4-2 男
逢引きは順調に進み二人とも楽しそうに過ごしていた。そして時は夜、そろそろ夕飯の時間である。彼らが選んだ場所はとある大衆酒場であった。
「うーん、逢引きの最後を飾るには相応しくない場所じゃないかしら。減点ね、お兄様」
「そう言ってやるな、ここは私が教えた店だ。私も見つけたのはつい最近だが、オヤジの作る香草焼きが中々どうして絶品なんだ。肉の脂と、焼いた香ばしさ、香草の香り、これが酒の進むこと進むこと。あの二人にも話したが、特にレティシャ嬢が食いついていたな」
「なるほど、じゃあレティの希望を叶えたってことね」
「さあ、混まない内に私達も入るぞ。お前にも食わせてやろう」
酒場に入り、二人から少し離れているが視界に収まる席に着く。通りがかった給仕の女を呼び止め注文を伝えた。
「香草焼きを二、いや三人前、ライ麦パンを二つ。それと、特製エールを二杯」
「はいよ」
注文を終えて相席者に向き直る。何やら落ち着かない様子だ。
「どうしたセシリー」
「私、こんな所来たことないわ」
「ああ、そういうことか」
「お兄様はよく一人でこっそり町に出かけているみたいだけれど」
「まあアイツは言っても聞かんだろうから、ランデル殿も諦めているんだろう。それに今となっては、例え襲われようとも返り討ちにできるほどの力がある」
「それなら私だって同じじゃない!魔法だけならお兄様より強いわよ!」
「それはそうだが、お前は女だからな。親としてはやはり男よりも心配するんだろう」
セシリーも護身程度には剣を扱えるし、魔法も私が太鼓判を押す腕だ。しかし、親心はそう単純なものでもないということだろう。なまじこの兄妹が良い子であるため、中々子離れができんと、困ったように笑いながらランデル殿は私に語った。
「ルクスも」
「うん?」
「ルクスも心配してくれる?」
「うーん、お前は昔からこまっしゃくれで、生意気で、時折お転婆で……」
「ちょっと、ルクス!ひどいわ!」
「でも、いい女だ。人を思いやれる、優しく、可憐な子だ。だからやはり、私も心配するさ」
「そ、そう……」
面食らったかのように黙り込むセシリー。歯の浮くような言葉であったが、紛れもなく本心だった。私にとってこの娘は、とてもとても、大切な存在だったのだ。
「はいお待ち!」
丁度よく、エールと香草焼きが届いた。
「さあ、食うぞ」
早速香草焼きを切り分け、口に運ぶ。口に入れた瞬間は脂を重く感じるが、噛み締める内に香草の香りで中和され、香ばしさが鼻を抜ける。そこにすかさすエールを流し込む。
「美味い!最高だ!お前も早く食ってみろ」
「え、ええ」
私の勢いに戸惑いながらも、おずおずと料理に手を伸ばす。
「あら、すごく美味しいわ」
「そうだろう、そのままエールを飲んでみろ」
「分かったわ」
焼き物の酒器からエールを飲む。するとセシリーの表情が綻んだ。
「美味しい!このエール、香りも味もいつも飲んでるものと全然違うわ!」
「実はな、この店には2種類のエールがあるんだ。一つは普通の粗悪なエール、そしてもう一つがこれ。オヤジが修道院から仕入れてるっていうエールだ」
「修道院の!なるほど、だからなのね!」
「どうやらお気に召したようだな」
「ええ、とっても!」
本来の目的を忘れて、料理と酒に夢中になる。上手い飯と酒は、人生の伴侶だ。
「ああ、食った食った」
「こんなにお腹いっぱいまで食べるなんて、私初めてだわ」
結局あれから香草焼きも、エールも追加で注文して気の済むまで食べて飲んだのであった。
「そうだ、お兄様達のこと忘れてたわ」
本来の目的の方に目を向ける。私としては別に忘れていても構わなかったのだが。
「あら?」
エドワードもレティシャも、髪色と服装こそ普段と違うものであるが、逆に言えばそれ以外は変わっていないということでもある。特にレティシャは美人であるからして、町人の格好をしようが目立つ。つまりそれがどういうことを引き起こすかといえば……
「絡まれてますわね」
「そうだな、絡まれている」
人が集まり、発展した町には様々な人間が訪れる。商人、旅人、出稼ぎの農民、一旗揚げようと意気込む若者、そんな人々食い物とする犯罪者まで。フェルディナント家も治安維持対策を打ってはいるが、やはりそれにも限界がある。出来れば水際で止めたいものだが、正規の方法で入ってくる者には無理な話だ。例えばそう、今二人に絡んでいる傭兵達のような連中はまさにその代表格であった。
傭兵という稼業自体はなんら問題のないものだ。ただし、内容によっては犯罪となる仕事も、戦場のど真ん中に放り込まれる仕事も当然ある。従って傭兵になるような連中とは、基本的にそういったことを気にしない、荒っぽい、もっと言えば馬鹿で野蛮な人間が多い。
「無粋ですわね」
「まったくだ」
大衆酒場には多くの人が集まる。騒々しい上に、時には喧嘩だってある。しかしああしてこれ見よがしに武器を持ち込み、ましてや男女に絡むなど、言語道断であった。
エドワードは領主一家の嫡男である。この町を愛しているし、町民達も愛している。故に町で騒ぎを起こすことを、町民の安寧を乱すことを嫌う。これがもしもエドワード一人であれば、きっと穏便に済ませていたことだろう。なんなら一杯奢って、仕事の話でも聞かせてくれと、仲良く話していたかもしれない。しかしそうはならなかった。
きっかけは、傭兵の一人がレティシャの肩に手を置いたことである。その瞬間傭兵は吹き飛び、壁の味を知ることとなった。
「てめえ!何しやがる!」
酒場にいた者全員が騒然とする中、仲間の怒号が響く。しかし怒号を向けられた本人は、かつてない形相で叫んだ。
「俺の女に!触んじゃねえ!」
先の傭兵よりも大きく、力強い声であった。
「あらあら、まあまあ」
「ほう、言うじゃないか」
意外な宣言だった。この二年でそれなりに進展した二人の仲であるが、明確な恋仲ではなかった。エドワードもレティシャも、互いがそうしていると知らず、二人ともがセシリーに相談を持ちかけてくるらしい。セシリーも半ばうんざりしているようで、話を聞いた後はよく私に愚痴を吐きにくる。傍から見ればさっさと結婚でもなんでもしてしまえと思う限りだが、本人達はどうも踏ん切りがつかないようだった。
特に大きな問題は、やはり家同士の関係であろう。フェルディナント家と、それに反目する勢力の統領たるローレンツ家。その嫡男と嫡女である。立場を考えれば恋仲になることは憚られ、かといって思いに蓋をすることもできない、そんな半端な現状であった。互いに相手を好いているし、相手が自分を憎からず思っていることも分かっていように、未だ交際の申し込みもしていないのはそのせいだった。
最もこれは本人達がそう考えている、という話でしかないのだが。こういうところがまだまだ足りん部分だなと、内心でランデル殿を労う。ランデル殿の気苦労と、男を見せたエドワードのために一肌脱ぐいでやろうと、私は一触即発な空気に割って入った。
「ここをどこだと思ってやがる、馬鹿者共が。おいお前、ここはそんな無粋な物を抜く場所じゃないぞ」
剣に手をかけていた傭兵に言い放つ。
「ルクス!?なんでここに!?」
「うるさい、どうでもいいだろうそんなことは。さっさと行け。エドワード、男なら、その務めを果たせ」
それ以上言うことはないと、傭兵達に向き直る。
「……分かった、ありがとなルクス。行こう、レティ!」
エドワードはレティシャの手を取り駆けて行った。
「女のために吼えるとは、いい男になったなエドワード」
弟子の成長に思わず感傷に浸ってしまう。
「てめえ!邪魔しやがって!」
なんとまあ、あまりにも検討はずれな言葉に呆れてしまう。
「阿保か、元より邪魔はお前達だろうが。酒に酔ったか、力に酔ったか、それとも血に酔ったか知らないが、アイツらは、お前達が気安く触れていい奴らじゃないんだよ!」
一人の懐に潜り込み足払いをかける。同時に腕と胸ぐらを掴み、背中から床に叩きつけた。私の戦う手段は別に魔法だけではない。伊達に三百年以上も生きていない。
「俺はな、お前達のような馬鹿で阿保で愚かで知性も品性もない奴らが大っ嫌いなんだよ」
「あらルクス、気が合うわね。私もこの人達、大っ嫌いよ」
水を操り一人を溺れさせながら、セシリーは隣に立つ。そうやら兄の逢引きを邪魔されたことに大層腹を立てているようだった。
「おい、殺すなよ」
「分かってるわ。ただ、お仕置きは必要でしょう?ふふっ」
目だけは笑っていなかった。
「自在に魔法を扱う、男と年若い女。そうか、あんた達、フェルディナントの……」
「おっと、それ以上言うなよ。俺達はただの客さ。それでいいだろ?」
「あ、ああ」
「すまないなオヤジ。こいつら適当に兵士に突き出しといてくれ。そんで騒がせた詫びだ。これで皆に一杯振る舞ってやってくれ、勿論特製をな。釣りは取っといてくれ、迷惑料だ」
そう言って銀貨を数枚握らせ、セシリーを伴い店を出る。
「またのお越しを!」
「あそこ、いいお店ね」
「そうだろう」
「ええ」
「また来るか?」
「うん!」




