そして
まずはお礼を言わせてください。ありがとうございます。
このページを読んでいるということは、僕の事に少しでも興味を持ってくれているという事ですよね?これまでのみんながそうしてくれたように、僕もこの病室で、消えてしまう事なくこれからを見守っていきたいと考えたんです。
いえ、そんなのは言い訳です。本当は、僕がいたという証しを誰かに見つけてもらいたかった。
そんなわけで何がいいだろうかと考えに考えましたが、全くいいアイデアが思い浮かびませんでした。それでナースさんに訊いてみたんです。答えはこうでした。
「いつもあなたのそばにあったもの、あなたがいとおしく大切にしていたもの」
それで、一つ思い付きました。ただ、それは僕にはひどく恥ずかしい物に思えたんです。
そうです。数研出版チャート式、赤です。
僕はこの入院生活が始まる前から、この本を肌身離さず持っていました。数え切れないくらいたくさんページをめくり、たくさんの書き込みをしました。そうして、これからこの本が僕となります。
笑うかなあ、呆れるでしょうか。最後の最後で数学の問題集に姿を変える僕。もっと気の利いた物だったら良かったのに。でもね、僕の血も汗も涙も、全部知っている彼です。
ベッドの横の机、一つだけ鍵がかかる引き出しがあるでしょう。その日が来たら、開けてみてください。その日だけ、僕が現れますよ。ね、ナースさん。
~~
机の上には鍵。いつの間にか置いてある。私は迷うことなく机の引き出しの鍵を開け、彼を光の下に連れ出した。ボロボロになっている本、触れているだけでとても懐かしい気持ちになる。
「やっと、会えましたね」
私は本を開き、一ページ一ページ、ゆっくりといとおしむようにめくっていった。どのページも彼の字でいっぱい。そこからときどき、彼の心が透けて見える。
―わからん……
―もうここでやめる
―これ3回解いた
―いやだいやだ、消えたくない
―これで最後。悲しいなあ、嬉しいなあ
涙をぬぐいながら、私は本を閉じる。そして、彼の残してくれた言葉を思い返してみた。
―そうして、これからこの本が僕となります。
―笑うかなあ、呆れるでしょうか。
「そんなこと……そんなこと、ないよ……」
ぬぐっても、全然止まらない私の涙。これは私の彼への想いだ。私は彼をぎゅっと抱きしめた。
~~
「あの、ナースさん」
思い切って訊いてみる。
「ん、なぁに?」
「その……彼を、一緒に連れて行きたいんです……」
「ああ、あの子ね」
「彼は、ここにいたいでしょうか……私、わがままでしょうか……」
「まぁ。あの子、モテるわね。あなたみたいな可愛い子、あの子は絶対に好きなはずよ。あっはっは」
ナースさんはさわやかに笑った。私は何だか照れ臭くなる。
「いいわ。持って行きなさい。でも」
「は、はい」
「私もね、あの子と一緒にいたいの。ここにいた他のみんなもそう。だから、少しだけ、残しておいてくれないかなぁ」
ナースさんは少しだけ寂しげな表情になった。
「あ、あの……いえ、やっぱり……変な事言ってしまって、ごめんなさい」
「謝らなくてもいいのよ。あなた、ほんとに可愛いわ。あの子も喜んでるわねえ、こりゃ」
ナースさんは再び笑い出した。私は真っ赤になりながら、少し考えて。
「じゃあ、一ページだけ、持って行きます」
「ん? それだけでいいの?」
「はい。私の大好きな一ページ」
バラバラにしてしまって、ごめんなさい。私は何度も何度も眺めていたその一ページを丁寧に切り取った。
さあ。私も姿を変えます。彼や、彼の好きだったあの方や、病室を通り過ぎていったたくさんの人たち。みんなと同じように、私も素敵な物に姿を変えたいな。
私はそんな事を考えながら、いつしかとても胸が弾んでいるのを感じていた。
ラッキーセブン病室 完
恋愛話なのか、ちょっと迷うところではありますが。
良い出会いは、大切ですね。




