序章
柔らかな光を帯びるピンクブロンドの、ゆるやかな巻き毛にはパールが散らされている。
長い睫毛に縁取られた瞳は、星を宿したような金色で、いつも挑発的な強い光を帯びていた。
つんと尖った鼻と、ぽってりとした唇。首は折れそうなほどに細く、デコルテはくっきりと骨を浮かび上がらせていて華奢な印象がある。
新雪のような白い肌は瑞々しく張りがあり、内側から光を帯びているように輝いている。
細い四肢に反して胸や尻は誰もが視線を向けてしまうほど豊かで、腰はひきしまりほっそりしており、その完璧な体は真紅のドレスに包まれていた。
他の令嬢とは違うマーメイドラインのドレスはくっきりと魅惑的な体型を強調している。
豊かな胸はドレスから半分ほど顔を出していて、歩くたびに社交界では下品とされている脚がドレスのスリットからのぞく。
足には網目のあるタイツをはいていて、角度によってはガーターベルトさえスカートの隙間からちらりと見える。
ルトヴィカ・アインスローゼは、その見た目と素行の悪さから社交界の女王蜂と呼ばれている。
美しいが煽情的過ぎる。彼女の色香に誘われた男は、その毒針に刺されて傷つく結果に終わる。
弄ばれた男は数知れず、女も男も彼女を恐れ、また憧れて──恥知らずかつ常識外れな姿にも誰も文句を言えない。
公爵家の長女ルトヴィカは、今日もまた自由気ままにかわるがわる訪れる男たちの相手をし、ひそひそとその素行の悪さを咎める令嬢たちを睨みつけて威嚇して──社交界の女王蜂として夜会を楽しんでいた。
「ルトヴィカ様、今日も美しいですね」
「ええ、存じあげておりますわ。聞き飽きた称賛でしてよ」
「あなたの瞳は輝く星のよう、髪はまるで春の花のよう」
「あらあら、星と花、安易ですわね。もっとなにかありませんの? 退屈ですわ」
その色香のある見た目に反して、ルトヴィカは二十歳になったばかりだ。
己よりも年が上な男たちをいなす姿は歴戦の淑女のようだが、言葉遊びを楽しんでいるだけで実際に深い関係に誰かとなったことはない。
己の美貌に自信のあるルトヴィカは、自分を安売りしたりしない。
誰かと体を重ねてしまった時点で、貴族令嬢としての価値は地に落ちるのだ。
それを理解していない女も、最近ではずいぶんと多いようだが。
だからルトヴィカの煽情的な姿は己を飾り包む鎧のようなものであり、蜂の巣に男を誘い込んでは品定めして、不実な相手は言葉の刃でめった刺しにして追い出すのだ。
ルトヴィカはシャンパングラスを片手に、王城の広間を見渡した。
今夜は楽しくお話できる相手が見つかりそうにない。なにか面白いことはないかしら──と様子を伺い、令嬢たちに囲まれている女の前で視線を止める。
囲まれているのは男爵令嬢。最近社交界入りしたばかりの商人の娘だ。
囲っているのは古い家の者たち。新興貴族と名門貴族の間には、未だ馬鹿馬鹿しい軋轢がある。
どうやら男爵令嬢のドレスが豪華すぎるのが、嫉妬の火種らしい。
確かに誰よりも高価な布を使い、宝石を散りばめているのが悪目立ちしている。
ルトヴィカが言うのもなんだが、立場と服装があっていないのだ。
この日のために、彼女の親が力を入れ過ぎたのだろう。あれでは金があると見せびらかしているものである。
「あら、手が滑ったわ! でもたいしたドレスではないから、いいわよね。成り上がりのお父様に頼んで、新しいものを買ってもらいなさい」
貴族の女の一人が、彼女のドレスに赤葡萄酒をかける。無残に汚れたドレスを見て、令嬢たちがくすくす笑っている。
ワインをかけられた令嬢は、真っ青になって震えていた。
ルトヴィカはカツカツとヒールを鳴らして近づいていき、ドレスを汚した令嬢の頭から持っていたシャンパンを無造作にかけた。
令嬢は一瞬固まって、それから驚愕の表情でルトヴィカを見つめる。
「あら、手が滑ってしまいましたわ。でもたいしたドレスではなさそうですし、困ることはなさそうですわね」
令嬢の言葉をそのままなぞり、ルトヴィカは空になったシャンパングラスをびしょ濡れになった令嬢の手に押しつける。
「ブルーニャ地方のシャンパンですのよ。美味しかったかしら?」
「な、な、なんてことを……!」
「あなたの頭が、シャンパンを飲みたいと言っておりましたの。今夜はお祝いですわね、わたくしに頭からお酒を飲ませてもらえるなんて、幸運でしてよ」
わなわな震える令嬢に微笑むと、彼女をはたじろいだ。集団で誰かを攻撃する者は、攻撃され慣れていないのだ。
「ルトヴィカ様……」
「あなたのお父様が作ったものね。今後も励みなさいと伝えておきなさい」
ドレスを汚された令嬢──メアリ・ブルーニャが瞳を潤ませてルトヴィカを見つめている。
ルトヴィカはひらひらと手を振って、夜会を後にした。
皆の視線を一身に受け止めるのは、気分のいいものだと思いながら。
◇
そんなことがあった数日後。
公爵家の自室で侍女に爪を磨かせていたルトヴィカは、父に呼び出された。
「お前の結婚相手が決まった」
「それはずいぶんと、突然ですわね」
「王家からの命令だ。此度は断ることなどできない。いいな、ルトヴィカ」
「嫌ですわ。わたくし、自分の結婚相手は自分で探すと決めましたの。誰かさんのせいで、わたくしは公爵家から追い出されるのですから、当然の権利ですわ」
「ルトヴィカ!」
父の叱責を鼻で笑い、ルトヴィカは執務室を退室しようとする。
だが、その前に父がばん! と、机を叩いたので、父に背を向けたルトヴィカは思わず振り返ってしまう。
父は一枚の絵を持っている。そこに描かれている男には見覚えがある。
ルトヴィカは秀麗な眉をつりあげた。
「グレン・ハワード様……」
アルティオルの獅子と呼ばれる、国王直属のアルティオル騎士団の団長の厳めしい姿がそこには描かれていたのだった。




