73話
突っ込むフィーザー達を見て、ボールスはまた大気を揺らしているかのような笑い声をあげた。それが治まると、この状況を楽しんでいるかのような、何か歌のようなものまで歌いだした。
それは、初めておもちゃを得た子供のようなものだったのだろう。自分の力を試したくて仕方がないのだ。せっかく手にした力。ストーリアやミルファディアの地で振るう前に確かめておこうかといった程度の認識なのかもしれない。
「所詮、俺達程度の相手など、遊び半分でしかないのだろう」
レドの言う通り、溢れる力により全能感に近いものを感じていたボールスは、この戦闘そのものに特に意義を感じてはおらず、向かってくるならば暇つぶしでもしてやるかという気まぐれだったのかもしれない。
「だがそれすらも今は好都合。ミルファディアにいるうちに決着できる可能性が残る」
ディオスは向かってくる腕のようなものを、ブラスターによって焼き切る。反対側ではレドが、広がり、自分たちを囲い込もうとしているのかのごとく、絶え間なく行く先の空間を占有している同じく触手のようなものを細切れに切断した。
その間も、フィーナによりブーストされた魔法により、フィーザーとフローラは限界以上の魔力を引き出してボールスに向かって飛翔を続けており、セレスティアとメルルが必死になって、掛かる重力や空気抵抗を限りなく減らしていた。
高速飛行により、実際には数秒であっただろうにもかかわらず、フィーザー達には数時間にも感じられていた。
「ぷはぁあ!」
自分たちに向かって氷柱のごとくに降り注ぐ光の矢をかいくぐり、ようやくボールスのおそらくは頭部の前へと辿り着く。顔を出した瞬間、メルルとフローラは大きく息を吐き出した。
ボールスの4つに増えていた瞳がぎょろりと動き、フィーザー達を捉える。
間髪入れずにディオスがブラスターを撃ち込む。
「まずいな‥‥‥」
ブラスターはボールスの瞳の1つを潰すことには成功したが、ディオスは顔をしかめて自分の腕の調子を確かめるように、握ったり開いたりを繰り返す。
「兄様、もしかしてエネルギーが‥‥‥?」
ディオスは全身のほとんどを義体化してはいるが、健常な人間と同じように食物からもエネルギーを分解して取り出すことが可能である。それ故に、ミルファディアに来てからもタンパク質や水分等をとることで、電源がとれずとも活動を続けることは出来ていた。
しかし、当然だが、戦闘ともなれば通常の生活ではありえないようなエネルギーを消費する。ブラスターは無限に撃てるわけではなく、プラズマフィールドを無限に維持できるわけでもない。
すでにディオスはナノマシンから得られる自動修復のエネルギーまでも戦闘に利用し始めており、壊れてしまえばヴィストラントの自宅か、専門の施設に入らなければ、ナノマシンの補給が出来ず、修復が働かない。
「‥‥‥大丈夫だ。もうしばらく、こいつを排除するまでは止まるわけにはいかない。勘違いするんじゃないぞ、メルル。お前を護っているから余計なエネルギーを使っているなどということはない」
ディオスは片方の視界にボールスの動きを捉えながら、もう片方の瞳をメルルへ向けて、そんな場合ではないにも関わらず、メルルの髪を優しく撫でた。
「それに、こいつを倒し終えた後、もし動けなくなったとしても、お前が直してくれるだろう?」
「家にはナノマシンの培養はそれこそ無限にありますよ。ここのところ、兄様は戦われることが多かったですから、いつもよりも多めに作りためておくことにしているんです」
メルルは得意げに成長途中の胸を張る。
ディオスが運用により得ている資金はすでに兄妹が一生暮らしていくには十分な額を稼ぎ出している。しかし、不測の事態に備えるという意味でも、いまだにディオスは増やし続けているのだが。
もちろん、合法的な手段で、である。自分だけならばともかく、メルルまでをくだらないことに巻き込むことをディオスが良しとするはずはなかった。
そのため、ナノマシンは、医療用から何から幅広い用途で使われるため非常に高価になりやすいにも関わらず、メルルはディオスのために暇を見つけては自宅で、或いは学院でも研究に勤しんでいる。
「いつも助かっている」
ナノマシンに任せきりにするのではなく、メルルも勉強のためにもと、ディオスのメンテナンスや修復を手伝うことが、最近は多くなってきていた。滅多なことでは傷つかないはずのディオスの義体が傷つけられるということは、それだけ激しいことがおこなわれていたということでもある。
この短い期間にも、メルルの技術は、フィーナと関わる以前よりもかなり上がっていた。
「兄様の世話を焼くことは私の権利ですから」
ディオスがメルルを抱き寄せて、攻撃を躱しつつジャンプして着地すると、背中がレドとぶつかった。
「もう少しだが、大丈夫そうか?」
レドは剣を振るいながら、なんと迫る魔法を一刀のもとに切り裂いた。
「剣そのものに付与魔法をかけているの。この場合だと剣に魔力障壁、魔力シールドの魔法をね。あれは魔力を絶つ魔法って、ちょっと矛盾しているかもしれないけれど、ようするに魔力、魔法を防ぐことが出来るのよ」
わずかに目を見張ったディオスの様子を感じ取ったのか、長く続くものじゃないから適当なところでかけ直さなくちゃいけないんだけどね、とセレスティアが解説する。
「自分じゃない身体に使うのも、リスクが大きいからおすすめは出来ないわね。ここ、ミルファディアに来てから大分馴染んでいるとは思うけれど、それは魔法師である私の感覚だし、失敗したら、最悪の場合」
セレスティアはその先の言葉を飲み込んだが、レドもディオスもその先をセレスティアに言わせようとは思っていなかった。
ようやく眼前に辿り着いたフィーザー達を視界に捉えたらしいボールスの瞳と思われる部分が怪しく光り、口が大きく開かれた。




