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72話

「いたずらに消耗戦を続けてもおそらくこちらに勝ち目はないわ。やるなら一気に決めてしまう必要があると思う」


 ボールスの攻撃を掻い潜りながらセレスティアが声を上げる。実際には大声を出しているのではなく、振動の魔法によりフィーザー達だけに届くように届けているのだ。

 今でこそ、なんとか攻撃を受けずに戦うことができているが、一度でも避けそこなえば、もしくは障壁の強度が足りなければ致命傷は免れないだろう。いや、まず間違いなく致命傷となる。ボールスからはそんな必殺の威力を持った攻撃がいくつも繰り出されていた。

 あの形状へと変化したボールスの体力がどれほどなのかは分からなかったが、ここにいる誰より下ということはないだろう。

 攻撃が通じるということと、実力で勝るということはあまりにも違い過ぎる。フィーザー達の攻撃は通じてはいるが、あまり効果はないように思えていた。

 唯一、確実に勝っている、勝つことが出来るだろう部分は魔力量である。

 ボールスはフィーナの力を恐れていた。

 つまり、フィーナこそがボールスを倒す鍵になりうるかもしれないのだ。

 フィーナの魔力変換効率と、このミルファディアの地の魔力を考えれば、おそらくはストーリアでも無限に近かった魔力量はボールスのそれを上回ることが出来るだろう。

 もちろん、フィーナが本当にその膨大な魔力に耐えることが出来れば、の話ではあるが。


「‥‥‥私がやります」


 覚悟を決めてしまった瞳でフィーナが神妙に告げる。

 その声は決して大きいものではなかったが、ボールスの発する声に負けることなく、フィーザー達の耳に届けられた。


「‥‥‥もとはと言えば、そもそも私がフィーザーとフローラに助けを求めてしまったことが、皆を巻き込む原因となってしまったのです。その責任はきっちりと果たします」


「そんなことは責任とは言わない!」


 フィーザーは防御することをやめてフィーナの両肩を掴んだ。


「お兄ちゃん!」


 叩きつけられる雨のような光弾を、フローラとセレスティアのシールドが押されながらもなんとか防ぐ。

 フィーザーの言葉に乗せられた想いを理解してなお、フィーナは主張を変えず、静かに首を横に振る。


「いいえ。私が彼らの元から逃げ出さなければ今回のような事態は避けることが出来たでしょうから」


 そしてフィーザーも、フィーナの意志が固いことははっきりと悟っていた。それでも説得せずにはいられなかった。


「誰にだって自由に生きる権利はあるんだよ。フィーナは自分の心に、自分の気持ちに素直に従っただけじゃないか。そこに落ち度があると考える人は、少なくとも僕の周りにはいないよ。それにフィーナはもう僕たちの家族じゃないか」


 フィーナは触れたら壊れてしまいそうな笑顔を浮かべて、フィーザーの頬にそっと手を添えた。


「ありがとう、フィーザー。フィーザーは今までずっと私を護ってくれて、不安な時には一緒にベッドに入れてくれたりもして、いつでも本当に嬉しかった。だから今度は私の番」


 フィーナはフィーザー達に背を向けると、降りしきる光弾の中、真っ直ぐに宙へと浮かび上がる。


「大丈夫。元の世界、ストーリア、そしてヴィストラントへと戻る扉は開けるようにしておくから。今なら私、やり方が分かる気がするの。でも、今開くと彼も一緒に出て行っちゃうだろうし、それは彼が消滅してからにしてくださいね」


「それは君も消滅するってことだろう!」


 フィーザーは引き留めるようにフィーナの手を掴む。


「一緒にいようと、一緒にいると約束したじゃないか」


「大丈夫、私はきっとあなたのところに」


「それは嘘だよね」


 フィーザーがそう告げると、フィーナは微笑みをわずかに曇らせた。


「‥‥‥フィーナはさ、僕が代わりに残るって言ったらどうするつもり?」


「フィーザーには、いえ、私以外の他の誰であろうとも、不可能な仕事です。私でなければいずれ世界は混じり合ってしまいます。そうなればどうなるか‥‥‥。それをあなたが分からないとは思えません。そして、その選択をあなたがとらないことくらい」


「でも僕は、代わりに残るとは言わないよ」


 フィーナは数度目を瞬かせた。

 会話の流れからして、フィーザがそういう結論を出すのだろうと予測し、それに対する反論を考えていた。

 ゆえに、次のフィーザーの行動に対する反応が遅れる。


「僕も一緒に行くよ。一緒に行けばきっとフィーナの負担も少しは減るだろう?」


 フィーザーはフィーナの手を握ったまま、静かに宙へと踏み出した。


「私も行きますよ!」


 間を空けずにメルルが元気に挙手して、意志を表明する。


「私にだって魔法が使える、魔力が扱える可能性があると証明してくれたのはフィーナさんじゃないですか」


「メルルが行くのなら俺も行こう。妹の決意を無にするわけにはいかないし、ついて来られないことを理由に断られたら嫌だろう。だから、俺が連れて行く。無論、断っても構わないぞ。その場合は勝手について行くだけだからな」


 こういう場面で、いつもなら危ないからと、そもそも行くことを阻止しようとするだろうディオスも間髪入れずに賛同の声を上げる。

 ディオスはメルルを抱きかかえると、反重力装置を起動して宙に浮かび上がる。ディオスの使うプラズマシールドのちょっとした応用だ。


「扉を開いてくれるのなら、私たちも行かないとヴィストラントに帰ることが出来ないわね。その途中で、もしかしたら、偶然、誰かを助けることも、絶対ないとは言い切れないわね」


「お兄ちゃんが行くなら私も行くよ。こんな経験二度とできないかもしれないし」


「ここまで来た以上、俺も最後まで付き合うぞ。強者との戦いも望むところだしな。アーサーとの再戦にむけて、少しでも実戦経験は積んでおきたい」


 フィーザーとセレスティアが全体を対象に飛行の魔法をかけると、フローラがそれを補助する。


「分かりました。一緒に行きましょう」


 フィーナがその魔法をブーストして、フィーザー達は一塊になってボールスへと突っ込む。

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