第20話 秩序の比例
学校にある保健室、その純白のベットの上で美癒は眠りについていた。
すると美癒は徐に目蓋を開き意識を取り戻すと、二人の聞きなれた声が聞こえてくる。
「美癒っち!?」
「美癒! 気がついたか!?」
その二人の声に美癒は声のする方に顔を向けると、そこには心配そうな表情を浮かべた桜と鈴が椅子に座っており、空もまた壁に凭れ掛かりながら美癒の方を見ている。
何故桜と鈴が保健室にいるのか……それは桜と鈴の二人は美癒が心配になり学校に戻ってきていたからだった。
桜が美癒と電話をしていた時、突如手に持っていたスマホが消えてしまい連絡もとれず、胸騒ぎを感じた二人は急いで学校へと戻った。
しかし図書室や教室を探し回っても美癒と空はいない。そして最後に保健室に立ち寄ると、そこには気を失っている美癒をベッドに寝かせる空を発見した。
それから空に美癒が気を失ったと聞き、心配になって美癒の側にいてくれたのだ。
不安な表情を浮かべる桜と鈴、すると美癒は一番近くにいた鈴を抱き寄せると、涙を流しながら鈴を抱きしめていく。
「無事で良かった……本当に、無事でっ……」
「ど、どないしたん? なんで泣いてるん……?」
突然の事に鈴は動揺しながら何があったのかを美癒に尋ねると、美癒は鈴を抱きしめながらも何故自分がこのような感情を抱いているのかを思い出そうとする。
だが思い出せない、確か空と共に図書室を出た後、校舎の外に出た所まで覚えているものの、それから先が全く思い出せなかった。
しかしこれだけは分かる、その先では美癒の恐れる最悪の世界が確かに広がっていたと。
「怖い夢を、見たから……鈴ちゃんと桜さんが、いなくなっちゃうような……」
抱きしめていた鈴を放した美癒はそう言って自分の涙を拭うと、鈴は美癒の頭に手を翳し優しく撫でた。
「うちも桜もいなくならんよ。美癒っちとうち等はずーっと一緒、な!」
そう言って笑みを見せてくれる鈴の明るい笑顔に、美癒も自然に笑みを浮かべると、徐に桜が手を伸ばし美癒を抱きしめた。
「気を失っている間に余程怖い夢を見たようだな、私で良ければ慰めてやろう」
桜は自分の胸元に美癒の顔を埋めるように抱きしめ、美癒の綺麗な髪を優しく撫でていく。
抱き締められる暖かさと心地良さ、そして鈴と桜の優しさに触れた美癒は抱き締められながら安心したように笑みを零すが、美癒を抱き締めている桜は不純な笑みを浮かべていた。
「桜、どさくさに紛れて美癒っち抱きしめる事がで出来て嬉しそうやなー」
そんな桜をジト目で見つめ続けるが、桜はそんな鈴にはお構いなしで髪を撫でながら抱き締め続ける。
「何を馬鹿な事を、私はただ美癒が心配なだけだ。決してやましい事など考えてはいないぃ~」
と言いつつ自分の頬を美癒の頭に擦り付けるように当て始める桜を見て鈴は足元に置いてあったハリセンを手に取り始めていた。
そんな三人を空は壁に凭れ掛かりながら安心した様子で見つめ続けていた。
正直、幻だったから良かったものの。もしあの世界が現実だったらと考えると胸が苦しくなる。
在り得ない世界ではない。戦いが激化し、美癒を狙う刺客が現れれば誰かを巻き込む可能性だってある。
だが、その世界を決して作らせない為に空は今、自分がここにいるのだと信じていた。
必ず美癒を守ってみせる。理想の世界も同様に、美癒の大切な人達も皆、全て。
その時、保健室の前に人影が見えた空は静かに保健室を後にすると、そこには甲斐斗が立っていた。
「よう、あの二人は俺が片付けておいたぞ。何か手がかりになるものはないか持ち物を探してみたが……これしかなかったな」
すると甲斐斗はポケットから至る所が欠け、亀裂の入ったスマホを取り出し、それを空に手渡す。
「あのプラーズって奴のポケットから出てきた訳だが……壊れてる」
「でしょうね……あれだけの衝撃を与えたましたからね、原型を保ってくれているだけでも奇跡としか……って、これはもしかして桜さんのじゃないですか?」
いかにも女性が持っていそうなピンク色のスマホであり、あのプラーズ自身の物だとは考えにくい。
それにプラーズは桜のスマホを使って美癒と通話していた為、このスマホが桜の物だと思うのは自然な事だった。
「桜? 誰だそいつ、美癒の友達か? まぁどうでもいい、返しといてくれ」
「えっ? これをですか!? で、でも、僕がこれをもっているのは不自然じゃ……」
空は学校から出ていない設定の為、学校の外にいた桜のスマホを持っているのは不自然極まりない。
だが、それよりもこの壊れたスマホをどう言って桜に差し出していいのかが分からなかった。
すると突然保健室の扉が開きだすと、中から桜と鈴が出てきてしまう。
「空っちー、誰と話してるんー? ん? この人誰なん?」
鈴は空と話していた甲斐斗を見ると、学校の制服を着ていない姿の為何処の生徒かも分からず首を傾げてしまい、桜もまた見慣れない服装をした甲斐斗を見て不思議がっていた。
「見かけない顔だな……おいお前、その手にもっている物はまさか……」
桜の目に飛び込んでくる見るも無残なスマホの姿に固まっていると、空は機転を利かして説明しはじめた。
「紹介します、この人は僕と同じように美癒さんの家に住まわせて頂いている親戚の甲斐斗さんです。実は美癒さんが倒れた時に家に連絡をしていたんですよ、それで心配になった甲斐斗さんが駆けつけてくれました。その途中このスマホを見つけたらしく、後で交番に届けようと思い拾った矢先に手から滑って落としてしまい、更に運悪くそこに自転車が通りかかり壊れてしまったみたいです、確かこれは桜さんのスマホですよね? 是非弁償したいと言っていましたよ」
相変わらず事細かく正確かつ冷静に物事を説明するのが得意な空の話術に甲斐斗は関心していた。
(咄嗟の状況でよくもまあペラペラと、相変わらずこいつは頭も舌も回るなぁ……って、ちょっと待てッ! 最後の一言余計だろ!?)
が、それはあくまでも最後の一言を除けばの話であり、甲斐斗は空に向かって怒りの感情を向ける。
(す、すいません。上手い言い訳が思い浮かばなくてつい……)
思い浮かばないというなら最後の一言も思い浮かばなかった方が良かったと甲斐斗は思っており、空は申し訳なさそうな顔で甲斐斗を見つめているが、今更嘘ですとは言えない雰囲気に甲斐斗は渋々黙っていながらも心の中は荒れていた。
「そうなのか、だが弁償はいい。無くしてしまった私にも責任があるからな、気持ちだけ貰っておく」
桜はそう言って甲斐斗が手に持っていた壊れたスマホを受け取ると、それを優しくポケットの中に仕舞う。
(なんで罪悪感を感じてるんだ、俺は……)
桜の言葉に甲斐斗は何故か申し訳ない気分になってしまう。
確かにプラーズとの戦いがきっかけで壊れたとすれば甲斐斗のせいになるが、まさかそんな物をプラーズが持っているとは知りもしないので仕方はない。
スマホを仕舞った後、桜はふと空の前に立つ甲斐斗の容姿を見つめていた。
(甲斐斗……この男が二人目の美癒の親戚か、なるほど。この男なら美癒を取られる心配はなさそうだな!)
桜は心の中では満面の笑みを浮かべて安心していた。スマホが壊れていたショックも大きかったが、今はライバルがいなくなった安堵の方が上回っていたからだった。
その後、美癒は体調に問題も無く下校することなった。
夕焼け空の下で美癒と空、そして甲斐斗の三人が歩きながら唯のいる家に帰っていると、ふと美癒が甲斐斗の前で立ち止まり、声を掛けた。
「ねえ、甲斐斗。一つだけ聞いてもいい?」
「何だ、急に改まって……別にいいけど」
少し緊張した面持ちの美癒を見れば、空と甲斐斗は今から美癒が重要な話をしてくる事はすぐに分かった。
美癒は今日、校舎を出てからの記憶を失っていたはず。もしかすれば今日言っていた『理想の世界』についての話かと思い、甲斐斗は緊張した様子で美癒の言葉を待った。
「前からずっと気になってたんだけどね……甲斐斗、本当にドルズィさんのいた世界を滅ぼしたの?」
その質問に甲斐斗は黙ったまま腕を組むと、どう答えるかを悩み始める。
美癒も最初は気にならなかった甲斐斗の言葉だが、龍馬から世界がある一人に滅ぼされたと聞いてから、ずっとこの事を改めて甲斐斗に確認したいと美癒は思っていたのだ。
しかし甲斐斗はあの日以来姿を消してしまい真相が分からないまま、不安な日々を送っていたが、今日甲斐斗が戻って来た事により漸く聞く事が出来た。
その美癒の疑問は空も抱いていたが、今までの甲斐斗を見ていれば遣りかねないとは思ってしまうものの確信は持てなかった。
「もし俺が世界を滅ぼした大量殺人鬼だとしたら……どうする?」
「どうって……それは、その……お願い、もう二度とそんな事はしないでほしいの。甲斐斗が私やお母さんを守る為に戦ってくれたのは嬉しい、けど……」
美癒はどのような言葉を掛けていいかわからず、とにかくこれ以上甲斐斗に人の命を奪ってほしくないという思いを伝えようと言葉を続けようとしたが、そんな不安な表情を浮かべた美癒を見た甲斐斗は優しく頭を叩いた。
「安心しろ美癒、俺はあの世界でだーれも殺しちゃいねえよ」
「ほ、本当に!? 信じていいんだよね!」
「ああ、誓ってもいい。契約者であるお前と唯には絶対に嘘は吐かないからな。最初に言ってたのはちょっと相手をビビらせる為の嘘だったんだよ」
すると美癒は嬉しさで目に涙を浮かべ満面の笑みを見せると、思わず甲斐斗に抱きついてしまう。
「良かったー!」
急に抱きつかれてしまい甲斐斗は照れ臭くなりすぐに美癒を自分の体から離す。
その会話を聞いていた空は、考えてみれば甲斐斗が組織を滅ぼした時を語っていた言葉はどれも抽象的であった為、甲斐斗が滅ぼしたかどうかの信憑性は確かに低いと思ったが、本当に甲斐斗ではなかったのか確認する為に恐る恐る矛盾を指摘しはじめる。
「あの、すいません。それじゃあ最初に会った時の話は全部嘘だったってことですか……? でも甲斐斗さん、指輪も持っていましたし、それに何より僕達は聞いたんです、あの世界がたった一人の手によって壊滅させられたって」
「多分そいつの言ってる事は全て真実だろうな。だって俺があの世界に行った時、既にあの組織は全滅していたんだからよ」
「……えっ?」
甲斐斗が組織を壊滅させた訳ではなかった。
だが、これで甲斐斗とは別に、甲斐斗と同等かそれ以上の力を持つ者が存在する可能性が生まれた。
「俺はその現場から金になりそうな指輪を一個持って帰っただけだし。誰も殺っちゃいねえよ」
(まぁ殺る気は満々だったけどな)
もし壊滅していなければ甲斐斗は自らの手で組織を滅ぼしていただろう。
美癒や唯を狙う者が現れれば相手が誰だろうと殺す覚悟はできている。
例え相手が女だろうと、子供だろうと、無理やり戦わされていようと、洗脳されていようと……甲斐斗からしてみれば『敵』でしかないのだから。
「それではいったい誰が組織を……」
「知らん、どこぞの正義のヒーローにでも成敗されたんじゃねえの? 確か悪の組織だったはずだし」
「暗殺組織です! あの組織を全滅させる程の方がいるというのに、甲斐斗さんは不安にならないんですか?」
「何で不安になる? むしろ組織が壊滅して喜ぶべきだろ。それに、もしそれ程の実力者が存在するとしたらワクワクするじゃねえか、一度戦ってみたいもんだぜ」
腕っ節には自信がある為甲斐斗はそう言って腕を構えガッツポーズを取る、どうやら甲斐斗の頭の中は戦いの事で一杯らしい。
まだ見ぬ敵、そして世界で起きている異常事態……空の頭の中は不安で一杯だった。
空達のいる世界で日が沈む時、別の世界では日が昇り朝を迎えようとしていた。
その世界にある王宮の一室では、一人紅茶を飲みながら椅子に座り外の景色を眺める青年『ゼオス』がいた。
「グロスとプラーズ……所詮は劣化型だから二人一組で動かせていたというのに負けてしまいましたか。でも、それで良い。これで可能性のある人を絞り込む事が出来ましたし、何より私の研究に大きく役立ってくれましたからね」
ティーカップを手に取り悠々と紅茶を口に含むと、部屋の扉が突如開き一人の赤髪の少女が入ってくる。
「おや、ベリーチェじゃないか。そんなに慌ててどうしたんだい?」
「ゼオス、他の奴から聞いたんだけどよ、最近ノートが姿を見せないのって、まさか……」
「ノート……ああ、あの子なら死んでしまいましたよ」
ノートが死んだ。その言葉を少女が耳にした途端、怒りの感情が爆発し声を荒げた。
「誰が殺したッ!? 教えろ!!」
その溢れ出た気迫と魔力に部屋中が振動するものの、ゼオスは澄ました表情で会話を続ける。
「駄目だよ、今の君が行ってしまえば簡単に殺してしまうだろう? 安心してください、貴方の復讐の機会は必ず与えます、それまで少しだけ時間を下さい」
「っ……分かった、絶対あたしに教えろよな……!」
不満はあるがゼオスに従いベリーチェは渋々部屋を後にする。
その後ろ姿を見てゼオスは薄らと笑みを浮かべると、再びティーカップを手に取り紅茶を飲み始める。
(木偶に情が移るなんて……彼女、可愛い所もあるみたいだね)
その紅茶を飲むゼオスの後ろには、虚ろな目をした何十人もの子供達が壁に沿って横一列に並んでいた。
まるで人形かのように微動だにしない子供達にゼオスは目を向けた後、ティーカップを置き立ち上がった。
「さてと、そろそろ頃合かな、候補者の一人や二人にでも会いに行きますか。『あの方』も待ち草臥れてまた何処かの世界に遊びに行くかもしれませんし……えーっと、何処だったっけ。つい最近行った世界の名前、確か──」
思い出しながら部屋の扉を開けて外へと出ていくと、目の前に一人の男が立っているのが見える。
その男を見てゼオスは笑みを浮かべると、はっきりとその世界の名を思い出した。
「『ダブ・モウシュン』でしたね」




