第21話 淀み無き日常
グロスとプラーズとの戦いから数日後、美癒達は普段と変わりない平凡な生活を送っていた。
だが、そんな平凡な世界の中にも変化はあった。それは空が更に強くなる為に甲斐斗に稽古を申し出ていたのだ。
プラーズの幻覚を打ち破る事が出来ず、不意の一撃をもらってしまった空は、更に己を高めようと授業が終わり次第甲斐斗と共に『CLT』の世界で模擬戦を続けていた。
そして今日もまた、学校の裏山で甲斐斗との模擬戦が始まっていたのだが──。
「はい俺の勝ち、じゃ帰るぞ」
模擬戦開始三秒で空は戦闘不能になり、全く戦いの参考になることはなかった。
戦いの開始を合図した瞬間、双剣と魔装着を身につけた空に対し、甲斐斗は空を上回る速さで接近すると武器も出さず拳一つで空の腹を殴り勝負を終わらせる。
「ま、待ってください甲斐斗さん……!」
腹部の激痛に耐えながらも空はそう言って手を伸ばし甲斐斗を止めようとするが、甲斐斗は面倒くさそうな表情で空の手を払いのけた。
「やだ、待たない。大体俺は誰かに戦いを教えるとかそういうの苦手なんだよ、師匠ってキャラでもないし」
「そ、そんな……それじゃあせめて、どうやって甲斐斗さんはそれ程までに強くなれたのか、教えてください……!」
すると、その空の質問に甲斐斗は少し戸惑ったような表情をすると、当たり前の事のように平然と言ってのける。
「そりゃあお前、俺は『俺が最強』だって信じてるからだろ」
「……えっ?」
「よく聞け空、お前は餓鬼の割には十分強い、強すぎるくらいだ。だから、後は気持ち次第なんだよ」
「僕の気持ち次第……?」
「そう、俺は自分の力に自信がある、だからこそ『最強』と言えるんだ。俺は俺が最強だと信じている限り『最強』だ」
精神論、根性論とも言える甲斐斗の主張だが、それが甲斐斗の強さの秘密でもあり真実でもあった。
「だからお前ももっと自分の力に自信を持て、自分が最強だと信じるんだ……いや、最強は俺だから却下。そうだな、お前は自分が『最速』だと信じてみるのはどうだ? それを目標にしてもいい」
「僕が、『最速』の男……ですか」
「おう、気持ちの入れ方次第で心も体も変化するし、より動きやすくなり、強くなる。これは戦いにおける事以外にも言える、例えば……空、お前はここ最近少しだけ迷いが生じているな」
「うっ……」
ズバリ甲斐斗の言う事は的中しており、心を見抜かれた空は思わずたじろいでしまうと、甲斐斗は続けて言葉を浴びせた。
「迷いがあれば判断が鈍る、それに全力も出せない。お前、あの日俺に言った事『覚悟』とやらはその程度のものだったのか?」
「違いますッ! 僕は、必ず美癒さんを守ってみせます!!」
「お前如きが守れるのかねぇ、世界はお前が想像している以上に美しくもあるが、その何千倍も汚い。お前のような生ぬるい思想を掲げてこの先生き残れるのか? この世に血の流れない戦場など存在しない。戦場で優しさは弱さであり、情けは己の死を意味する。だろ?」
「だから僕は、もしその時が来てしまった時は……この剣を振り下ろす覚悟、出来ていますッ!」
力強い空の目に、甲斐斗は笑みを浮かべ、先程までのような攻撃的な言い方を止めた。
「良い威勢だ。その意気でなんでもやってみろよ、お前はお前の遣り方で。何が正しいとか、何が間違いとか、正直そんなものはこの世界の何処にも無い、所詮は人間が自分勝手に生み出した産物。でも広大な世界はその自分勝手な産物で出来ている、今さっき俺の言った世界も海で跳ねるただの一滴に過ぎん。俺の望む世界も、お前の望む世界も、探せば何処かにあるかもしれねえし、無いなら無いで生み出せる。お前に力が付き、強くなれば、自ずと結果は出てくる。それが例え、お前の望む結果でなくてもな。……空、その先にあるものを見る覚悟だけはもっておけよ」
そう言って真っ直ぐ空を見つめてくれる甲斐斗に、空は力強く返事をした。
「は、はいっ!」
いつの間にか甲斐斗に励まされていた事に空は気づき、甲斐斗の言葉を真摯に受け止め自分に活かそうと思っていると、甲斐斗は笑みを浮かべ空に背を向け山を下り始めた。
「というわけで稽古は今日で最後な! ぶっちゃけ毎日とかめんどいし!」
先程まで凛々しい表情で空に語ってくれたのだが、急に柔らかくなった甲斐斗の本音に空は少し拍子抜けしてしまうが、甲斐斗の言った言葉は一字一句自分の心に刻み込んでいた。
「今日までありがとうございました、次の戦いに活かせるようにがんばります!」
自分の横に並び頭を下げる空を見て、甲斐斗は軽く空の肩を叩くと共に歩き始める。
「おう、でも無理はするなよ。焦った所で良い結果に繋がるとは限らないし……さて、唯に頼まれていたおつかい済ませてさっさと帰るか」
「はい!」
空は甲斐斗と話せば話すほど甲斐斗の人柄が知れて嬉しく思っていた。
厳しい一面もある、残酷な一面もそう、でもそれは、全ては『守る為』の行為に過ぎない。
美癒や唯の事を本気で心配しているからこそ、全力で力を揮う甲斐斗に、空は憧れはじめていた。
だが、その姿はあくまでも『人を守る姿』だった。
正直に言えば、甲斐斗とプラーズの戦いを見た空は、もう二度と甲斐斗にはあのような戦いを繰り広げてほしくなかった。
あの残虐な戦い方は美癒の理想とする世界とは正反対の戦い方だった、あの戦い方は甲斐斗が自ら美癒の理想とする世界を壊し、そして甲斐斗自身もまた自ら遠のき離れていくように感じてしまう。
まるで美癒とは正反対の世界を生き、正反対の世界を望むような──表と裏、光と闇のように、決して交わらない二人に見えてしまった。
そして空は思う。自分自身は今、その二つの世界の狭間に立たされているのではないのかと──。
翌日、空と美癒は学校に登校、甲斐斗は何時も通りリビングのソファでくつろぎはじめる。
何気ない平和な日常、だが平和の中でもイベントは起きるもの。
四時間目の授業が終わり昼休みになると、空と美癒は一緒に弁当を食べてはじめ、その横では鈴も弁当を食べており、桜は菓子パンを買いに売店に行っていた。
すると鈴は美癒の美味しそうな弁当の中身を見て、ついつい美癒におかずを催促するのであった。
「なあなあ美癒っち! その玉子焼きとうちのたこ焼き交換してくれへん?」
「うん、いいよ。交換しよ!」
美癒は笑顔で自分の弁当に入っている玉子焼きを摘み鈴の弁当箱に入れると、鈴もまた自分の弁当箱に入っているたこ焼きを差し出す。
「やったーっ! ありがとうな~、うち美癒っちの玉子焼き大好きなんよー! ん~、甘くてふんわりしてて美味いわ~!」
置かれた玉子焼きを一目散に食べる鈴はそう言って嬉しそうな笑みを浮かべると、美癒もまた笑顔でたこ焼きを頬張り味わっていく。
「私も鈴ちゃんのお弁当大好きだよ、この前の焼きソバとかお好み焼きとかどれも美味しかったもんね」
「ほんまに!? じ、実はな、うち毎日自分で弁当作ってるんよ!」
少し照れ臭そうに鈴は自分が毎日弁当を作っている事を話してみると、空も美癒もそれを聞いて驚いていた。
「毎日!? すごいね鈴ちゃん、私も作ってるけど週に一回ぐらいだもん」
「美癒っちも弁当自分で作ってるん!? 美癒っちの作った弁当食べてみたいなぁ」
「えっとね、実は……今日のお弁当がそうなの」
美癒もまた少し照れた様子で弁当を見せてくれると、彩の良い弁当の中身に鈴は目を輝かせていた。
「この玉子焼きもたこさんウィンナーも兎のリンゴも全部手作り!? はぅ、煮物からサラダまで……完璧やん!」
「その、良かったら食べてもらえないかな? 是非味の感想を聞かせてほしいの」
「ええの!? ほないっただっきまーっす!!」
鈴は嬉しさのあ余り箸を伸ばすと次々に美癒のお弁当の料理を堪能し、味わっていく。
丁度その時、売店からパンを買い終えた桜が教室に戻ってきた。
「やれやれ、売店に行くといつも人だかりが出来てしまうから疲れる。が、しかし、今日もまた一日五個限定のクリームアンパンを手に入れる事が出来たぞ……って、鈴!? お前何を食べている!?」
両頬をハムスターのように膨らませながら鈴は桜の方を向くと、兎の形をしたリンゴを頬張った後答え始める。
「むーん? 何って、美癒っちの手作り弁当やで?」
「て、手作り弁当だと!? みゆみゆの愛情真心パーフェクト手作り弁当だとぉっ!?」
瞬時に桜の脳裏には美癒の裸エプロンを想像し興奮してしまう。
昂る感情に桜は美癒の手作り弁当を少し頂こうと思っていたが、鈴は水筒に入っているお茶を飲むと両手を合わせて頭を下げていた。
「ごちそうさま! ん? そやで~美癒っち料理も上手なんやね、は~美味しかったー!」
「なっ!? まさか──ッ!」
デザートのリンゴも食べ終え食後のお茶も済んだ鈴は満足気な表情をしてお腹を摩っており、桜は焦るような形相で美癒の机の上に置いてあった弁当の中身を覗く。
「わ、私の食べる分が残っていない……」
せっかくの美癒の手作り弁当、是非食べてみたかったが既に鈴は平らげており、残っているものと言えばご飯ぐらいだった。
空もまた唖然とした様子で美癒の弁当箱を見ていたが、重大な事に気づき口を開いた。
「と、言うより。美癒さんの食べる量も残ってないような……」
「あ」
つい弁当の美味しさに全てのおかずを食べてしまった事実に気づき鈴は固まってしまうが、美癒は笑顔で話し始める。
「私は大丈夫、鈴ちゃんが美味しいって言ってくれただけでお腹一杯だから」
その美癒の優しさに心打たれた鈴は目に涙を浮かべながら自分の弁当を美癒に差し出す。
「美癒っち~ごめんなぁ~! お詫びにうちの弁当全部食べて~!」
「うん、ありがとう鈴ちゃん」
鈴のお弁当のおかずを頂こうと美癒が鈴の弁当箱を覗くと、そこにはたこ焼きしか入っておらず、美癒は暫し硬直した後たこ焼きを頬張っていく。
それを見て桜は溜め息を吐き椅子に座ると、美癒の机の上に置いてある空の弁当箱が目に入った。
「おい空、お前の弁当。まさか美癒の手作り弁当か?」
「え? あ、そうみたいですね」
美癒の手作り弁当と聞き空も期待を膨らませながら玉子焼きを箸で摘むと、その一つを口の中に入れようとした時、桜が空と顔を近づけ口を開ける。
「よこせ」
「……え?」
「この一日五個限定のクリームアンパンをくれてやろう。ま、このクリームアンパンは確かに美味だが、美癒の作ってくれた弁当に比べれば大した物でもない」
桜は自信有り気にパンを差し出すが、空は言葉を返していいのか分からず困ってしまう。
(桜さん、今から交換する物をそんな風に言ったら駄目なような……)
だが、要するに桜も美癒の手作り弁当が食べたいだけなので、空は弁当箱を持ち桜に差し伸べた。
「どうぞ、お好きなおかずを取って構いませんよ。パンも桜さんが食べていいですから」
「お、そうか! では是非頂こう。鈴、箸を貸してくれ」
「ほいさ!」
鈴は自分が使っていた箸を桜に手渡すと、桜は容赦無く空の弁当を食べ始めた。
てっきりおかずを一つだけ食べると思っていた空は弁当の全てのおかずを食べる勢いの桜を見て動揺しながらも止めにかかる。
「さ、桜さん!? 僕の食べる分が無くなってしまいますよ!」
「お前が好きなおかずを取っていいと言ったのだろう? うむ、美味!」
桜と空が慌しくおかずの攻防をしている微笑ましい光景に美癒は嬉しそうに二人を見ていると、鈴が美癒の肩をつつくと声を掛けた。
「なあなあ、美癒っち。今日の放課後、うちの家で料理教えてくれへん?」
「鈴ちゃんのお家、行ってもいいの?」
「当たり前やん! それで、どうなん。来てくれるん?」
それはごく普通の事に鈴には思えたかもしれない、だが美癒にとっては友達に家に遊びに行くなど高校生になって初めての事であり、嬉しさで笑みを浮かべながら頷いた。
「うん! 私で良かったら是非、一緒にお料理作ろう!」
「やった! 放課後一緒に食材も買いに行こな!」
こうして空と桜が揉めている最中に鈴と美癒は一緒に料理を作る約束を交わしたのであった。




