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召喚された脳みそ  作者: 花束 ねる


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第1話 召喚は成功しました


召喚は成功した。


魔法陣が青白く輝き、神殿の中央に異世界からの来訪者が現れた。


脳みそだった。


「…………」

「…………」


神官長は儀式書を確認した。


間違いない。


召喚対象は、異世界において高度な知識と判断能力を有する存在。


「……身体は?」


脳みそは答えなかった。


当然である。


口がない。


「勇者様、お聞こえになりますか?」


聞こえなかった。


耳もない。


「神官長様」

「なんだ」

「失敗でしょうか」

「成功だ。召喚対象は間違っていない」

「では、なぜ脳だけなのでしょう」

「知らん」


神官長は儀式書をめくった。


召喚対象の選定条件。


一、高度な知性を有すること。


二、複雑な問題を解決できること。


三、異世界における豊富な経験を有すること。


四、召喚に際し、必要な能力を保持していること。


身体についての記載はなかった。


「……条件は満たしている」

「ですが神官長様、これでは魔王を倒せません」

「知恵を借りるのだ。戦わせるわけではない」

「では、どうやって知恵を借りるのですか」


神官長は脳みそを見た。


脳みそも神官長を見た。


いや、見てはいない。


目がない。


「…………」


神殿に沈黙が落ちた。


なお、脳みそは魔法陣の上で淡い光に包まれていた。


召喚魔法には、対象の生命活動を維持する機能も備わっているらしい。


少なくとも、乾燥の心配はなかった。



三日後。


王国魔術研究所において、召喚された脳みそとの意思疎通が実現した。


魔力によって外部の音声を脳へ伝え、思考を文字と音声に変換する装置が完成したのである。


研究員が尋ねた。


「勇者様、ご自身の状況は理解されていますか?」


水晶板に文字が浮かんだ。


『だいたい』


「何かご不便はありますか?」


『全部』


「具体的には?」


『まず身体を返してほしい』


研究員たちは顔を見合わせた。


「申し訳ありません。召喚は一方通行でして」


『帰れない?』


「はい」


『身体は?』


「こちらには届いておりません」


『じゃあ元の世界に残ってる?』


「おそらく」


『生きてる?』


「不明です」


しばらく文字が出なかった。


やがて水晶板が光った。


『で、何をすればいいの』


研究員は安堵した。


さすが異世界の賢者。


状況を受け入れるのが早い。


「魔王軍への対抗策を考えていただきたいのです」


『資料は?』


「こちらに」


研究員は分厚い戦況報告書を机に置いた。


『読めない』


「なぜです?」


『目がない』


研究員は報告書を読み上げた。



三時間後。


『地図は?』


「こちらです」


『見えない』


「……読み上げます」



さらに二時間後。


『現地を確認したい』


「それは難しいかと」


『なんで』


「移動手段がございません」


『運べばいいじゃん』


研究員は脳みそを見た。


「……容器が必要ですね」



翌日。


勇者専用の移動装置が完成した。


台車だった。


思考変換用の水晶板も取り付けられていた。


脳脊髄液に相当する魔法の保存液を満たした透明な容器に収められた脳みそが、神殿の廊下を移動していく。


「勇者様のお通りです!」


兵士たちが敬礼した。


『やめて』


「何をでしょう」


『勇者様って呼ぶの』


「では何とお呼びすれば?」


脳みそは少し考えた。


『名前、覚えてない』


「記憶障害でしょうか」


『いや、名前を思い出す必要がなかったから』


「なるほど」


『なるほどじゃない』



その日の午後。


王国会議が開かれた。


国王、大臣、将軍、神官長。


そして台車に載った脳みそ。


「勇者よ。我が国を救ってくれ」


『状況を整理します』


水晶板に文字が浮かぶ。


『敵の兵力は?』


「約三万」


『こちらは?』


「一万二千」


『補給路は?』


「三本ございます」


『敵の目的は?』


「王都の制圧だ」


『交渉は?』


「魔王軍と交渉など!」


『したの?』


「しておらん!」


『じゃあしてみれば』


会議室が静まり返った。


将軍が立ち上がった。


「勇者殿! 敵は魔王ですぞ!」


『魔王って役職?』


「は?」


『名前? 役職? 種族?』


「……称号かと」


『じゃあ話せるんでしょ』


「それは……」


『交渉してから戦争したら?』


国王は腕を組んだ。


「なるほど。異世界の知恵とは、実に斬新だ」


『普通だと思う』



翌月。


王国と魔王軍の和平交渉が成立した。


原因は国境付近の鉱山の所有権問題だった。


双方の主張を整理し、共同採掘と利益配分の協定を結んだところ、戦争する理由がなくなった。


国王は大いに喜んだ。


「勇者よ! そなたは王国の救世主だ!」


『帰して』


「褒美を取らせよう!」


『身体を返して』


「何でも望むがよい!」


『耳と目と口と手足』


国王は大臣を見た。


大臣は神官長を見た。


神官長は研究員を見た。


研究員は脳みそを見た。


「……予算が必要ですね」



半年後。


王国は異世界の知恵を活用するため、勇者直属の行政改革局を設置した。


初代局長。


召喚された脳みそ。


専用の執務室と、最新式の思考変換装置が与えられた。


毎朝九時。


研究員が脳みそを台車で運び、机の上に設置する。


「局長、本日の案件です」


『何件?』


「四十二件です」


『昨日は?』


「三十八件です」


『増えてる』


「局長の判断が早いので、各部署から相談が集中しております」


『人を増やして』


「人件費の削減も局長の改革案に含まれておりますので」


『…………』


「局長?」


『私の身体は?』


「現在、研究中です」


『いつできる?』


「予算の都合で来年度以降になります」


『予算を増やして』


「局長が予算削減を決定されました」


『…………』


研究員は書類を一枚差し出した。


「それと、来月から新しい制度が導入されます」


『何?』


「勇者様の功績を称え、王国全土で労働環境の改善を進めることになりました」


『いいことじゃん』


「はい。労働時間は一日八時間、週休二日を原則といたします」


『私も?』


「局長は脳ですので、労働者の定義に該当するか審議中です」


『…………』


「局長?」


『召喚元に返して』


「それはできません」


『じゃあせめて休みを』


「局長は睡眠を必要とされるのですか?」


『…………』


研究員は次の書類を取り出した。


「ところで局長、明日の会議ですが」


水晶板に文字が浮かんだ。


『召喚したやつ連れてこい』





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