫌な様子で手際良く野菜を切っていくと、切り終えた野菜を鍋に入れ既に軽く炒めた肉と一緒に炒めていく。

 その後水を加えて蓋をした後弱火にすると、軽く手を洗いタオルで拭いた後にポケットからスマートフォンを取り出し美癒に向けてメールをしはじめた。

「『特訓お疲れ~! 所で何時頃帰ってくるのー? あんまり晩くならないようにね! 今日は皆が大好きなビーフシチューだから早く帰ってきなさいよ~!』っと」

 可愛い絵文字を多様に使ったそのメールを送ると、唯は再び楽しそうに鼻歌を歌い始めスマートフォンのアプリを起動してある写真を写した。

 それは幼い頃の美癒の写真、横にスライドしていく度に幼い美癒の写真が変わっていくと、次第に写真は美癒が高校生になった時の写真が出てくる。

 始業式の日に撮った時の写真、そこからは空と美癒、そして甲斐斗の写真も出てくると、唯はある一枚の写真を見てその指を止めた。

 それは美癒と甲斐斗の二人だけが写っている写真だった、若干照れくさそうにしている甲斐斗に対し美癒は満面の笑みを浮かべており、そんな二人を見て唯は微笑むと、スマートフォンをポケットに仕舞い晩御飯の支度を再開しはじめる。

 魔法による争いに巻き込まれていはいるが、それでも楽しい日々が続いている。

 何よりも幸せそうにしている美癒を見るのが唯にとって堪らない幸福であり、仲の良い友達も出来たのを見て安心しており。元々美癒と二人きりの生活も楽しいものであったが、最近は空や甲斐斗が来てくれたお陰で賑やかな日々を過ごせる嬉しさに唯は満足していた。


 一通りの晩御飯の支度を済ませた後、干していた洗濯物を取り込みリビングに持っていくと、ソファに座りテレビを見ながらその洗濯物一枚一枚を丁寧に折り畳んでいく。

「あら、もうこんな時間。美癒ってばメール見てくれたのかしら」

 その合間にふと壁に掛けてある時計を見ると、もう十八時になっている事に気付きスマートフォンを取り出してみる。

 てっきり美癒からの返事に気付いていないだけだと思っていたが、美癒からの返事は未だに無い為珍しいと思ってしまう。

 美癒は何時もメールには直ぐに返信してくれる為、今やっている特訓に熱中しているのだろうと思い唯は特に気にする事もなく洗濯物を畳みはじめていた。

 だが、時間が経つにつれて次第にその考えも揺らぎ始めていく。

 ビーフシチューも完成しご飯も炊き終わったというのに 十九時になっても美癒からはメールの返事が一切返ってこない。唯は徐にスマートフォンを取り出し美癒に電話を試みる。

 どうせ特訓で夢中になっているか、はたまたメールに気付いていないだけ、唯はそんな軽い気持ちで美癒が電話を出るのに待っていると、スマートフォンから音声が聞こえはじめる。

『ただ今、電源を切られているか、電波の届かない所に居ます。用件のある方は……』

 無意識に通話を切ってしまう唯、一瞬電話が繋がり安堵した心も再び焦りが募りはじめる。

 言いようのない胸騒ぎ……いや、偶々電源を切ったままにしているのかもしれない、それとも電源を入れていたが電池の残量が無くなっただけなのでは。

 唯は極力悪い方へと考えず、不安を振り払うようにその場に立ち上がると作り終えたビーフシチューを暖めなおし始める。

 大丈夫、仮にもし何かあったとしても美癒には頼もしい仲間達がいるではないか。

 何より美癒の側には甲斐斗がいてくれている、何も心配する事はない……。


 二十時。完全に日が暮れてしまい、夕焼だった空にも今では星が広がっている。

 幾らなんでも晩すぎる……唯は灯りを点けたまま家を出ると、玄関の扉の鍵も閉めずに足早に裏山へと向かった。

 確か午後からの特訓は学校の裏山でしていると聞いていたからだった、唯は募る不安と焦りをごまかすようにただひたすら走り続ける。

 そして学校の裏山まで来た唯は大きな声で美癒達の名前を呼び始めた。

「美癒ーっ! 空君ー!」

 返事は返ってこない、そこに皆がいないと悟るまで唯は大声で辺りに呼びかけ続けた。

 そして数十分後、唯は皆が裏山に居ない事を納得させるように理解すると、以前教えてもらった鈴の家へと向かい始めた。

 全ては自分の勘違い、全ては自分の思い過ごしだと信じ───。

「はぁ……はぁっ……」

 息を切らし汗を流しながら唯は見上げていた。

 鈴の家には灯りが一つも点いていない。もうそれだけで唯はこの場に美癒達が居ない事を理解すると、最後の望みを掛けて家へと帰宅していく。

 その足取りは重いものだった。全ては自分の勘違いであればそれでいい、むしろそれを一番強く望んだ。

 家に帰れば何時ものような賑やかな日々が待っている。

 今日の夕食はビーフシチュー、特に甲斐斗の大好物でありきっと喜ぶだろう。

 そして夕食を食べながら今日一日の話を聞こう。いや、その前に帰ってくるのが晩くなった美癒達に一言お叱りの言葉を言わなければならない。

 特に甲斐斗にはキツク言ってやる───唯の頭の中では既に皆が帰ってきている事を前提として考え始めていた。

 だが、その考えも家の玄関へと入った直後に砕け散ってしまう。

 玄関には靴が無く、誰も帰って来ていないのが分かると、唯は腰が抜けその場に座り込んでしまった。

「みんな……何処に行ったの……?」

 二十一時になっても一切連絡は無く、誰も帰ってくる気がしなかった。


 午前零時。

 幾ら時間が経とうとも、それでも唯はリビングで一人椅子に座り皆を帰りを待ち続けていた。

 既に用意していたシチューも冷め切っており、鍋には蓋をしたまま放置されている。

「美癒……空君……甲斐斗……」

 本当なら今日、皆と賑やかに夕食を楽しむはずだったのに……夢なら覚めて欲しいと思いながら唯はひたすら皆が帰ってくるのを待ち続けていると、玄関の方から微かに物音が聞こえてきた。

「皆!?」

 美癒も、空も、甲斐斗も。皆が帰ってきた。

 唯は即座に立ち上がり走り出すと、リビングの扉を力強く開け玄関へと向かった。


 そこに立っていたののはただ一人、甲斐斗だけだった。

 そんな甲斐斗の姿は見るも無残なものだった、全身は傷だらけで衣服もボロボロ、顔は僅かに血で汚れており、虚ろな瞳のまま喋り始める。

「空も美癒も、皆他世界へと飛ばされた……」

 全く精気を感じられない甲斐斗、その声も掠れたようにか弱いものであり、視線は唯ではなく下ばかり見つめていた。

「……ごめん、『僕』は……誰一人守れなかった。す、直ぐに皆を探しにっ───!」

 その時、言葉を遮るように唯が優しく甲斐斗を抱き寄せる。

 一瞬何をされたのか理解出来なかった甲斐斗は口を開けたまま目を見開いていると、唯は涙を零しながら口を開く。

「甲斐斗が帰ってきて、良かった……!」

 もう誰も帰ってこないかと思ってしまった。

 美癒や空は未だに戻ってきていない、しかしそれは死んだ訳ではなく他世界に居るだけ。

 確かに不安も有る。その不安は胸が張り裂ける程苦しく、胸に突き刺さる程痛い。

 それでも今、こうして甲斐斗は帰ってきてくれた事が純粋に嬉しい唯はそう言って甲斐斗を抱きしめ続ける。

「ゆ、唯……? でも僕は、皆を守る事がッ……」

「今は甲斐斗が帰ってきてくれた事が嬉しいの、それに甲斐斗疲れてるでしょう? 今は少し休みましょう」

「で、でも……」

「大丈夫、きっと皆無事よ。だから今は……ね」

 恐らく今、一番不安なのは誰よりも唯だろう。

 しかし唯は甲斐斗の為を思い優しい言葉を掛けてくれる。

 ずっと怒られると思っていた甲斐斗はそんな唯の優しさに触れ全身から力が抜けていく。

 だが、その優しさは甲斐斗にとって複雑なものでもあった。

 自分を励まそうと必死に明るく振舞ってくれる唯を見て、甲斐斗は己の非力さ悔やみ続けた。

 それでも今は唯の言葉に従おう……そう思った甲斐斗は唯に離してもらうと、その力の無い足取りでリビングへと向かうのであった。




 甲斐斗とジンの戦い、そして空達とゼオスの達の戦いはある世界の人達に既に知られていた。

 それは当然の結果だった。友好関係を築いてきた世界がたった数時間で滅んだのだ、今では見るも無残な世界が広がっており、その惨状は余りにも酷いものだった。

 ある一室に有る巨大なスクリーンに映された世界の映像、それは甲斐斗とジンが戦いを繰り広げていたあの世界だった。

 だが、モニターに移っていた映像は崩壊した町などの様子ではなく、星の半分が蒸発したかのように綺麗に抉られた映像だった。

「やれやれ、一体どんな戦いをすればこんな事になるのだろうねぇ」

 モニターに映し出された映像を見つめながらそう呟いたのは、アルトニアエデン対国家大戦用独立殲滅部隊『アディン』に所属する薙龍馬だった。

 何時もは軽装でラフな格好をしている龍馬だが、この場ではアディン専用の軍服を身に纏っており、何時にもなく真剣な表情を浮かべていた。

「例の組織がこの世界に出現したらしいですよ、そこで起きた戦闘の結果がこれさ。貴方は何かご存知有りませんか?」

 そう言って視線を一人の少女に向けると、その少女は無表情のまま龍馬を見つめ返す。

「……どうして私なのかしら」

 この会議室にいる人間は二人。

 一人はアディン所属の薙龍馬、そして二人はアルトニアエデン親衛隊所属『シルト・プロティクト』という少女だった。

 シルトはモニターに映し出された世界の映像を一目見た後、再び龍馬に視線を向ける。

「この件に関しては明日、貴方達アディンも含め全指揮官が集う軍事会議で話し合うはずよ。態々私に聞いてくる理由は何?」

 首を傾げ不機嫌な様子でシルトはそう言うと、龍馬は特に動じる事もなく説明しはじめる。

「アルトニアエデン『最硬の魔法使い』であるシルトさんに是非この脅威についての感想を聞いてみたかったのですよ。貴方の魔法ならこの者達からアルトニアエデンを守れるのかどうか……ね」

「心外ね、私を誰だと思っているのかしら? この程度で脅威だなんて、私の敵ではないわ」

「素晴らしい自信ですね、感服致します。……そうそう、ちなみにこの世界で戦った者に『天百合美癒』と『風霧空』という者がいたらしいのですが、何かご存知無いでしょうか?」

 その二人の名前を聞いた瞬間、僅かに眉を顰めるシルトに対し、龍馬はそのほんの僅かな表情も見逃ささないように見つめ続けていた。

 何故この男から二人の名前が出たのか……いや、それよりも何故自分にこの二人の名前を出しのかをシルトは理解すると、龍馬に抱く不審な気持ちが強まっていく。

「その情報、何処で手に入れたの? まさか貴方、現場にいたんじゃ……」

「残念ですが、答えになっていません。知らないのなら知らないとそう仰ってくれればいいものを」

 自分の計画に勘付いている事は無いはずだが、何かを企んでいるのを見透かされているような言葉にシルトは沈黙したまま龍馬を睨むが、対する龍馬は平然とした表情で次の言葉を待っていた。

「……一つだけ忠告しておくわ。貴方は今、足を踏み入れてはならない領域に入ろうとしているのよ。侵入しようものなら本部直属とはいえ例えアディンでも容赦はしないわ」

 これ以上詮索するな。そう言うかのようにシルトは告げると、龍馬は腕を組みシルトではなく世界の半分が消し飛んだ映像を見つめながら口を開く。

「その発言、自分が『黒』である事を証明していますね」

「っ……!」

 余裕の表情を浮かべ全く引こうとしない龍馬の態度にシルトは苛立ちを見せると、この場で戦闘が始まってもおかしくない程の険悪な雰囲気が立ち込めていく。


 その時、部屋の扉から鋭く突き刺さるような一人の女性の声が聞こえてきた。

「私の『盾』に、何か用か?」

 その言葉と同時に部屋の扉が開き中に入ってくる一人の女性。

 純白の甲冑に身を包み美しいブロンドの長髪を束ねており、その青い瞳は透き通るように澄んでいる。

 龍馬がこの場に現れた女性を見た途端、表情は崩さないものの内心驚愕してしまう。

(ジャスティア・リシュテルトッ!?……アディンを含めアルトニアエデンの全兵士の中でも『白兵戦最強』と謳われる方ですが、その方が直々に現れるとは……)

 突如現れたジャスティアに龍馬は今、自分に敵意が向けられているのを感じると、穏やかな口調でジャスティアに声を掛ける。

「これは驚きました、アルトニアエデンの王女にして『最強の戦乙女ヴァルキュリア』である貴方様が『この場』に現れるなんて。穏やかではありませんね」

 ジァスティアがシルトの計画に関わっているのかどうか今は分からない。

 だが、もしジャスティアまでもが関わっているとなるとその計画の巨大さを思い知ると共に、自分の身が危機に晒されている事を実感する。

 龍馬の言葉を聞いてもジャスティアは平静を保っており、鋭い視線で龍馬を見つめながら再び口を開いた。

「何か用かと聞いている」

 高圧的な雰囲気を纏うジャスティアの言葉、龍馬は少しだけ間を置いた後、笑顔で頷いてみせる。

「……はい。ですが、もう用は済みましたので大丈夫です。シルトさん、貴重な時間を割いて頂きありがとうございました」

 丁寧にお辞儀をした後龍馬はそうシルトに告げると、シルトは物言いたそうな目で龍馬を睨んだ後、ジャスティアの元へと歩み寄る。

 するとジャスティアは後ろに振り向き無言で部屋から退室すると、シルトもその後ろに続いて部屋から出て行ってしまった。

 一人部屋に残された龍馬は小さな溜め息を吐くと、椅子に座り背もたれに体重を乗せながら天井を見上げた。

「やれやれ。軽い気持ちで釣りを楽しんでいたら、まさか鯨が釣れるとは……面白い」

 この期に及んでも尚、龍馬は詮索を止める気など全く無く、それこそ何を企んでいるかを本気で暴こうと考え始めるのであった。 



 龍馬のいた部屋からジャスティアとシルトが退室した後、ティアはジャスティアの横に並び歩いていくと、申し訳なさそうに呟いた。

「ごめんなさい、ティア……。私のせいで貴方まで疑われてしまったわ……」

 明らかに龍馬はシルトを疑っており、自分だけでなくジャスティアまで巻き込んでしまった事に落ち込んでしまう。

 そんなシルトにジャスティアは前を見つめたまま口を開いた。

「謝るな、私が勝手に取った行動だ」

 ジャスティアは特に気にする様子も無く、淡々と通路を歩き続けているが、隣で歩いているシルトは元気が無く暗い表情のまま歩いていく。

 すると、突如ジャスティアがシルトの前に立ち足を止めると、それに気付いたシルトが徐に顔を上げた。

「んっ───」

 顔を上げた途端、シルトは自分の唇に温かく柔らかい感触を感じる。

 目の前には青く澄んだ瞳で見つめ続けてくれるジャスティアの顔があり、シルトは目を丸くしながらもじっとジャスティアの瞳を見つめ続けた。

 そしてジャスティアがシルトから唇を離しても尚、シルトはその瞳を見つめたまま固まっている。

 ほんの僅かな一時がとても長く感じられ、シルトは漸く自分が何をされたのかに気付く。

「行くぞ、シルト」

 それだけ言ってジャスティアは何事も無かったかのように再び歩き始めると、顔から暗い表情が消えたシルトもまたジャスティアの横に並び歩き始めるのであった。

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