第30話 厄介な真実
鈴と美癒が魔法使いだという真実を知った桜は動揺していた。
それは二人が魔法使いだからというのもあるが、その事実を自分に隠しているからだった。
今まで隠し事などしない関係だと思っていた桜にとってそれは複雑であり、ついその場の空気に耐え切れず桜は家を出て行ってしまう。
その矢先、一人の少女がトラックに轢かれそうになり助けようとした所、桜もまた一人の魔法使いによって命を助けられた。
その青年の名はゼオス、彼は今、桜と共に近くの喫茶店でお茶を楽しんでいた。
桜はコーヒー、ゼオスは紅茶を頼み一番奥のテーブル席に座っていると、桜は何から話していいか迷っていたが、長い沈黙に焦りが募り桜は単刀直入に話を切り出した。
「ゼオスさん、貴方は何故魔法が使えるんですか?」
少しずつ、一つずつでいい。桜は魔法についての疑問をゼオスに聞いてみると、その桜の声と表情を見たゼオスは一口紅茶を嗜んだ後、肩を力を抜いて喋り始める。
「敬語は必要ないよ、君はどうも固くなりすぎている、もっとラフにいこう。さて、何故私が魔法を使えるのか。それは私達魔法使いには『レジスタル』と言った魔力の源があるからだよ」
「レジスタル……そうか、それが二人にもあったから魔法が使えたのか。しかし、そのレジスタルというものをどうして持っているんだ?」
「この世界の人間にはレジスタルが存在しない。でも、他世界ではむしろレジスタルが宿っている方が当たり前なんだよ」
「他世界だと!? それじゃあ鈴も美癒もこの世界の人間じゃないというのか……」
二人が魔法使いという事だけでも驚愕していたのに、更にこの世界の人間ではない事を知り驚きが隠せない。
そんな思い詰めた表情を浮かべる桜を見ていたゼオスは、心配そうに優しく声をかける。
「城神さん、私で良ければ何があったのか詳しく話してくれないかい? 何かアドバイスが出来るかもしれない」
真摯に話を聞いてくれるゼオスに桜は今まで自分が見てきた真実を伝え始めた。
昨夜、友達の鈴が魔法使いの男から美癒を守る為に戦い、そして美癒もまた魔法を扱い二人で敵と戦っていた時の事の全てを。
全ての話しを聞き終えたゼオスは顎に手を当て深く頷くと、どうして桜が思い悩んでいるのかが直ぐに分かった。
「なるほどね、それで君は今まで親友だと思っていた彼女達に隠し事をされていた事に動揺して、思い詰めていたんだね」
ズバリ今の自分の心境を見抜かれた桜は軽く頷くと、コーヒーカップを手に持ち一口コーヒーを飲んだ後、やや視線を落としてしまう。
ゼオスの言うとおり、桜は二人の事を親友と思っている。
だからこそ真実を話して欲しいと思ったし、自分も何か協力が出来ないか考えた。
桜の複雑な心境は、同時に心の隙が生まれている証拠。
今のゼオスなら言葉巧みに桜を騙し、美癒と鈴との関係を悪化させ仲を引き裂く事も出来るだろう。
しかし、ゼオスの目的は違う。全ては『可能性』のある人間を、導く為に───。
ゼオスが再び顎に手を当て考えていると、不思議そうな表情で桜に話しかけた。
「でもさ、二人が君に正体を隠すのは当たり前じゃないのかな?」
ゼオスの言葉に桜は戸惑っていると、ゼオスは桜を宥める様な口調で優しく語りかけていく。
「だって、彼女達は命を懸けた危険な戦いをしているんだよ。その戦いに君を巻き込みたくないって二人が思っているからこそ、君に真実を打ち明けないと思うんだ。二人が君の事を大切に思い、大事な存在だからこそ隠し通す。それこそ二人の純粋な優しさだと私は思うね」
そのゼオスの言葉に桜は気付かされる。
『何故親友なのに話してくれないのか』、その事ばかり桜は考えてしまっていたが、そうではない。
『親友だからこそ話せない』という状況に今、美癒と鈴の二人は立たされている事に気付いた。
納得の出来る答えに辿り着いた桜は次第に気持ちが落ち着いてくると、更にゼオスは言葉を掛け続ける。
「心優しい友達を持っていて羨ましいな、私もそんな友達が欲しいよ」
「そうか、そうだよな! 鈴も美癒も、私の為を思って話さないだけに違いない。……しかし、それなら私は二人に何もしてあげる事が出来ないのか……あんな危険な戦いをしていると言うのに、私には二人を助ける力もなければ協力する事も出来ないなんて……」
鈴と美癒の気持ちを汲み取れば、このまま桜は見て見ぬ振りを続け二人と過ごす事になる。
どうして戦うのか、何と戦っているのか、桜は二人に色々と聞きたい事があったが、それを聞く事も出来ない。
何故なら桜にはレジスタルも無く魔法も扱えない為、二人の力になる事は出来ないのだから。
「友達の力になりたいかい?」
そんな桜に、ゼオスは希望のような言葉を投げかける。
「私で良ければ力を貸すよ」
そう言ってゼオスは一枚のカードをポケットから取り出すと、そのカードを桜に手渡す。
桜は渡されたカードを手に取り見つめると、そのカードには一枚の赤い仮面が描かれていた。
「このカードを使えば君は一時の間だけ魔法が使えるようになる」
「っ!? それは本当か……!」
「ああ、その力で友達を助けてあげるといい。尤も、強要はしないけどね」
桜はカードを見つめながら思考を巡らせていた。
これで自分も魔法が使える。美癒と鈴の力になってあげられる。
そんな期待が胸の内で膨らんでいくが、ふと視線をゼオスに戻すと桜は少しだけ不審がってしまう。
「……何故ここまで親切に私に協力してくれる、貴方は何者なんだ……?」
このゼオスという青年が何者なのか、桜は次第にこの青年に興味が湧いてくると、ゼオスは視線を窓の外へと向け語り始める。
「私は他世界で魔法の研究している者でね、そのカードも試作品みたいな物なんだ。君には特別に一枚だけ上げよう。但し条件が一つ、彼女達に君の正体を明かさないでほしいんだ。そして私との関係は誰にも喋らないでほしい」
「そうだったのか……分かった、約束しよう」
例え影から支える存在になろうとも、二人を助けられる事に変わりは無い。
桜はゼオスに正体を隠す事と、自分達の関係を誰にも喋らない事を約束すると、ゼオスからカードの使い方の説明を聞き、二人は別れる事になった。
カードを貰った桜は店を出た後もゼオスにお礼を言うと、沈んでいた気持ちもすっかり晴れており軽い足取りで二人の待つ自宅へと帰り始めた。
そんな桜の後ろ姿をゼオスが見つめていると、ふとゼオスの後ろから一人の幼い少女の声が聞こえてくる。
「ふ~ん、ま~た女の子誑かしてんの~?」
「……失礼だね君は、私は彼女に真実しか話してないよ」
そう言ってゼオスは後ろに振り返ると、そこには可愛らしいドレスのような洋服に身を包んだ少女、ピタリカが立っていた。
「でも事故を自作自演してたじゃ~ん! 車に轢かれそうな女の子を助けた正義のヒーロー、みたいにさ~」
「それでも私が少女の命を救った事に変わりはないのですよ。それよりピタリカ、どうして君がこの世界にいるのか訳を聞かせてもらおうか」
態々無駄話をしにピタリカがこの世界に来た訳ではなく、髪の毛をクルクルと指に絡ませながらピタリカは喋り始めた。、
「可能性の『候補者』が一人決まったみたいなのよねー、めんどーだけど早くゼオスに言っとかないと後々うるさそうだから態々私が来てやったって感じー」
「そうですか、その候補者には是非お会いしたいですね。ありがとうピタリカ、早速その世界に行くとしようか」
「やだ」
ゼオスはピタリカの話を聞いて嬉しそうに微笑みこの世界から離れようとしたが、ピタリカは頬を膨らませると視線をカフェの方に向けた。
「他世界から態々来てやったんだからパフェの一つぐらい奢ってよぉ~」
「やれやれ、仕方ないですね。一つだけですよ」
「きゃ~っ! ありがとーゼオスー! それならさ~パフェ食べながらでも聞かせてよ~」
パフェを食べれると聞いて無垢な子供のような表情で嬉しそうにはしゃいでいたピタリカだったが、ふと浮かべていた笑みを消すと、口元だけ軽い笑みを浮かべながらゼオスの瞳を見つめ続ける。
ピタリカはゼオスがどのような人間なのか気付いている、だからこそ興味があり聞いてみたかった。
「今、ゼオスがこの世界でしようとしてる最低で最悪な事をね」
時を同じくして、森の中で倒れていた一人の男が目を覚ます。
「ぐっ……ここは……?」
周りに人影はなく、男は倒れている体を起こしその場に立ち上がった直後、一人の女性の声が聞こえてきた。
「ヴォルフ」
名を呼ばれた男、ヴォルフは直ぐに後ろに振り返ると、そこには白いローブに身を包み、白い仮面で顔を隠す一人の小柄な女性が立っていた。
「こんな所で何をしているのかしら」
その仮面の女性とはヴォルフに美癒を攫ってくるように命令した依頼主だった。
「全部知ってる癖に俺の口から言わせるのか? 嫌な奴だな……ったく」
ヴォルフは腕を組みながら溜め息を吐くと、仕方なく事の一部始終を伝えた。
「結局の所、俺が負けたのは事実だ。それで、お前がここにいるって事は役に立たなかった俺を消しにでも来たのか?」
「心外ね、私をその辺の小悪党と同じにしないで。それにまだ貴方は仕事を失敗した訳ではないでしょ」
その言葉にヴォルフは首を傾げると、女性は一つの懐中時計を取り出し時間を見せる。
「私は今日、天百合美癒を連れてくるように伝えたのよ。今日が終わるまでの残り時間はあと十三時間二十三分……。命令よ、『全力』で天百合美癒を連れてきて」
「……分かった」
ヴォルフは組んでいた腕を解くと、体勢を変え目を瞑り始める。
精神を集中させ大きく深呼吸を始めると、ヴォルフの体内を巡っている魔力が活性化しはじめた。
活性化した魔力によってより強靭に肉体へと己の肉体を変化させ、ヴォルフは更に魔力を高めていく。
その様子を女性はただただ見つめ続けていると、ヴォルフは完全な覚醒を遂げてその場に立っていた。
「じゃ、行ってくる───」
その言葉が女性の耳に聞こえてきた時、既にヴォルフの姿は視界から消えており、少女は懐中時計を懐にしまい空を見上げた。
「ドルズィもヴォルフも、十分に役割を果たしてくれているわ。これも全ては『審判の日』の為……ふふっ、楽しみ」
『審判の日』が着実に近づいてきているのを実感し、女性は笑みを浮かべる。
しかし、女性が笑みを浮かべるのにはもう一つの理由があった。
それは『審判の日』の計画を知らず、自分達の掌の上で踊らされている滑稽な人間達を思い出していたのだ。
全ては偶然ではなく必然。世界のうねりの中に巻き込まれた人間達は、決して逃れることが出来ない。




