キャラクター作りのための基本理念
ストーリーのためにキャラクターがいるのではない。
キャラクターのためにストーリーがあるのだ
アザとー
な~んちゃってな♪
ということで、今回はキャラクターについてのお話。
キャラクターの書き分けや、描写が難しいのはなぜでしょう……って、そんなの、難しく考えるからです。
キャラクターにも人生があります。物語という表舞台に突然現れて、せりふをこなすための役者ではありません。過去があるのです。
え? 「んなこと知ってらあ」ですって? 「ちゃんと過去のエピソードも書いているだろう」ですって?
あまいです。 時節がら男女の間を飛び交う、あのお菓子よりも甘いです。
われわれは創作者で、自分の描き出した世界の全てを知っているがゆえに忘れがちですが、実際の人生というのは長いものです。
普通の人間ですら、親から生まれ、乳を飲み、幼少期を過ごし、少年になり、青年になり、さらに中年、壮年と年を重ねるのに何十年もの時間を必要とする。人外や不老不死の設定など加えてしまえば、もっと気の遠くなるような時間を登場人物は『生きている』というのに、その全ての時間を書くことなどできないでしょう? だから俺の執筆の基本姿勢は、『作者は物語を作る創造神なのではなく、登場人物の人生の一部分だけを許された記録者でしかない』というものです。
もちろん、世界を構築するのは作者の仕事です。どんな気候で、どんな地理で、どんな社会情勢で、どんな国家があって……そうやって決めた世界に住む人物の全てを、あなたは把握することができますか? 主要人物だけではなくモブの一人ひとりにいたるまで、全ての人物と顔見知りだと?
俺ならそんな傲岸なことは言わない。現実の世界にあふれるほどの人がいるのと同じで、物語に描かない部分にも人は住んでいて、それぞれにドラマチックな生き方をしている。その全てを物語に書き込むことができるほど、俺は万能じゃない。せいぜいが数人を書くので精一杯。
ならば、数限りない中から選び出した、たった数人と、とことん向き合いたいじゃないですか。
そんな時、俺はその登場人物と酒を飲みます。友人になり、身の上話を聞きだすのです。
もちろん我流のやり方であり、想像上でのことですが、これが一番大事なポイントなのです。
物語に書き込むような印象的なエピソードだけではなく、子供のころ寝小便が治らなかったとか、授業中にぼんやりと雲を見ているような子供で、先生によく怒られていたとか、そういった些細な話をきき、そして細かな人格調整を行う。
例えば、現時点で優等生の人物を描くときに、『子供のころから生粋の優等生だった』と、『子供のころはぼんやりしていたのに、今は優等生』では、すでにキャラが違ってきますよね。そういう細かい面談を繰り返すのです。
「ああ、俺? こう見えても若いころは突っ張っててさあ、ヤンキー? あんな群れるしか脳のない輩と一緒にしないでくれよ、一匹狼さ。だから逆にやつらから目をつけられて、俺の回りは常に敵だらけだったね(ドヤッ)」
(あかん……この子、フカすくせがある……)
……なんてこともあったりして、そういう本編に登場しない部分を積み重ねてキャラクターを作り上げるのです。
作品の長短や、ジャンル、作品内でのその人物の重要度などによって、このときの『友人づきあい』の深さや質問内容は変わりますが、俺は自分の作品内の人物一通りとこれをやります。
その中で「お前、おもしれえ。その話はお前が主役で小話にしようぜ」なんてことも多々あったりしまして、そういう意味では俺の作品の作り方は1次創作でありながら2次創作的なのかもしれません。
だけど、これでいいのです。表側ばっかりしっかりと作りこんであるのに、裏はすっかすっかのハリボテは、、舞台に上げても自分で動こうとはしない。
裏から組み上げた血肉をもつ『人物』は、舞台に上げればその虚構を自分が生きている世界という『真実』に変えてくれる。おのずと物語を導いてくれるのです。
そもそも、表側しか作られていないキャラクターを見ると、「皆さん善人だな~」と思う。
人間は裏表があって当然で、それが人間性に深みを与えるという俗世の常識を、創作という夢中まで持ち込もうとしない。
この表裏っていうのは、善人のフリをしている悪人キャラって意味ではありませんぞ、念のため。
例えば俺はリアルの人間づきあいでも、表側だけを信じたりはしない。
にこやかな笑顔を絶やさず、腰も低い、ひどく人当たりのいい優秀店員さんが、実は裏では毒を吐き散らしながらキーボードを打ち、へこみ、大酒を飲む破天荒な人物であることを心得ているからです(本人や)。
だけど、その裏も表も総括した人格というのは必ずにじみ出るもので、俺という人物への評価は「変わっている人」です。まあ、気に入っているからいいんですけどね。
つまり、物語の中で見せる『表側の姿』からもにじみ出る、『裏側』の人格を作れということですよ。
それをちゃんと作品の中に生かし、魅力的な人物を描けるかどうかはウデだから、また別の問題。
現実世界の中で見ても執筆期間中ずっと、あちらの世界の時間で見たら、下手したら人の一生を越えるかもしれないほど長い期間、それだけの期間を付き合おうという『親友』に対して、思い通りに動かそうという一方的な思いや、表に表れる人格だけを全てであるかのように付き合ってはいけない。『親友』だからこそきちんと向き合い、みっともない裏とも付き合ってあげること、これこそがキャラクターに生命を吹き込むコツなのです。




