特別編:ぼくのきれいなおよめさん
『メリー、メーリー……』
『はい、アルヴィン殿下。おねむですか?こちらへどうぞ』
王太子であるアルヴィンがうっすらと覚えている一番古い記憶といえば、優しい歌声といい匂いのする柔らかな感触。
成長した彼が後々思い起こせば、あれはその美しい声の主である彼女の胸に抱かれて、子守唄でも歌ってもらっていたのだろう。
しかし曖昧な記憶の中では、そのふにふにした感触をきっちりと思い出せない。
もう一度、ぜひあの柔らかさを堪能したいっ……そう思ったアルヴィンは、再度記憶の波の中に身をゆだねようと、ギュッと目を強く瞑った。
『殿下、殿下殿下ぁあー、ちょっ、よだれ垂れちゃってますよぉ!あっ、あー、ダラダラ……』
がしかし、蓋を開けようとした記憶の隅から、聞きたくもない声が響いたのにびっくりして、うつらうつらしていた頭が急に覚醒した。
うん。ここはシャットアウトでいい。思い出せなくて良かった。思い出してなどいない、絶対に!
と、ふるふると頭を振り回し、先程の甲高い声を追い払う。
部屋の暖炉上に置いてある時計を見やれば、いつもならまだ眠っている時間だが、ついでだと思いベッドから体を起こした。
どちらにしても今日のアルヴィンの予定は、メリズローサとの面会だけだ。
いや、本来なら一般知識や王政の為の勉強、体力作りを兼ねた乗馬や狩猟など分刻みのスケジュールでこなさなければならないことは山ほどある。今年11歳になるアルヴィンだが、王太子という地位に甘んずることなく、日々良き王になるための修練は欠かさない。
けれども、毎日会うことが叶わない彼女との時間を少しでも多くしたいと、日々予定を詰めに詰めてやるべきことを前倒しにして、18日毎に一度しかないこの面会日を丸々開ける努力をしていた。
物心ついた頃には、アルヴィンの記憶の中にはすでに彼女がいた。
淡い栗色の髪が風にたなびく姿はまるで天使の様に美しく、透き通るような白い肌は壊れやすい白磁の様だ。そこに落ち着いたアンバーの瞳が、とても優しげな光彩を放っている。
その人の名は、メリズローサ。プライルサン侯爵家の令嬢だ。
年の頃なら17~8歳、といった見た目なのだが、正直その年齢が正しいのかはアルヴィンには全くわからない。
なぜなら彼の記憶では、おそらく3歳の頃からだが、そのメリズローサの容姿が変わることは一切なかったからだ。
王宮の隅に建てられた、白の離宮に住まう彼女は、この8年間全くといっていいほど様子が変わらない。少なくともメリズローサは相も変わらずの美しさと可愛らしさで、毎回アルヴィンを優しく迎えてくれる。
しかし幼少期ならともかく一般的知識が増えてきたアルヴィンも、ようやく最近になってこれは少しおかしくはないかと思うようになってきた。流石にこの8年という歳月は少女という殻を脱ぎ捨てて、大人の女性へと変貌してもいい頃だ。
実際、従姉妹にあたる公爵令嬢は毛虫が蛹、蛹が蛾に変化するようにその容姿を変化させつつある。
つまりなにが言いたいかといえば、アルヴィンがずっと姉のように慕ってきたメリズローサだが、童顔といっても限度があるだろうということだ。
そう考えた彼は、今日こそはその正体を知りたいと、とある計画を画策していたのだった。
***
「本当に行かなければなりませんか?アルヴィン殿下」
「構わん。付いてこい」
王太子らしく鷹揚に答えるアルヴィンに対して、御付きの従者であるビーバリオ・トランドがそれはそれは嫌そうに言い放った。
「いえ、私の方が構います。何故私が女装して付いていかねばならないのですか。頭大丈夫でございますか?殿下」
言葉使いはそれなりに丁寧だが、言っていることは割とぞんざいなビーバリオは、こう見えても王太子たるアルヴィンの近侍の者としては一番の出世頭だ。
シルバーグレーの髪にブルーグレーの瞳という見た目もそこそこいい上に、とにかく頭がよく処理能力にたけている。王太子付きの侍従として王宮で暮らしながら執務のことも学ぶ、今年15になる少年だった。
「当たり前だろう。僕のどこがおかしいというのだ。お前には、近くでメリズローサをしっかりと観察してもらい、その正体をつきとめてもらうのだ」
計画と言っても所詮11歳の少年の考えること、そう大したものではなかった。
そんなまどろっこしいことをしなくても、気になるなら国王陛下か王妃殿下に直接聞けばいいのにと思わないでもないビーバリオであったが、まあ流石にお立場とご公務があるからそんなに簡単にはいかないであろう。だったら仕方がない。
それに王太子アルヴィンと数名の古参侍女以外は立ち入り禁止を徹底されている、白の離宮に全く興味がないわけでもないのだからと考え直す。
そうしてお子様の茶番に付き合うかと、侍女のスカートを渋々と履きだした。
*****
「今日は随分とお早いおでましですわね、殿下」
「うん。少し夢見が悪くて早く起きてしまった」
「まあ、大丈夫でしょうか?何かお気にかかることでもありましたか?」
アルヴィンが白の離宮の門へと向かい呼び出しのベルを鳴らすと、頬を上気させたメリズローサがやってきて、早速アルヴィンへと声を掛ける。本当に優しい彼女は心配そうに、そう彼を気遣った。
いや、大したことではないと口にしようとしたその時、大きな声で横やりが入った。正にあの、夢見が悪くなった元凶の声が。
「やだーっ、お嬢様それ以上突っ込んじゃいけませんよ。殿下への失礼に当たりますって!大丈夫ですよ、殿下。今日はかなりお天気もいいですからね、布団もすぐに乾きますって」
「何がだ、おいっ!」
「え、言わせないでくださいよ。不敬罪になっちゃいますって」
もうすでにその言葉が不敬だと言ってやりたいのだが、メリズローサがその意味に気が付いていないようなのでグッと我慢し無視をした。
アルヴィンはどうにもこのカリンというメリズローサ付の侍女が苦手でならない。
大体がこんなからかい事など序の口で、記憶にあるだけでも池の中に突き落とされたり、せっかく持ってきたメリズローサへのプレゼントを台無しにされたりなど、結構なことをやられている。
けれども何故かメリズローサのお気に入りの様で、一向にその側を離れることはないようだ。
だったら少々の蛮行もやむを得なしと、アルヴィンもその不敬すぎる行いを容認するしかない。
そういえばカリンも容姿が変わらなかったかな?
と一瞬思わないでもなかったが、正直覚えていないしどうでもよかったので気にしないことにした。少なくともその行いと性格は全く変わってないことは確かだから、アルヴィンからしたら余計にどうでもいい。
カリンとのやり取りに、むぅっと口をすぼめていると、横からトントンと指で突つかれた。
「殿下、殿下っ」
「なんだ、うるさいな」
「うるさいって、殿下そんな……」
「あら、今日のお付き添いは初めての方ね」
そうメリズローサに尋ねられて気が付いた。そういえば、彼を忘れていたな、と。
振り返れば、侍女の格好をして所在無げに立っているビーバリオがいた。
元が線の細い美少年だけに、スカートが様になっていて、パッと見は十分女の子に見える。この白の離宮には男は絶対に近づけないようにと、アルヴィンの両親である陛下と妃殿下、それから侍女長には口を酸っぱくして言われているから、やっぱり女装させてきて正解だったと思って頷いた。
「ああ、最近側に仕えるようになった、ビー……バーだ。まあそんなことはいい。さ、入るぞ、メリー」
アルヴィンが離宮の門の向こう側に立つメリズローサと正面に相対し、首をくいっと上げる。
すると、ほんの少しだけビーバリオの方を気にしながらも、メリズローサは優しいキスをアルヴィンの唇に落とす。
そうして、いつも通りの白の離宮の生活に入った。
*****
「殿下っ、殿下アールヴィン殿下アルヴィン殿下っ!」
「うるさいっ!一回言えばわかる。何度も呼ばれると自分の名前がわからなくなるわっ!」
「いやいやいや、なんなのですか、今日のあの麗しのご令嬢は!?」
ビーバリオの言っているご令嬢とは、勿論メリズローサのことだ。
今日の今日まで、白の離宮には完全無欠の侍女長と口の堅いと評判の古参侍女数名しか帯同したことはなかったから、若い侍女たちの話題にも上らなかったのだろう。王宮住まいのビーバリオでも知らなくても無理はない。
今日も夕方までメリズローサと過ごしたアルヴィンは、ご機嫌で王宮へ帰ってきた。そうして明日の予定のチェックをしていたところで約束の時間となり、ビーバリオが勢いつけてアルヴィンの自室へと飛び込んできてからの、このセリフだ。
「メリズローサのことか。プライルサン侯爵家の娘だ。そう聞いた」
「あの、頭皮がだいぶヤバい?プライルサン侯爵の!?」
いや、それは関係ないな。そう突っ込みを入れたかったがアルヴィンは黙っておいた。
プライルサン侯爵の頭頂部がなかなか危ない状態なのは間違ってない。
しかしそれ以上にビーバリオのテンションもかなりヤバい。
もう少し冷静なタイプではなかっただろうかと、アルヴィンが考えていると、更にハイテンションで語り始めた。
「いやー、本当に美人です。目の保養になりました。特にアレですね、あの、盛り上がり方がもう……」
一人にやにやしながら胸のあたりに両手で山を作る。確かに客観的に見てもメリズローサの胸は大きい方だろう。今は昔の思い出だが、触り心地も良かったはずだ。
けれども他の者にそう言われるとなんとなくイラッとして激しくムカついた。
だからアルヴィンは、いまだに胸元に両手を置いてぼーっとするビーバリオの足の脛を思いっきり蹴飛ばした。
「痛っ!た……何をするのですか、殿下!?」
「やかましい。何のためにお前を連れて行ったと思ってるんだ?で、どう感じた、メリーのことは」
「素晴らしいです!」
胸に置いた手がいっそう膨らんでみせたのに、更に腹を立てたアルヴィンが、もう一度大きく蹴り上げる。
「っだー!」
「それ以外だ!他には!?」
蹴られた右足を抱えながら、片足でぴょんぴょんと跳ね上がるビーバリオは、酷いですよ殿下と訴えるが、仁王立ちで見据えるアルヴィンは全く意に介さない。
少しだけ口をすぼめながら、なんとかビーバリオは言葉を探して答えることができた。
「他に、っと言われましても、メリズローサ様には全くおかしなご様子は見受けられませんよ。……侍女の方は、まあ少し奇妙かなって思いましたけれど」
「……そうか。おかしくは見えないか」
メリズローサをおかしくないと言われてホッとした。けれども、アルヴィンが疑問に思ったのは、彼女が年を取らないことだということを失念している。
そもそもそれは一日会っただけのビーバリオにわかるはずがないのだ。
「ただ……殿下が白の離宮に入っていかれてから、私も後を追うために時間を置いてこっそりと入り込もうとしましたが何度挑戦してもダメでした。同じ場所にしか出られないのです。昼餐を運んできた侍女長に見つかりそうになったので慌てて逃げましたけど、あそこは何かが変ですよ」
つまりビーバリオはメリズローサではなく、白の離宮の方をおかしいという。
流石に神童と呼ばれ、早くから王太子の側付きにとなっただけはある。あれだけの時間で的確にアルヴィンの意図を受け取ったということだった。
「そうか、そっちなのか……」
メリズローサと会える日は、ついついそれだけに意識がいきがちなだけにその考えには到らなかった。
そういえば、侍女長や他の古参侍女にしても、一度たりとて白の離宮に足を踏み入れたことはない、常にアルヴィンだけが離宮に入るのだ。
それも単にアルヴィンとメリズローサの邪魔をしないためだと考えていたが、それならばアルヴィン的には真っ先に排除されるべきカリンがあの場にいることがおかしい。
そんなことを考えていると、なんとも緩んだ顔をしたビーバリオがにやにやとアルヴィンを見つめていた。
「……なんだ、何か言いたいことがあるのか?」
「え、言っても大丈夫ですか?怒りませんか?殿下」
「話による」
「じゃあやめますね。殿下、おやすみなさいませ」
くるりと踵を返し急いで扉に向かおうとするビーバリオのお尻にアルヴィンはグーパンチを食らわせた。
ふぎゃっ!と声を上げてつんのめるビーバリオは、渋々と振り返りアルヴィンに向かい合った。
「いやですね、殿下って、毎回あんな美人と、むちゅっとですね、えへへ……キッスして、こう……むらむらっとか、しません?」
「……………………はぁ?」
アルヴィンのその素っ頓狂な声に、ビーバリオは気がついた。あ、これまだじゃん、と。
「あっ、いや、待ってください。うん、聞かなかったことにしてくださいっ!じゃあ今度こそお休みなさいませーっ!」
呆気に取られているアルヴィンからさっと逃れて部屋から脱兎のごとく逃げていく。
一体あいつは何を言いたかったのだと、ビーバリオを大きくバカにしてアルヴィンはようやくベッドへと潜り込んだ。
ああ、これでまたメリズローサに会えるのは18日後になる。
夜の帳に包まれそう思うと、先がとても長く感じてしまうのだ。夢うつつの中で、今日のグリーンのドレスはとてもよく似合っていたが、王宮に来る貴族の令嬢たちの流行とは少し違っていたことを思い出す。
次の次の面会くらいまでには新しいドレスを用意してプレゼントをしてやろうと心に決めてアルヴィンは眠りに落ちていった。
***
気がつけば一面の霧の中で波間にたゆとう小舟に乗っている。ぼおっとした頭で周りを見回すと、アルヴィンの目の前にはメリズローサが目を閉じたままで横たわっていたのだ。
どうしてここに?そう思うよりも早く、アルヴィンはメリズローサへと寄り手を添えた。
メリズローサ?どうしたメリズローサ!そう声を上げるが真白の霧に吸い込まれ音にならない。だったらと、自分の唇をメリズローサのそれへと近づける。
どうしてそうしたのかはわからないが、おそらくはいつものようにキスをすればその後で、彼女がにっこりと自分へ笑いかけてくれると、アルヴィンはそう考えたのだろう。
ちゅっと、軽いリップ音を立ててキスをしたが、それでもメリズローサは身じろぎもしない。ただ、白い瞼を彩る長い睫毛だけが揺れていた。
もう一度、と今度はもう少し長く唇を押し当てれば、むにゅんと柔らかいだけでなくしっとりと熱を持ったそれがあまりにも気持ちよく思ってしまう。
すると自分のお腹の下あたりに今までに感じたことのない熱と重みを覚える。
それがじわりじわりとアルヴィンの中で膨れ上がってくるのと同時にゆっくりとメリズローサの瞳が持ち上がってきた。その美しい琥珀の瞳が開ききり真正面で目が合うと、アルヴィンの熱が一気に吹き上がる。
そうしてアルヴィン11歳、初めての夜の暴発事故と相成ったのであった。
それからというもの、たびたびアルヴィンの夢の中にはメリズローサが出現するようになる。
シチュエーションはまちまちだが、必ず最後にはキスをするのだ。そしてお察しの出来事が起こる。
王太子の嗜みとして性教育の授業は当然受けているアルヴィンだが、まさか自分がこんなに無節操だとは思わなかった。
ビーバリオではあるまいし夜な夜な下着を濡らす真似などするわけがないと。しかも、メリズローサとのキスで――
そうアルヴィンにすれば今一番の問題はそこである。
とりあえず最初の暴発から次の訪問日、そして前回までの二回はなんとか無事だった。メリズローサと目を合わせないようにして急いでキスをしたからなんとか持ったのだと思う。
しかしメリズローサとキスをする夢だけで暴発事故が起こるのだ。それももう今ではほぼ毎日。
まさかとは思うが、もし万が一メリズローサと過ごす予定の日に、彼女とキスをしたその時、暴発事故が起こってしまったら……?
ぞぉおおっと背中に悪寒が走る。しかもカリンが百人集まって騒ぎながらダッシュしているかのような感覚だ。
もしもカリンにバレたら軽く死ねる自信がある。いや、メリズローサにも勿論バレたくはない。こんなことで毎夜下着を濡らしているだなんて知られたらきっと白い目で見られるに決まっている。
どうやって今度の訪問日にメリズローサと顔を合わせればいいのだと、アルヴィンがもんどりうって悩んでいる間にも、白の離宮へ訪ねる日が来てしまう。
今までは指折り数えて楽しみにしていた日だというのに、こんな状態になってからというものこの日が来るのが苦痛で仕方がなかった。まるで死刑台への連れていかれるような感覚に足取りは重く動きが鈍い。
ようやく白の離宮へとたどりつくと、すでに門扉で待っていたメリズローサが待ちかねたと言わんばかりの輝くような笑顔でアルヴィンを呼んだ。
そうしていつものキスをするために顔を近づけたその時、アルヴィンの両手が上がってメリズローサの体を押して避けたのだった。
「もうしたくない!」
思わずそう叫んでいた。
「で、殿下?」
「もう、……キスなんてしたくないっ!」
何が起こったのかわからず戸惑うメリズローサへと追い打ちをかけ、アルヴィンは脱兎のごとくその場から逃げ出した。
***
「まったく、このガキんちょは、もう……」
白の離宮から逃げ出したアルヴィンが、自分のベッドで布団をかぶり虫のように丸くなって籠っていると、侍従のビーバリオがノックと共に部屋に入り込んで不敬な言葉を吐き出した。しかしそれも最近のアルヴィンの状態を知っているからこその言葉だ。
「遠目で覗い……見守っていましたけどね、あれじゃあメリズローサ嬢がお可哀想ですよ。わけがわからないって顔で呆気にとられていました」
「ぐずっ……ひ、覗くなあっ、バカものぉ……」
「あ、怒るのはソコなのですね。じゃあわかっていらっしゃるのでしょう?ご自分のどこが悪かったのかどうかくらいは」
それくらいは最初からちゃんとわかっていたアルヴィンは、布団の中で小さく頷いた。
もう自覚していたのだ、メリズローサのことが好きで好きでたまらないということを。
当然それは小さい頃から自分と遊んで面倒を見てくれていた姉のような存在とではなく、一人の女性として好きなのだと。
だからこそどうしようもなく落ち着かずに、逆にメリズローサへと当たりつけるように接してしまった。
「あのですねえ、大人の男性はまず、好きな女性を守ってあげられるようにならなければなりませんよ。あんな暴言は言語道断です」
「うん……うん」
「次はちゃんと謝ってきましょうね」
「わかった」
ビーバリオと話している内に、段々とアルヴィンは気持ちが落ち着いてきた。
これが侍従長のように年寄りに言われるのとは違って、歳近い兄くらいの年齢のおかげだろう。
「だいたい、あんなに美人で胸が大きいんですから、ちょっとくらいむらむらしたって恥ずかしいことじゃありません」
「…………ん?」
段々おかしな方へ向かっていく気がする。
「だから、ちゅーくらいいいじゃないですか。ラッキーっていうくらいの気持ちでぶちゅっとしてきたらいいんですよ。あーホント羨ましい」
「おい」
「あ、これどうぞ。貸してあげますので綺麗に使ってくださいね」
呼び止めるアルヴィンの声を遮って手渡すのは、最新の銀板写真を使ったポートグラフをまとめたものだった。
「私の厳選したポルノグラフです。ヒトリの夜用ですが、行く前に使用してヌイてけばよろしいかと思いますよ」
「……っ、誰がっ、使うかーっ!!」
思い切り叫んで力の限りその手の写真をビーバリオに向けてぶん投げた。
まとめると結構な鈍器になったようで、直撃したビーバリオはその場でノックアウトしているようだがアルヴィンは後悔しない。むしろ何だか少しスッキリしたくらいだ。
アルヴィンがビーバリオを扉の外に放り出していると、今日の話を報告された国王夫妻が慌てて彼の私室へ飛び込んできた。そこで初めてメリズローサと白の離宮の秘密を聞かされたのだった。
つまり、メリズローサはアルヴィンの正式な婚約者であり、彼が彼女の年齢に追いつくまで白の離宮にとどまってもらっているということを。
そして、その解除方法まできっちりと説明を受けた。
そこまでしっかりと話をきけたことによって、アルヴィンの目の前は一気に晴れきった。あの美しく可愛らしいメリズローサは元々アルヴィンのものだったと知ったから。
僕のお嫁さんになるのだ、メリズローサは――
よし。次の訪問日にはメリズローサへ謝ろう。そうしてきちんと目を見てキスをするのだ。
そう心に決めていると、自然と気持ちが浮きたってくる。そうしてまた日にちを数えるアルヴィンの毎日が始まった。
愛しい婚約者に会うのだから、もう我慢もしないし恥ずかしいとも思わない。
ようやく迎えたその訪問日、替えの下着をポケットに突っ込み、意気揚々と白の離宮に向かったアルヴィンは知る由もなかった。
前回の言葉にショックを受けたメリズローサがふて寝して出迎えてこないということを。
そして自分が恥も外聞もなく、天敵カリンへ向けて土下座をし、メリズローサを連れてきてほしいと頼み込むことになるということを……
***
あの悪夢から7年、アルヴィンの隣には彼の綺麗な綺麗なお嫁さんが座っている。そしてなぜか目の前にはポルノグラフ。
「殿下、新しい厳選集が出来ましたがお使いになられますか」
「使わねーって言ってんだろうが!!この野郎っ!ビーバリオ、お前わざとやってんな!?」
「いいじゃないですかぁ?お嬢様のご懐妊中、大変でしょ。下着の替え持ち歩くのもぉ」
ぐぶっ、と息を吐き出すアルヴィンを、お腹を大きくしたメリズローサが憐みの目で見つめながらたしなめる。
「アル、ダメよ手を出しては。こう見えてもカリンだって私と同じ妊婦なのだから」
「うえーい!だからお嬢様って大好きなんですよぉー。あ、ビーバリオ様は使ってますよ、殿下。なかなかいい具合のようなんで、どうぞ安心してお使いくださいね」
いつの間にか付き合って、あっという間にビーバリオと子づくりしたカリンは、アルヴィンとメリズローサの子どもの乳母の座をちゃっかりしっかり狙っている。
ひくひくと頬がひきつるアルヴィンの悪夢は、まだまだ末永く続きそうだ。