第33話 期待の先
ヴォルフから記憶を読み取り刺客を送り込んでくる黒幕の場所を知った甲斐斗は、美癒と空とヴォルフの四人でその黒幕の待つ森へと向かう事にした。
空は美癒を連れて行く事は危険だと思い反対したが、甲斐斗は美癒がいたほうが黒幕も逃げないと判断、更に自分が居るので心配ないと言い空の意見は却下された。
こうして甲斐斗と空と美癒、そしてヴォルフを含めた四人は黒幕が潜んでいるはずの森へと向かい、その森の中へと足を踏み入れていた。
先頭をヴォルフに歩かせ、その後ろを甲斐斗が歩いており、続いて美癒、空が後をついている。
月夜の光は木々の葉に遮られ、森の中は薄暗い状況の為に美癒は躓きそうになるが、すかさず空が美癒の腕を掴み守ってみせる。
「大丈夫ですか? この辺は木の根が出ている箇所が多いですからね、足元には注意してください」
「うん! ありがとう空君、気をつけて歩いていくね」
そんな美癒と空のやり取りを聞いていた甲斐斗が不機嫌そうにそう呟く。
「けっ、なーに二人でイチャついてんだよ。ピクニックに来てんじゃねーんだぞ」
「別に僕はそんなつもりでは……! そ、それよりヴォルフさん。この辺りに依頼主がいるのですか?」
空は強引に話しを振ると、ヴォルフは鼻を微かに動かし周辺の匂いを嗅ぎながら歩き続けると、開けた場所に出たので足を止め辺りを見渡していく。
「ああ、この辺のはずだがここに残っているとは限らないぞ。俺の失態に気付き行方を暗ましている可能性も有るからな」
「心外ね、私をその辺の小悪党と一緒にしないで……って、言ったわよね」
ヴォルフの言葉の直後、一人の女性の声がその場にいた四人の耳に聞こえてくる。
その声のする方に四人が視線を向けると、月の淡い光に照らされる白い仮面を付けた一人の小柄な女性が立っていた。
「初めてまして、天百合美癒」
全身を白いマントで包む仮面の女性はそう言って美癒を見つめていると、その隣に立っている空に視線を向けた。
「風霧空」
そう言って動揺している空を見つめた後、一人敵意剥き出しの男、甲斐斗を見つめる。
「……甲斐斗」
ヴォルフに指示を出した仮面の女性は逃げも隠れもせずにこの場にいた。
すると甲斐斗は一歩前に足を踏み出すと、右手を掲げ声を荒げる。
「おいおいおい! まさか本当に、しかもこうも簡単に出てくるとはなァッ!!」
甲斐斗の目が赤黒く濁りはじめると、その右手には一瞬で闇が集い黒き大剣を召喚してみせた。
「この場から逃げられると思うなよ? 四肢引き裂いた後にたっぷり話しを聞かせてもらうぜ」
すると、今にも剣を振り上げ襲い掛かりそうな甲斐斗を見て美癒が甲斐斗の前に立ち両手を広げて止めに入った。
「待って! 私達は戦いに来たんじゃないよ!」
美癒に続いて空もまた甲斐斗の前に立つと、視線を仮面の女性へと向け話し始める。
「美癒さんの言う通りです、僕達は話し合いをしに来ました。教えてください、何故貴方は美癒さんを狙うのですか?」
空はそう仮面の女性に問いかけると、美癒と甲斐斗もまた視線を女性に向け返事を待つ。
「そうね、前座みたいなものかしら」
女性はそう易々と理由は答えない、まるで三人をからかい謎を深めるように喋りはじめる。
「ふふっ、迷いなさい、悩みなさい。大丈夫、何れは分かる事よ。尤も、その時は何もかも手遅れだけど」
美癒を狙う目的、その理由を語ろうとはせず。女性は困惑する美癒達を見て楽しんでいると、空と美癒の脇を通り再び甲斐斗が前に出てきた。
「お前も気付くべきだったなァ……俺の目の前に現れた時点で手遅れであり、既に詰んでいる事をッ!!」
もう誰にも止められない。美癒と空が慌てて甲斐斗を止めようとするが、甲斐斗は走り出すと一瞬にしてその場から姿を消し仮面の女性へと襲い掛かっていた。
すると女性は逃げも隠れもせず、その場に立ったまま襲い掛かってくる甲斐斗を見つめあろう事か話しかけていた。
「ねえ、貴方は天百合美癒が襲われて怒ってる? それとも焦ってる? ううん、どれも違うよね───」
突如女性の目の前に魔法陣が召喚されると、強烈な光を放ち甲斐斗の剣を受け止めてみせる。
その強力な魔力の競り合いにより辺りには突風が吹き荒れ、美癒はその場に立っていられるのがやっとだった。
「貴方は楽しんでる。何故なら貴方が望む結果がその先にあるのだから」
平然とした様子で女性は話し続けるが、甲斐斗の大剣は格段に威力を増しシールドである魔法陣に亀裂が入っていく。
それでも女性は動揺する事もなければ焦る様子も見せず、甲斐斗は更に魔力を加え一気にシールドを破壊しようとした時、仮面の女性は笑みを浮かべてこう告げた。
「そうでしょう? 甲斐斗。……いえ、『カイト・スタルフ』」
「ッ───!?」
その名を呼ばれ甲斐斗は目を見開き一瞬動揺してしまう。
まるでその動揺を見計らったかのように女性は両腕を前方に突き出すと、亀裂が入り今にも砕けそうだったシールドが瞬く間に修復されるだけでなくその大きさを増すと、眩しい閃光を放ち甲斐斗を飲み込んでしまう。
「危ないッ!」
空は自分の隣に立っていた美癒を抱かかえると庇うように倒れこむと、先程まで美癒が立っていた場所は女性の放った閃光が通り抜けていく。
閃光は邪魔な木々を簡単に掻き消しながら威力が衰えることはなく、閃光が通り過ぎた後を見れば綺麗に地面が抉れた殺風景な光景が広がっていた。
(甲斐斗さんの一撃を跳ね返した!? この人、只者じゃない……ッ!)
甲斐斗の強力な攻撃を逆手に取り、木々を掻き消した女性は突き出していた両手を再び下ろすと、倒れている美癒の元へゆっくりと近づいていく。
「ヴォルフ、約束通り天百合美癒を連れて来てくれてありがとう。報酬は後ほど振り込んでおくわ」
「……確かに、結果的にはここに女を連れて来たことになるが……」
ヴォルフは少し納得のいかない様子だがそれ以上何も言わず、美癒を一度見た後ゆっくり後ろに下がっていく。
それは仮面の女性の邪魔をしないという意味であり、これから何を起こすのかを待ち続けていた。
「レジスタル・リリース!」
女性が近づいてくるのを見た空は双剣を両手に召喚すると、レジスタルを解放し魔装着に身を包むと、辺りに『CLT』を展開し周辺の被害を最小限に抑えようとする。
「美癒さんを連れて行かせはしない!」
空は双剣を構え美癒を守るために戦う事を決めた直後、背後から漂ってくる気配に全身を震わせ息を呑んだ。
(これは!? まさか、甲斐斗さんッ……!?)
強大な魔力と共に憎悪の思念が全身に纏わり付くかのような感覚。
大地が震え、異様な雰囲気に包まれた戦場に息苦しさを感じてしまう。
この感覚を味わったのは一度だけではない、この世界に来てもう何度も味わった事のある気配だった。
だからこそ空は後ろに振り返りはしない、何故ならこの爆発寸前の力を前にして空が最も優先して取るべき行動は一つしかないのだから。
「美癒さん! 掴まって!!」
焦った様子で空は美癒に手を指し伸ばすと、美癒は驚きながらも空に手を伸ばす。
すると空は直ぐに美癒に腕を掴み自分の体に引き寄せると、そのまま体を抱き上げ空高く舞い上がった。
仮面の女性は目の前で美癒を連れその場に上昇した空を見つめていたが、前方から感じる不穏な気配に気付き視線を落とす。
「───『レジェンド・ゼロ』」
突如放たれた魔法、その黒い閃光は仮面の女性に向けて放たれていた。
空間はその魔法に引き寄せられていくかのように歪み始め、大地は震え砕け散りながら蒸発していく。
甲斐斗の右手から放たれた魔法を見て女性は一瞬にして十枚以上のシールドを展開し魔法を受け止めにかかる。
だが女性の展開した魔法のシールドは黒い閃光に触れただけで消滅してしまい、一秒も魔法を受け止める事などできはしなかった。
何故なら、その魔法とはあらゆる物質、物体、存在、その他『全て』を掻き消し『抹消』するものなのだから。
それでも女性は諦める事無く次々に魔法陣を召喚しシールドを作り続けていく、しかしそれでも甲斐斗から放たれた魔法を止める事が不可能だと分かると両手を地面に向けた。
すると、地面に展開したシールドに自ら魔法を放ち、その反動で女性は空高く飛び上がり甲斐斗の魔法を寸前の所で回避に成功した。
甲斐斗の右手から放たれた魔法は尚も大地や森を掻き消しながら突き進み、その魔法が通り抜けた後に残るものは存在せず、全てが消えて無くなっていた。
その魔法が残した爪跡は計り知れず、空は驚愕した様子で『森だった』場所を見つめていた。
(なんて威力だ……『CLT』による限定領域すら崩壊しかねない程の干渉を受けるなんて……)
あのまま甲斐斗の魔法が続いていれば『CLT』すら崩壊し元の世界へと戻ってしまう可能性もあった。
空は地上に下り着地すると、抱かかえていた美癒を下ろそうとした時、美癒の異変に空は気付いた。
「美癒さん?」
美癒の表情は強張っており、震える両腕は無意識に空を抱きしめたまま放そうとしない。
「これが……甲斐斗の魔法……」
震える唇から零れた言葉、美癒は甲斐斗の示した力の痕を見て深く動揺している。
空は美癒を下ろすのを止め抱きしめたまま仮面の女性に視線を向けると、空高く飛び上がった女性は難なく地面に着地すると、甲斐斗のいる方を見つめ口を開く。
「流石は『伝説の抹消者』と言った所ね。ふふっ、楽しみ」
女性は甲斐斗の力を見て満足したのか、両手を広げ自分の左右に魔法陣を召喚すると、美癒に目を向け再び口を開いた。
「私が刺客に貴方を襲わせるのはあくまで『過程』の為なの。だから今貴方を連れて帰りはしない。何故なら貴方が私の元に来る事は確定しているのだから、来たる『審判の日』まで今を存分に楽しみ味わうといいわ」
女性はそう言った後、今度は美癒を抱きかかえたまま立っている空に視線を向ける。
「貴方もよ、風霧空。今を思う存分楽しみなさい……何時か、貴方が『風斬』に戻る時を楽しみに待っているわ」
左右に召喚した魔法陣は重なり合うように女性へと近づいていくと、女性は軽く手を振りながら仮面の内でほくそ笑んだ。
「それじゃ、またね───」
魔法陣に消されていくかのように女性の体は消えていくと、魔法陣も重なり合った途端光を発し消滅してしまう。
森には再び静寂が戻り、月の光が美癒と空を照らし続けている。
仮面の女性の目的は未だに分からない、ただハッキリと分かる事といえば、それは仮面の女性が発した『カイト・スタルフ』という言葉だけ。
この名前が甲斐斗の本当の名前かどうか空には分からない、ただその名前を甲斐斗が今まで隠していたという事に疑問を感じると、抱きかかえていた美癒を下ろした後、徐に甲斐斗の居る方へと視線を向けていた。
そこには自分の服についた砂や汚れを叩き払う甲斐斗が歩いており、空達の前で止まると頭を掻きながら笑みを浮かべる。
「すまん、逃がした」
『ついうっかり』とでも言いたそうに甲斐斗はへらへらと笑みを浮かべていると、それを見ていた美癒は甲斐斗の体を触り傷が無いかを確かめていく。
「そんなこといいよ! それより甲斐斗は大丈夫なの!?」
「ああ、問題ない。まさか俺の一撃を跳ね返す程の魔法使いがいるとはな……あの野郎、中々やるじゃねえか」
甲斐斗はそう言って腕を組んでいると、空は徐に甲斐斗に聞いてみた。
「あの、甲斐斗さんの名前は、『カイト・スタルフ』と言うのですか……?」
「ああ、そうだよ。あいつが俺の名前を知っててビックリしたが、俺は最強だから有名なのも仕方ないな」
甲斐斗はそう言って特に動じることも無く立っていたが、空にはその甲斐斗の様子が不自然にしか見えなかった。
(美癒さんを狙っていた黒幕を逃がしたというのに、どうして甲斐斗さんは落ち着いているんだ……?)
本来美癒を狙う黒幕を逃がせば甲斐斗も悔しがるのではないかと思っていたが、甲斐斗は特にそんな様子も見せていない。
「さってっと、黒幕は逃げたしここにいても仕方ない。お前等も明日から学校だろ? 帰るぞ」
特に目立った外傷も無い甲斐斗は一人歩き始める。
その後を心配そうに美癒がついていくと、空は辺りを見渡し始める。
そこには既にヴォルフの姿は無く、空は何とも言えない気持ちのまま歩き始めた。
仮面の女性は数多の謎を言い去ってしまった。
甲斐斗の名を知り、美癒を刺客に襲わせる理由を『過程』と伝え、そして風霧空が『風斬』に戻る時を待つとまで言っていた。
空には仮面の女性の言っていた『風斬』の意味が分からず深く考えようとはしなかった、何故なら重要な所は自分ではなく美癒にあるのだと思っているからだ。
態々刺客に美癒を襲わせ、依頼主本人が美癒と出会ったというのに少し会話をするだけで危害を加える所か攫おうともしなかった。
(過程、理由、目的……ダメだ、全然分からない……)
空の考えが纏まることはなく、険しい表情のまま頭を抱えてしまう。
複雑な心境の最中、空はふと一つの『可能性』を考えた。
(美癒さん……いや、『僕達』は……どうしようもない程の巨大な陰謀に巻き込まれているのか……?)
それが今、唯一導き出せる答えだと空は思ったが、それが分かった所で自分には如何する事も出来ず、これからも美癒を守り続ける事しか今の空には出来なかった。




