真空の刃と圧縮の轟鳴
教壇に立ち、クラスメイトたちの好奇の視線を正面から受け止める。一六〇センチの華奢な体躯、薄緑の髪から覗く母譲りの端正な顔立ちは、やはりこの場でも大きな「誤解」を生んでいた。
「リンネ・アルベールだ。……それと、先に訂正しておく。僕は男だ。よろしく」
静まり返った教室に、僕の声が響く。
数秒の沈黙の後、爆発したような騒ぎが起きた。
「えっ……嘘、あんなに可愛いのに!?」
「男装の令嬢だと思ってたのに、まさかの逆かよ!」
「いや、でも待て……逆にアリじゃないか?」
男子からは驚愕と妙な納得、女子からは黄色い悲鳴が上がる。
数日前に港で会っていたティファは顔を真っ赤にして固まり、エリザは面白そうに口角を上げている。そして、掲示板前で知り合ったばかりの金髪の少年、キースは椅子をガタンと鳴らして身を乗り出した。
「マジかよ! お前、男だったのか! 掲示板の前で見た時はとんでもねえ美少女が入ってきたと思ったぜ。いいじゃねえかリンネ、お前、この学校で一番の『美男子』確定だぞ!」
「……茶化さないでくれ、キース」
キースの陽気な笑い声が、性別判明による微妙な空気を吹き飛ばしてくれた。その日は、簡単な自己紹介と今後の日程、そして連絡事項だけで終わったが、翌日、さっそく「魔法の実力テスト」が行われることになった。
***
翌日、抜けるような青空の下、広大な訓練場に僕たちは集められていた。
テストの内容は、的に向かって自分の得意な魔法を放ち、威力と制御力を測るというシンプルなものだ。
「リンネ、『風属性』なんでしょ? 期待してる、同じ属性として」
エリザが風を纏わせた指先を弄びながら不敵に笑う。僕は「それなりにね」とだけ返し、自分の順番を待った。
この世界の一般的な『風の刃』は、風の魔力を薄く圧縮し、それを固定して放つものだ。術者の魔力密度が高ければ鋭さは増すが、基本的には「魔力の塊」をぶつけるに過ぎない。
だが、僕が使うのは魔法ではない。物理現象の再現だ。
「次、リンネ・アルベール。前へ」
僕は的の前に立ち、右手を無造作に横へ薙いだ。
「『支配空間』――定義:鎌鼬。」
僕が書き換えたのは、大気の局所的な「圧力差」だ。
魔力で刃を作るのではない。一瞬にして特定のライン上の気圧をゼロ――完全な真空にする。周囲の大気がその空白を埋めようと超高速で流れ込み、鋭利な気圧の断層が発生した。
――キィィィィンッ!
高周波の音が響くと同時に、厚さ十センチの石造りの的が、抵抗もなく上下に泣き別れた。断面は鏡のように滑らかだ。
「……えっ? 今、何をしたんだ?」
「詠唱も、魔力の収束も見えなかったぞ。ただ手を振っただけで……あの切れ味か!?」
教師たちが慌てて断面を確認しに走る。魔力の刃であれば、切断部には必ず魔力の残留があるはずだが、そこにあるのはただの「物理的な破壊痕」だけだった。
「……面白い。次は『エアバレット』を試してみろ」
教師の指示に、僕は頷いた。
通常のエアバレットは、空気をテニスボール大に固めて弾丸のように放つ魔法だ。
僕は左手を前に突き出し、指先で小さな空間を画定した。
「『支配空間』――定義:超高圧圧縮。」
目に見えない空間内で、僕は大気を数千倍の密度にまで押し込めた。断熱圧縮を受けた気体は猛烈な熱を帯び、極小の「爆弾」へと変貌する。
「……行け」
僕が指を離した瞬間、拘束を解かれた空気が爆発的に膨張した。
――ドォォォォォォンッ!!
訓練場全体を揺らす轟音。
放たれたのは「風の弾丸」などではなかった。凄まじい衝撃波を伴う爆風が的を粉々に粉砕し、後方の防壁にまで大きな亀裂を走らせた。
「なっ……!?」
静まり返る訓練場。砂塵が舞う中、僕は一六〇センチの体を微動だにさせず、煤けた手を軽く払った。
「すまない、少し加減を間違えたかな」
隣で見ていたキースが、目を丸くして口をあんぐりと開けている。
「おいおい……リンネ、お前……とんでもねえな……」
僕の「無色」が、魔法学校の常識という名のルールを、根底から塗り替え始めた瞬間だった。
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