第32話 過程の綻び
覚醒したヴォルフを見事打ち倒し、『CLT』は解除され再び元の世界へと戻る。
甲斐斗と空は直ぐにヴォルフを連れてその場から去ると、美癒と鈴は会話をしながらスーパーマーケットへと戻っていく。
「ごめんね鈴ちゃん。私も魔法が使えるようになったと思ったのに使えなくて……」
「美癒っちが謝ることなんてないよ! 皆無事だったんやしええやん、それよりあの赤い仮面の女性って美癒っちの知り合いなん? 美癒っちを守ってくれてたけど」
「ううん、私は知らないよ? え? 鈴ちゃんの知り合いじゃないの……?」
美癒と鈴、互いにどちらかの知り合いだと思っていたが違っていた為に二人は顔を見合わせ首を傾げてしまうと、鈴は腕を組みながら再び歩き始めた。
「美癒っちを助けてくれる謎の仮面の女性……ええやん! 正体は分からんけど強くてカッコイイし!」
「今度会った時、きちんとお礼を言わないと……あ!」
鈴が目を輝かせながら仮面の女性について話していると美癒はある事を思い出した。
「桜さんずっと私達を待ってるよ!? 急いで行かないと!」
「そやった! うっかりしてた……!」
戦いの間、桜を待たしている事に漸く気付いた二人は急いで菓子パンコーナーへと向かう。
すると、そこには二つの菓子パンを手にした桜がどのパンを選ぼうか悩みながら首を傾げており、息を切らしてきた二人を見て桜が驚いていた。
「ん? 二人ともそんなに慌ててどうしたんだ……?」
桜が不思議そうにそう言うと、鈴は両手を合わせて謝り始める。
「ご、ごめんな! ちょっと買い物に夢中になってて桜に声かけるの遅くなったんよ!」
「そうか、パンに夢中で余り気にならなかったが。それより買い物は済んだのか?」
「う、うん! 後はレジ行くだけやけん、一緒に行こか!」
待たされていた桜が怒っていなくて安心した美癒と鈴。
買いたい商品は既に籠の中に入れていた為、三人はレジへと向かった。
その後、『三人』は正体がバレていない事に安堵しながら無事に買い物を終え、午後も料理を作ったりゲームや絵を描いたりなどして楽しい時間を過ごした。
それから数時間後、日も暮れてきた為美癒は自宅へと戻る事になり、辺りは既に暗くなっている為に鈴が美癒を家まで連れて行く事になった。
鈴はまた何時何処から刺客が現れるのか警戒しながら美癒と共に歩いていくが、特に刺客が現れる様子もなく無事に家へと辿り着くことが出来た。
「ありがとう鈴ちゃん、また明日学校でね!」
「うん! また明日な~!」
美癒と鈴は笑顔で手を振り、鈴は桜の待つ自宅へと帰っていく。
そんな鈴の後ろ姿を見送った後、美癒は玄関の扉を開けるとリビングへと入っていく。
「ただいま~、今帰ったよ」
リビングでは晩御飯の準備をしていたエプロン姿の唯が立っており、丁度最後の料理を並べ終えていた。
「あら、おかえり美癒。丁度良かったわ、今夕食が出来た所なの。早く食べましょう!」
「そうなんだ! 手洗ってくるね」
美癒はそう言ってリビングを出て洗面所へと向かい手洗いを済ませると、再びリビングへと戻り唯にある事を聞いてみた。
「甲斐斗や空君はどこにいるの? 確かヴォルフさんから話しを聞くって言ってたけど……」
料理が出来たというのにリビングに来ていない二人を心配した美癒、すると唯は一階にある和室の方へと視線を向けた。
「甲斐斗達なら和室にいるわよ、夕食も出来た事だし呼んできてくれないかしら」
「うん、いいよ」
直ぐに美癒は和室へと向かい襖を開ける、するとそこには布団の上で眠るヴォルフの姿が有り、その左右には空と甲斐斗が頭を悩ましていた。
「ヴォルフさん!? どうしてここに……? それに甲斐斗も空君も頭を抱えてどうしたの?」
ヴォルフから話を聞いた後、解放するという話しを甲斐斗から聞いていた美癒には何故ヴォルフがここに居るのかも分からず二人に尋ねてみると、和室に入ってきた美癒に気付いた甲斐斗が口を開いた。
「いや、それがさぁ。話を聞くって言って俺達別れただろ? んで近くに森に連れ込んで話を聞こうって思ったんだが……その……」
中々甲斐斗が言うのを躊躇っていると、代わりに空がその話の続きを語り始めた。
「一向に目を覚まさないんです。勿論脈はありますし死んではいません、恐らく甲斐斗さんがヴォルフさんを地面に叩き付けた衝撃が余りにも強かった為に昏睡状態が異常に続いているのだと思われますが……」
「んな!? 俺のせいだって言いたいのか!? だってまさか普通ここまで気絶するとか思わんだろ!?」
まるでヴォルフが起きないのを自分の責任にされたと思い甲斐斗が声を荒げると、空は両手を前に出し慌てて弁明しはじめる。
「い、いえ! 甲斐斗さんのせいだなんて言ってませんよ! ただヴォルフさんが起きない理由の可能性の一つを言ってみただけです!」
甲斐斗と空の二人が騒ぎあう中、美癒はヴォルフが心配になり近づいていくと、傍らに座りヴォルフの額に手を当てた。
「ヴォルフさん、起きてくれると良いんだけど……」
そう思いヴォルフを見つめていた美癒、するとまるで美癒に声を聞いて起きたかのようにヴォルフが目を覚ますと、ヴォルフもまた朦朧とする意識の中、自分を見つめてくる美癒を見つめ返した。
「っ……お前は……天百合美癒……」
起きて早々自分の標的であった美癒が目の前にいる事にヴォルフが困惑していると、意識を取り戻した事に気付いた甲斐斗と空が急いで美癒をヴォルフから離し臨戦態勢に入る。
するとヴォルフは辺りを見渡した後、自分の体に掛けられた布団を見て状況を理解すると、美癒を見て鼻で笑った。
「お前、とことんお人好しなんだな」
まさか戦いに敗れた後、温かい布団の中で目を覚ますなどヴォルフは思ってもいなかった。
「戦闘中もそうだ、あの時お前があの仮面の女を止めていなければ俺は死んでいた。何故止めたんだ?」
率直なヴォルフの疑問、それに答える為に美癒は自分の前に立っていた甲斐斗と空の脇をすり抜けヴォルフに近づいていくと、目線を合わせるようにその場に座り答えてみせる。
「誰にも死んでほしくないからです」
美癒は自分が狙われているにも関わらず、刺客であるヴォルフにそう言ってみせると、ヴォルフは俯き自分の頭に手を翳し信じられない様子で笑みを浮かべる。
「まさか、そんな事を平然と言ってのける奴がいるとはな……笑える」
自分の命を狙ってきた刺客の心配すらしている美癒に半ば呆れるヴォルフだが、この美癒の言葉を信用しようとは思っていない。
何故ならそのような優しい言葉の裏には必ずと言って裏がある事をヴォルフは知っているからだ。
「弱者は強者に喰われるのみ。俺は負けた、煮るなり焼くなり好きにしろ。ちなみに俺からお前等に話す事は何一つない」
その言葉は自分があらゆる拷問を受けようと決して依頼主に関しての情報を吐き出さない事を断言しており、ヴォルフは覚悟していた。
だが、その覚悟を揺るがせる程の言葉をヴォルフは聞いてしまう。
「それなら一緒に夕食を食べませんか? 丁度今出来た所なんです!」
「……は?」
美癒は満面の笑みでそう言うと、ヴォルフは肩の力が抜け目を丸くしてしまう。
「甲斐斗も空君も、それで良いよね?」
美癒は徐に立ち上がり後ろに振り向くと、空は穏やかな表情で快く返事をする。
「はい、喜んで」
美癒の優しさに空も納得すると、隣に立っていた甲斐斗も頭を掻きながら渋々承諾する。
「まぁ、お前がそれで良いって言うなら構わねえけど」
甲斐斗は美癒の意思を尊重しこれ以上は何も言わず一人和室を後にする、それに続いて空も和室の出口へと向かい、美癒は再び後ろに振り返るとヴォルフに手を差し伸べた。
「行きましょう、ヴォルフさん」
「……分かった、お前の指示に従う」
ヴォルフは自分が敗北者だという事を理解しており、これ以上無様な足掻きをしようとは思っていない。
敗者は敗者らしく勝者に従うのみ、ヴォルフは差し伸べられた美癒の手を握るとその場に立ち上がり、共にリビングへと向かうのであった。
ヴォルフにとって美癒との出会いは驚きの連続だった。
用意されていた夕食は普通に美味しく、毒や自白剤といったものも入っていない。
殺伐とした雰囲気の中で食事が行われるのかと思いきや、意外にも皆和やかな雰囲気で喋りながら食事をしており、甲斐斗以外の三人は時々ヴォルフに声を掛けてくれる程である為、ヴォルフにとっては異様な雰囲気にしか見えなかった。
「お前達は一体何なんだ、何が目的なんだ……?」
夕食を終え食後のお茶まで出してもらったヴォルフはそう言って美癒に尋ねると、美癒はお茶を一口飲んだ後首を傾げてしまう。
「目的? ヴォルフさんと仲良くなる事かな!」
「っ……」
魔法使いであるヴォルフに興味津々の美癒だが、最早ヴォルフからすればその言動が不気味に見え若干引いてしまう。
すると美癒の座っている横に甲斐斗が座ると、一度だけ咳払いをして話し始めた。
「さてと、美癒はお前に優しいが俺はそんなに甘くない。お前には聞きたい事が山ほど有るからな」
漸く本題に入ろうとした甲斐斗、その言葉を聞きヴォルフは何故か安心してしまう。
「ふっ、やはり今までの言動は俺を油断させる為だったか」
「お前、美癒と空の事全然分かってないな。こいつ等がそんな事考える訳ないだろ」
仲良くお茶を飲む美癒と空を甲斐斗は呆れ顔で見つめると、ヴォルフもまた甲斐斗の言葉に共感してしまう。
「だから俺がこうやって強引に無理やりにでも話しを進めないといけないんだよ。で、どうなんだ、お前の依頼主は誰だ、依頼の目的、理由。全て話せ」
「断る、俺がお前達に話す事は何一つない」
「そうか、なら勝手にする───」
元々ヴォルフから情報を聞き出そうなど思っていなかったような甲斐斗の態度と言葉。
それもそのはず、甲斐斗には無理やりにでも話しを聞きだす必要などないのだから。
甲斐斗は強引に腕を伸ばしヴォルフの胸倉を掴むと、赤く濁った瞳を輝かせながら自分の額をヴォルフの額へと近づける。
「なっ───!?」
それは一瞬の出来事だった、美癒や空が甲斐斗を止めようと立ち上がった時には既に事を終えており、甲斐斗は掴んでいた胸倉を放しヴォルフを突き飛ばす。
「大体……いや、全部分かった。お前の依頼主は白い仮面の女、懐中時計を持っているな。んで、今日中に美癒をここからそう離れていない森へと連れてくるのが目的か」
その甲斐斗の言葉にヴォルフは息を呑むと、先ほどの行為により自分の記憶を全て読み取られている事に気付いた。
「お、お前。俺の記憶を読んだというのか……?」
「だからどうした、これぐらいの魔法なんざ余裕なんだよ。それより美癒、空。出かける私宅をしろ」
甲斐斗はコップに残っていた残りのお茶を一気に飲み干すと、軽く指の骨を鳴らしはじめる。
「今からその森へと行ってやろうじゃねえか。そこに黒幕がいるんだろ? そいつを捕まえりゃ話が早いからな。勿論お前にも来てもらうぜ、ヴォルフ」
甲斐斗は赤黒く濁った瞳でヴォルフを睨みつめながらそう言うと、ヴォルフはただただ頷くことしか出来ない。
そして急な展開に空と美癒もまた頷くことしか出来ず、こうして四人はヴォルフに依頼をした黒幕の元へと向かう事になった。




