さらなる成長の道標
麻耶はおもむろに手を開く。
「本……ですか?」
麻耶が手を開くとその手に一冊の本が出現した。これも魔法によるものだとは言うまでもない。
概念としては、自身の持つ異空間領域に物体を置いてそこから取り出したというものだ。
簡単に言っているようだが、これは一握りの魔法師しか使うことは出来ない。
というよりも必要ないという魔法師もいれば、腕の立つ魔法師でも上手く扱えなかったりして使う者はほぼいない。唯一、ハルが異空間領域にヒトを入れたりしてこれの応用をしている。
「そう、これは地球から持ってきた悠人の持ってた本だ!」
その本を真上に掲げて、いかにもその本が凄いように見せる。
確かに他の本と異なるのは表紙に何やらかっこよく見せるような題名の書き方とそこに可愛い女の子の絵が描かれていた。
「これが悠人になんの役に立つのですか?」
アーニャにはこれが先ほど麻耶が言ったような悠人の教育にどのように役に立つのかさっぱり分からなかった。
「先にあなたに貸すわ。読み終わったら、悠人に返してあげなさい」
麻耶からその本を受け取る。
(本でなら悠人はかなり勉強してましたから…意味がないと思うのですが……)
アーニャは首を傾げながら、帰路につくこととなった。
「うっ……ここ…は……」
視界には白い天井が見える。
悠人はこの世界に飛ばされた時のことをリフレインしていた。
「ああ……天国もあまり変わらないんだな……」
「な訳ないじゃない!」
「がふっ!?」
悠人のお腹に強い衝撃が起こり慌てて起きる。
「かっ、母さん!?」
悠人は先ほどのことを思い出して身構える。
「って、ここ…俺の部屋?」
見慣れた光景に気づいた。 この机の配置にベッドがここにあるのは自分の部屋に違いないと思った。
「そうよ。 地球の時とはえらい違いね〜。 女性の匂いが充満してるわ」
「う、嘘!? わ、私以外にも女を連れ込んで……っ!」
麻耶のつぶやきに反応したのは悠人ではなくアーニャであった。
「待て待て待てーー! そそそ、そんなわけないだろっ!? 」
「声が上ずってますよ? ふふふ……」
アーニャはさっと包丁を取り出してゆらりと悠人に一歩一歩と近づく。
悠人はそれに合わせて一歩一歩と後ずさる。
「うわっ!」
ベッドが後ろにあることに気づかずに足を取られて後ろからベッドにダイブしてしまった。
「さあ、観念して下さいね……」
アーニャは包丁を振り上げ、今にも悠人に突き刺しそうになっていた。
(アーニャが本当に殺るとは思えないが……万が一ってことが……っ)
悠人は起き上がるのは諦めて、ポケットに手を入れた。
「まぁ、アーニャの匂いなんだけどね?」
「へ?」
気の抜けたアーニャの包丁が悠人の顔を横切る。
包丁は悠人の顔のすぐ横に立っていた。
「ふぅー」
悠人は安堵のため息をついた。
もし本当に身体に包丁がくるようであれば、ポケットの中にある増幅器に触れて逃げるつもりだったが、杞憂に終わった。
本来ならば、顔ギリギリに包丁が突き刺さった時点でそれをするべきなのだが、アーニャが高速で振らなかったこともあって包丁の軌道を手に取るように分かったので、何もしなかった。
(成長っておそろしー)
つくづくそう感じた悠人であった。
「まぁ、戯れはそこそこに」
麻耶がそんな言葉をかける。
「おいアーニャ。 なぜあいつを入れた?」
悠人は今、摩耶を視界に入れて、アーニャに糾弾する。
「悠人。 この方は紛れもなくあなたのお母様です」
「そんなわけないだろ! あのゲートは開いてないはずなんだ。偶然だとしてもここに来れるわけないんだ」
悠人は警戒を解かずにアーニャに答える。
「今、ここが夏だ。周期的に地球との特異点が生まれ得る時期なんだ」
淡々と麻耶がそう答える。
「だとしても、母さんがそんなこと知ってるわけがないんだ! うちの母さんはこの世界とは関係ないはずなんだから」
声を荒げて叫ぶ一歩手前のような声で訴える悠人。悠人はアーニャに信じてもらいたいのだ。
(おそらく、悠人の母だという甘い言葉でアーニャは思い込まされているんだ。……確かに容姿は完全に母さんだけど……こんなに凛々しい母さんなんて俺は知らない……別の人に違いないんだ!)
当然、悠人の思いはアーニャに手に取るように分かられている筈であった。
「悠人の知らないのも無理がありません。 悠人のお母様がここにいたのは二千年前のことですから」
「二千年……そ、そんなバカな!? それこそ嘘ハッタリだぞアーニャ。 ヒトはせいぜい生きられて100年だぞ」
「いいえ、以前タリスとあちらの世界との時間軸が微妙に変化することは知っていますね? このヴッフェルチアの歴史書の中で悠人のお母様の顔を知らないヒトはいないのです」
そう言ってアーニャは歴史の教科書をおもむろに開き、見開いて悠人に見えるように差し出した。
「これは!?」
「まさに瓜二つですよね。 彼女がこの国を守ったと言われる通称『ひと時の英雄』マーヤ様です」
教科書に載っていた写真はどこかにある像であったものの精巧であるがゆえにというべきか、今目の前にいる母親と瓜二つであった。
悠人もこの国のことを学ぶ上で勉強していた。
マーヤ。 アーニャのように神として崇める者は少なく、それが『ひと時の英雄』に繋がる。書物では、この国から去ってしまったからという記述があった。
悠人自身もその文言に市民側の気持ちになっていたのを覚えている。と同時にどうしてヴッフェルチアを捨てたのか疑問に思っていた。
「い……いや、たまたま顔が似てただけだ。 あるだろ? そっくりさんって……」
悠人は事実を受け入れようとしない。
アーニャはため息をついた。
(こういう変なところで頑固なところは変わらないですね……)
「ほんっとう、変なところで信じないわね……。あっそうだ。悠人の恥ずかしい過去を洗いざらい喋れば信じるかしら」
「それいいですね! 個人的にもとても興味あります」
麻耶の提案にアーニャが便乗する。アーニャは純粋に悠人の地球の生活に興味があったのだ。
「お、おう。い、言えるものなら言ってみろ!」
悠人はここでも頑固さを崩さない。もはや気勢を張っているとしか思えなかった。
「じゃあ、10歳の時、女の子に告られたのにまだ若いからってせっかく可愛い子の勇気ある告白を断ったりね……」
「………」
麻耶の話にアーニャが蔑んだ目を悠人へと向ける。今にも再び包丁を振り上げんとしていた。
(どうしてそれを知ってるんだっ!? 親に話した記憶なんてないぞっ)
「あとはね……」
もう悠人に母親だと信用させるためによりも悠人を追い込むことしか考えてないように思えた。
悠人にはもう一つあるだけでも十分すぎるほどに説得力があった。というよりもこれ以上恥ずかしい過去を晒せば晒すほど悠人自身の身が危うくなっていた。
「もも、もういい! ……もう十分わかったから。うん、紛れもなく俺の母親だ」
「そう? せっかく面白くなって来たのに……」
麻耶は心底残念そうにしている。
悠人はその言葉でアーニャが包丁を引いたことに安堵しかなかった。
悠人は一通り、麻耶がタリスに来た経緯を聞いた。
悠人はハルの話から父親がこの世界出身かも知れないことを知ったが、まさか母親をも同じだとは思いもしなかった。
逆にここから出て来てよく地球で普通の暮らしができていたなとため息を吐くほどであった。
「それで【創造】をどうやって自在に操るか……ということなんだけど。もちろん、原理は知ってるわよね?」
麻耶が悠人に尋ねる。何度も言っていることであるが、【創造】は頭の中の想像を現実に投影する魔法。ゆえにうまく使いこなせることができればどのような相手であろうが、複数人で囲まれようが最強の魔法であるといえる。
しかし、【創造】には正しく想像しなければならないという欠点がある。
例えば、悠人が頻用している瞬間移動は自分がいる場所から移動したい場所に正しく自分を頭の中に投影しなければならない。
言葉では容易に聞こえるけれども、その空間に自分を投影することはかなりの集中力を要する。
「知ってる」
「私も知ってます」
悠人の言葉にアーニャも同じく答える。
麻耶はその言葉に頷いた。
「この欠点は戦いの最中に魔法の想像をしているという余裕がないことにあると思うの。 相手が迫っているのに魔法のことを頭に浮かべていたら、やられてしまうわ」
想像をすることは一瞬だ。その一瞬相手から集中を削いてしまうことで相手に隙を与えてしまうことになる。魔法が使えない相手ならともかくこの魔法が使える世界ではその一瞬が命取りになりかねない。
「だからこそユージェスは自分の体に何か魔法をかけるという【創造】を極めていたわ。おそらく悠人もそういう風にしていたんじゃない?」
悠人は頷いた。
例えば魔法のように何か現実にあり得ないような事象を起こさせるのには想像に手間がかかる。たとえ、他の人の魔法をみて真似しながら再現という形で出すことは可能だけれども、それではただ真似ただけだ。その戦いにおいて相手を打ち下すものがないという事になる。
だからこそ、自身なら想像がしやすかったのだ。自身に対する効果であれば容易に想像がついた。理由は推測でしかないが、やはり自分であるということが大きいのだろうと悠人自身思っていた。
「でも、それじゃ決め手がない……」
まるで悠人の考えを読み取ったかのように麻耶が答える。
悠人はただそれに頷いた。
「それを教えるためにそれよ」
麻耶はアーニャの方に指を指す。具体的に言えば、アーニャの手に持っていた本を指していた。
「これは……ラノベか?」
「ラノベ?」
悠人の答えにアーニャが首をかしげる。悠人も答えてやりたいところだったが、ややこしくなるので敢えて無視した。
「そう、マンガでも良かったのだけれど想像力を養うとなると活字の方が良いわ。……もう分かるわよね?」
麻耶が悠人に問いかける。確かに言いたい事、やらせたい事は分かった。
悠人は麻耶を見てその瞳に迷いがないたことを確認した上で口を開いた。
「本はこれだけなのか?」
「いいえ、私の領域には山ほどあなたの部屋にあるラノベがあるわ」
悠人の質問にすぐに答える麻耶。
少し悠人にとって聞き捨てならないこともあったように感じたがそこは気にしないでおく。
「分かった。 やるよ」
はっきりと麻耶の顔を見て答えた。その表情はピシッと引き締まり、今から戦場へと赴くように見えた。
いつも読んでいただきありがとうございます!
読者さんにお願いというか、してくれると嬉しいのはやはり読んでくれることを示してくれること、褒められること。
ただ単に「面白かったです」だけでも喜んでしまうのが、作者のチョロさです。
逆に、ここをこうしたらとか、不満を持つ部分も隠さず示して貰えれば作者も考えてくれます(その通りにはならないと思う……)。
作者になって「こんなことないやろ〜」と思ったことが実際にこれで飢えてます。
なので、何でもいいのでなんか反応していただけると作者とも繋がれるし、反応してくれることもあるのでオススメの本を読むことに関する一つの面白さかなと思います。
ではではー
小椋鉄平