報われぬ願い
第一に学園長にこのことを伝えた。
「ふむ……私も今回ばかりは悠人のようにしたいと考えています……が、女王がそれを許すとは残念ながら思えない」
サーシャは学園長の椅子に腰掛け、机に肘をついて、手を頬につけてそう答えた。
「なんとかなりませんか。 俺はこのままというのは我慢なりません!」
その机の前に立って抗議する悠人。
「………」
アーニャは悠人の後ろで下を向いている。
サーシャはそのアーニャの表情を見ていた。
サーシャは両方の表情からどんな思いがあるのか分かっていた。その思いが正反対だからこそサーシャはどんな決定をするのが一番良い選択なのか、迷っていた。
(悠人に知らせていませんか…)
このことが決断を決めることへの決め手となった。
「学園長! 俺の気持ちが分かるはずです! だからー」
「悪いですけど悠人。 今回はあなたの案には乗れません」
「そんなっ!」
悠人は予想外だというような表情を見せた。悠人自身、学園長はすぐにでも許可が出て問題は女王陛下をどう丸め込むのかを考えていた。それを待たずにこんなところでくじけてしまうのは悠人からして予想外の出来事であった。
「悠人……」
アーニャは悠人の表情を見て居心地悪そうにしている。
(これを悠人に告げても悠人は正気でいられるのでしょうか……? 最悪の場合この国に牙を剥くかも知れない……。 それだけは何としてでも阻止しなければならない……)
「くっ……!?」
悠人は学園長室を飛び出して行った。
「ゆ、悠人!?」
「待って」
追いかけようとするアーニャにサーシャが待ったをかける。アーニャ自身に逆ベクトルの力が働くように魔法をかけてアーニャは動けなくなっていた。
「何してるんですか!? 悠人がっ」
「あなたのせいでしょう。半分は。 私もここの学園を束ねるものとして今回の事件を看過すべきではないと考えています。 しかし、倒す相手も未だ情報がなく、また暗部がもう既に動いているとなれば私たちの出番はないも同然……。そうやすやすとあの精鋭揃いの暗部がナイルダルク相手に手こずるとは思えません」
サーシャはアーニャに魔法をかけ続けながらも平然と言い聞かせる。
対するアーニャはサーシャに憎しみにも似た表情でサーシャを睨みつけている。もちろん、魔法が解ければ今すぐにでも悠人を探したいと思って魔法に抵抗を続けている。
「つまり何が言いたいの……ですか」
相変わらず表情は変わらない。
「あなたは分かってるわよね。 私は推測でしかないけれども……」
「もったいぶらないでっ!」
サーシャは悪巧みするような笑みをアーニャに向ける。
二人の中で火花が散っているように見える。
「つまり、もう黒幕を始末してしまったのではないかしら……」
「っ……!?」
「その反応はビンゴですね」
アーニャの驚きようにサーシャはそう告げる。サーシャはアーニャの表情を見逃さなかった。
アーニャは負けたとでもいうように脱力した。
「いいえ、悠人が意識を失う前まではそんな事は考えていませんでした。 暗部も今回の事件がこの事に繋がっていたとは思ってないでしょう」
「という事は、あなただけが知っている……?」
「ええ……というよりも私のような存在であればこそ分かった事です。 ナイルダルクの潜入したことの報告を受けたときのローレラから出ていた残留魔力とあの者が持っていた魔力の一部が一緒だったのです」
残留魔力とは中精霊から感じ取れると言われているその物体に付着している魔力のことをいう。あくまで感じ取れるというだけで意識を傾けなければ、感じ取れる事はない。
残留魔力は青い粉のものであるとされており、それは大精霊からの知見に基づく。
さらに残留魔力は相手に触れたことで簡単に付けられる。たとえ魔法を発動しなくても、魔力を秘めているものであれば必ず。
ただし、その残留魔力の残り得る時間があり平均で一日から三日だとされている。
ちなみに探索のためにマーカーをつける魔法はこの相手につける粉を大きくしたものをつけることで持続時間を倍に伸ばしている。
そういう原理ではあるけれども、実際につけたとかという事はヒトでは分からない。
「ええ、おそらく。 私もこのことが起こるまではそこまで深く考えませんでした……が、まさかこんな事になるとは……」
「……そうですか」
サーシャはゆっくりと魔法を解く。もうアーニャは抵抗しなかったからだ。
「悠人については時間をかけるしかないでしょう。暗部の存在を知られたとはいえ、その本体までは突き止められないと思いますから。 それで……」
「分かってます」
アーニャの表情が引き締まったのを確認できて、サーシャは安心したように椅子にもたれかかる。
サーシャ自身も学園長という立場柄というか、祖父にアルベルトがいたからかもしれないが、悠人と同じ頃にはこの国に光の当たらない団体がある事はなんとなく察していた。
これほどまでにナイルダルクと緊張状態にあるにもかかわらず、弛緩しきってしまったこの国民を裏から貢献する者たちがいるのは当時学園の三年だったサーシャにとって少し頭をひねればすぐにでも頭に浮かぶ者であったように思う。
「ローレラはどうしているかしら……」
いざ、学園長になってみれば腕の立つ魔法師はそこに行かなければならないという暗黙の了解のような足枷が存在した。
この件についてはアリスフィア自身も苦渋の選択であると思っているようであった。アリスフィアの中ではあくまでも苦渋の決断なのだ。彼女が女王に即位してからずっとその件については仕方なしに了承している形のようであった。
腕の立つといってもその範囲は多岐に渡っていた。
昨年の卒業生で特待生は全員そこに所属していた。その中でもローレラはすぐに仕事を一人で振られるほどに優秀であると耳にしている。
「ローレラは……」
アーニャが返答に困ったようにしている。言いたくないとはっきりと顔に出ていた。
「ふふ、私にそのことまで隠さなくても大丈夫よ。 書面上の情報なら分かっているわ」
アーニャの困り顔に薄べ笑いを浮かべる。
「サーシャさん……」
アーニャは結局はサーシャにありがたみと申し訳なさを兼ねた視線を送る。
「さぁ、まずは悠人をどうにかしておいで、彼の中にある憎しみを忘れさせてあげるんだ」
アーニャはサーシャに感謝を伝え、走り去った。
悠人はふてくされながら帰路の途中であった。
(くそっ……でも、なんでなんだろう……)
頭を冷やすことできる状況になったからだろうか、そもそもどうしてこんな気持ちになっているのかそもそもに対して疑問に思ったのだ。
(俺はそもそもこの世界に対して思いやりなんて微塵もなかった。だからこそ、自分の今の気持ちはとてつもなく矛盾に溢れすぎだ……。そんな気持ちが溢れるほどに俺は……)
思案にふけながら歩みを進める。
「なぜ、こんな気持ちになっているのか不安なのか?」
不意に外野から自分ではない声がかけられる。
下を向きながら歩いていてために前にいるヒトに気づかなかった。
悠人はゆっくりと顔を上げる。
「え……お前は……」
悠人はその人物に驚きを隠せなかった。思い切り目を見開いてその人物を凝視した。
(嘘だろ……っ!?)
いつも読んでいただきありがとうございます!
76話目ということで正直ここまで書けるとは思っていませんでした。自分の性格上すぐにダラけて自然消滅するのかなと内心思っていましたが、こんなに書けたのは初めてです。
そんなことができたのも読者さんたちがいてくれたからだと思っています!改めてありがとうございます!
さて、前章の区切りとして前話からやっているわけですけれども、予告としては新たなるキャラを登場させます。
それは……次回を乞うご期待ということで楽しみに予想していただきたいと思います。おそらく、皆さんの予想は覆せると思うようなキャラです。
ではではー
小椋鉄平