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火床の子 〜転生したら先祖が信長お抱えの刀鍛冶だった〜  作者: おさ


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第一話 ふいごで涼もうとした男

おれの名前は、長船蛍おさふね ほたる。8歳。


蛍っていう名前は、おれが生まれた夏の夜、家の近くにホタルがいっぱい飛んでたかららしい。それだけ。でもけっこう気に入ってる。


父さんの口ぐせはこうだ。


「うちのご先祖様は備前長船っていう刀を作る刀鍛冶師のおうちだったんだ。備前長船の刀はあの織田信長にも愛された刀だぞ。たぶんな」


たぶんって何だよ、といつも思う。


でも、おれはこの話が大好きだった。


習い事は、子供向け運動教室も英会話もそろばんも、ぜんぶ一年以上続けた。でも運動も勉強も、ほかの子と比べて特別得意ってわけじゃない。ふつうの8歳だ。なのに刀の図鑑だけは、表紙がぼろぼろになるまで読んだ。そういう8歳だった。


その夏、おれは熱を出した。


すごい熱だった。氷まくらが一瞬でぬるくなるくらいの。


天井がぐるぐる回って、母さんの声がどんどん遠くなって。


あつい。


それでも、おれはぼんやり思ってた。


いつか。いつか、ご先祖様みたいな刀を、打つんだ――。


そこで、ぷつんと切れた。




あつい。


目が覚めて、最初に思ったのもそれだった。


天井が、知らない。っていうか、天井が藁だった。


体の下も藁。床は土。煙のにおいがする。


「……おかあさん、ここどこ?」


起き上がったら、知らないおばさんがおれを見て、ぼろぼろ泣きだした。


「鉄之助! 気がついたか! ああ、よかった……よかった……!」


ぎゅうっと抱きしめられた。


この人、おれの母さんじゃない。


なのに、あったかかった。なんでか分かんないけど、おれもちょっとだけ泣いた。


泣きながら母ちゃん(らしい)が教えてくれた話をまとめると、こうだ。


おれは鉄之助。この家の三男。流行り病の熱で三日三晩うなされて、もうだめかと思われてた。


「あの、ここって、どこ?」


「何を言っとるの。清洲だがね」


清洲。きよす。


……清洲って、あれだ。図鑑の隣に並べてた本で見た。織田信長のいるとこだ。


いやいやいや。


ふらふら立ち上がって、土間の奥をのぞいた。


オレンジ色の火。真っ赤な鉄のかたまり。上半身はだかのおっちゃんが、でっかい鎚をふり下ろしてる。


カン、と音がして、火花がばちっと散った。


その横の柱に、すすけた木の札が掛かってる。


「長船」


うちと同じ名字の、鍛冶屋。


「嘘だろ……ほんとに先祖のとこに来ちゃった!?」


叫んだら、鎚の音が止まって、おっちゃん――父ちゃんが、こっちを見た。


「起きたか」


それだけ言って、また鎚をふり始めた。ぶっきらぼう。でも、こっちを見た目は、ちょっとだけやわらかかった。




それから数日。熱がすっかり下がったおれは、毎日鍛冶場に張りついてた。


だって、すごいんだ。


火がごうごう言ってて、父ちゃんが鎚を振るたび、火花が花火みたいに散る。真っ赤な鉄が、ちょっとずつ刀のかたちになっていく。


図鑑で百回見たやつが、目の前で生まれてる。


兄ちゃんも二人いた。長兄ちゃんはこわい顔で鎚の稽古をしてて、次兄ちゃんは器用な手つきで小刀をしゅっしゅと研いでる。


いつか、おれも。


……ただ、ひとつだけ問題があった。


あつい。あっつい。死ぬほどあつい。


夏なのに一日じゅう火のそばって、どういう罰ゲームだよ。汗が背中をだーっと流れてく。


なのに父ちゃんも兄ちゃんたちも、平気な顔で火のそばに立ってる。おかしいだろ。体のつくりが違うのか。


「エアコン……はないか。せめて扇風機……」


そのときだった。


鍛冶場のすみに、変な木の箱を見つけた。横から棒みたいな持ち手が出てて、押すと――風が、出る。


「……扇風機だ!」


あった! 戦国にもあった! やるじゃん戦国!


おれは箱の前にしゃがんで、風の出る口に顔を近づけて、思いっきり持ち手を押した。


ぶおっ。


「ぶはっ!? あっつ!! 灰くさっ!!」


出てきたのは熱風だった。しかも灰混じり。顔がざらざらになった。


……いや、待て。最初はこんなもんかもしれない。扇風機だって「弱」から始まるし。


おれはあきらめずに、もっと強く、何回も押した。


そしたら。


ゴオッ!!


火床の火が、いきなり燃え上がった。火花がばちばち散って、天井まで届きそうになった。


「鉄之助ぇぇぇ!!」


長兄ちゃんがすっ飛んできて、おれを箱から引っぺがした。


「何をしとるんだお前は!!」


「えっ、涼もうとして」


「涼む!? それは火に風を送る道具だ! 鋼が焼け過ぎるわ!!」


「……扇風機じゃないの?」


「せんぷう……なんだそれは!!」


「だから、風が出て、涼しくなるやつ」


「火を強める道具で涼むやつがあるか!!」


奥で次兄ちゃんが、肩をふるわせて笑ってた。


「鉄之助、おまえ、『ふいごで涼もうとした男』として、この長船家で語り継がれるぞ」


「なにそれやだ」


おれはむくれた。


ふいごっていうのか、あの箱。まぎらわしいんだよ。風を出すなら涼しいやつを出せよ。


「だいたいなあ、鍛冶の家に生まれて、ふいごも知らんとは」


「熱で頭がゆだったんだわ、きっと」


兄ちゃんたちはひとしきり笑ったあと、おれの頭にぽんぽんと灰だらけの手を乗せていった。ぜんぜん悪い気はしなかった。くやしいけど。


ちなみに父ちゃんは、戻ってくるなり火から鋼を引き出して、長いことながめて、それから深ーいため息をついた。世界一こわいため息だった。




罰として、夕方の片付けを手伝わされた。


ほうきで灰を掃いてたら、火床のそばの柱に、紙が貼ってあるのに気づいた。


ぐにゃぐにゃのくずし字で、ほとんど読めない。けど、二文字だけ、図鑑とゲームで百回見た字があった。


「信長」


「ねえ母ちゃん、これって」


母ちゃんが、ああ、と顔を上げた。


「信長様より、刀のご注文だがね。うちはお城から注文をいただいとるの」


それから母ちゃんは、ちょっとだけ声をひそめた。


「近ごろは、ご本人が刀を見に来られることもあるそうな。……世間じゃ、うつけ様、なんて呼ぶ人もおるけどね」


うつけ様?


聞いたことない言葉だった。


「ねえ母ちゃん、うつけって、どういう意味?」


母ちゃんは、ちょっと困った顔をして、おれの耳に口を寄せた。


「……馬鹿者、っていう意味だがね。けどね、鉄之助。この言葉だけは、決して口にしたらいかんよ。お城のお方のことだもの」


馬鹿者。


おれは、一拍おいて、言った。


「えっ、ちがうよ! だって信長様って、日本一強い人になるんだよ!? 馬鹿が日本一になれるわけないじゃん!」


「こらっ! 声が大きい!」


母ちゃんが、あわてておれの口をふさいだ。


「言ったそばから……。よそで言ったら大ごとだがね」


おれは、もごもごしながら声を落とした。


「……でもさ。ぜったい、ちがうと思う」


母ちゃんは何も言わなかった。ちょっとだけ目を細めて、おれの頭をなでた。


あの、織田信長様が。ここに来る。


胸が、どきんと鳴った。


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