亡き母の面影と、濁った王座
王都へ帰還した僕たちを待っていたのは、戦場のような渓谷とは対照的な、柔らかい陽だまりの記憶だった。
アルベール侯爵邸の広間。扉を開けた瞬間、懐かしい花の香りと共に、一人の女性が僕たちに駆け寄った。
「おかえりなさい、リンネ、ユーリ。怪我はなかった? 怖くなかったかしら」
義母ミリア。
青い髪を揺らし、僕の両手を包み込む彼女の顔は、やはり亡き実母メアリと瓜二つだ。
少し病弱で、声を出すだけで胸が震えるような儚さがある彼女だが、その瞳には本物の慈愛が宿っている。
「ただいま、母様。……心配しすぎだよ。ボクもユーリも、首席クラスなんだから」
「そうよ、お母様! リンネなんて、工作員を——あ、いえ、悪い岩をドカーンってやっつけちゃったんだから!」
ユーリが慌てて口を塞ぐが、ミリアは気づかないふりをして微笑んだ。
「あらあら、それは頼もしいわね。さあ、二人とも。お風呂の前に、特製のハーブティーと焼き立てのクッキーを用意したわ。ユーリ、リンネの分も運んであげて」
「任せて! リンネ、ほら、椅子に座って。私が全部食べさせてあげるから!」
ユーリの過剰な世話焼きが始まった。僕を子供扱いし、膝の上に乗せんばかりの勢いだ。
ミリアはその光景を嬉しそうに眺めている。この穏やかな時間が、僕の復讐心という鋭い刃を、わずかに、だが確実に鈍らせていくのがわかった。
◇◇◇◇◇
夕食後、僕は義父エイナスの書斎に呼ばれた。
緑の髪を厳格に整え、深い緑の瞳で書類を見つめる彼の横顔には、重い疲労が滲んでいる。
「……リンネ、座れ」
エイナスは重い溜息をつき、一枚の書状を机に放り出した。
それは王宮からの伝令――ウルク帝国への「追加補償」に関する決定事項だった。
「陛下も王妃殿下も、もはや正気を失っておられる。帝国の『平和維持』という名の脅しに屈し、貴重な魔導資源を差し出すなど……。これでは国を売っているのも同然だ」
エイナスの声には、隠しきれない憤りが混じっていた。
王太子からも、密かに「王都の現状はもはや限界だ」という嘆きの書状が届いているという。
エイナスは王太子とのやり取りをもい出す。
「帝国に対抗できる新しい魔法、あるいは兵器の開発はどうなっているんだ? 軍部が開発している『魔導砲』の進捗は?」
「……絶望的です。従来のマナ圧縮理論では、飛距離も威力も帝国のゴーレム軍団には通用しません。魔導士の質に頼る現在の戦術では、数で圧倒されれば終わりです」
◇◇◇◇◇
エイナスは拳を握りしめた。カストラート王国の魔法技術は、ここ百年、成長を止めている。
神秘を尊ぶあまり、現象の「再現性」と「効率化」を疎かにしてきたツケだ。
「このままでは、あの日の惨劇が繰り返されるだけだ。リンネ……私は、お前に期待してもいいのか?」
義父の問いに、僕は静かに立ち上がった。
「父様。魔法を『神秘』として扱う限り、帝国には勝てません。必要なのは、誰にでも扱え、物理法則に従って冷徹に敵を屠る『科学』という名の力です」
僕は窓の外、月明かりに照らされた王都の夜景を見つめた。
「キースの光、エリザの風、そしてユーリの水。ボクがそれらを『部品』として組み立ててみせます。帝国が誇る魔導技術が、いかに原始的で非効率なものか……思い知らせてやりますよ」
僕の脳内には、すでに「新魔法」――いや、**『光学熱線』**の基本設計が完成しつつあった。
穏やかな家庭の灯火を守るため、僕は、この世界に「物理の暴力」を解き放つ決意を新たにした。
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