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70話

 そのわずかな焦りが隙となる。

 追いつかれ、手の届く範囲に入ったフィーザーとフィーナを逃すまいと、ボールスは手を伸ばす。バインドは吸収され、結界でも閉じ込めることは出来ない。ならば、残るは自身の手で直接屠るしか選択肢を取り得ない。


「何っ!」


 掴んだフィーザーの姿が消失するのと同時に、仕込まれていた魔法が発現する。

 触れれば発動するように条件づけられたフィーザーの魔法、ケージの魔法が内部にボールスを閉じ込める。


「この程度の結界で‥‥‥!」


 破壊するべく、ボールスは拳を撃ちつけるが、結界の強度が高く、小動もしない。

 

「諦めて大人しくしてください」


 大地とケージに捕らわれたボールスの元へとフィーザーとフィーナが軽やかに着地する。決着した様子に、フローラ達が駆け寄ってくる。


「諦めるだと‥‥‥」


 レドが左腕を広げて近寄って来るセレスティアを制止し、メルルの肩をディオスが掴む。


「まだだ、セレス。こいつの眼はまだ諦めてはいない」


 レドが注意した直後、ボールスが拳を地面に打ち込む。地面に出来た裂け目からは、眩しい光がこぼれだした。

 ミルファディアの地中に溢れる魔力がボールスに取り込まれてゆき、その魔力の光はボールスの内側から今にも弾けんばかりの勢いを見せていた。

 魔力を感じることが出来ないレド達にも、まさに裂けんとしているボールスの肉体は見ることが出来る。


「下がれっ!」


 レドの掛け声により、フローラを掴んだフィーザーと、メルルを抱えたディオス、そしてフィーナとセレスティア、レドが後方へと飛びのきしゃがみ込んだのは、それまで彼らが立っていた地面が崩れて沈む前、まさに間一髪のところであった。

 ボールスを包んでいた光が弾けるとともに、天を突かんとするばかりの膨大な魔力の柱が出現し、辺り一帯を飲み込んだ。

 周囲の草木や小石を巻き込み、かまいたちのような魔力の斬撃が飛んでくる。


「皆、無事?」


 セレスティアが振り返る。

 最も遠く避難していたのはディオスとメルルで、ディオスはメルルを腕の中に抱きしめながら、頭を後ろへ向け、今なお爆発するような音を立てている柱を睨みつけている。


「私は大丈夫です。でも兄様が‥‥‥」


「俺達は無事だ」


 メルルの不安そうな声をかき消すようにディオスが言葉を重ねる。

 ディオスの着ている服の背中側は無残に破け跡形もない。しかし、幸いなことにその下の人工皮膚はナノマシンの効果により、すでに修復を始めていた。


「俺は痛みを感じたりはしない、それよりも」


 セレスティアはディオスの視線の先を辿る。


「レド‥‥‥っ!」


 セレスティアがレドの様子を見て目を見開く。

 どうやら防刃繊維の編み込まれている服を着こんでいたレドではあったが、ガードしたらしく顔にこそ傷がついてはいないものの、腕と腹、そして脛には決して小さくはない傷が、服を切り裂いてつけられていた。


「‥‥‥大丈夫だ。‥‥‥まだまだ俺は動ける」


 すぐさま立ち上がり無事をアピールするレドにセレスティアが駆け寄る。


「セレス、俺のことは良い。自分の」


「いいからじっとしていなさい。このくらいなんともないわよ」


 セレスティアの治癒魔法により、レドの傷は跡すら残さず綺麗に治った。

 しかし、失った血を戻すことは出来ず、レドはわずかにふらついた。


「レドっ!」


「落ち着けセレス、少し血を失っただけだ。まあ貧血と一緒だな。気分は多少優れないが問題ない。ありがとう、セレスのおかげだ」


 青ざめるセレスティアを宥めるように笑顔を浮かべるレドではあったが、上手くいっておらず、わずかに疲れが見て取れた。


「ほら、やっぱり。少し休んでいて。お願い」


 セレスティアの必死に見えるお願いにも、レドは首を縦には振らない。


「休んでいられる状況じゃない。見ろ」


 レドの指さす方向を振り向くセレスティア。その光景を目にして、口を塞ぐ。


「何がどうなっているんだ‥‥‥」


 フィーザー達は元いた場所を見上げる。

 建物を軽く凌駕する大きさとなった、おそらくはボールスであっただろう巨大なものが出現していた。

 

「これが‥‥‥この地の本当の力か‥‥‥!」


 巨大化したボールスは耳を劈くような大音声で笑い声をあげる。


「この感覚‥‥‥! 私はまた1つ先へ進んだ! 今なら『鍵』に頼らずとも、自力で扉を開くことが出来るはずだ。しかし、そのためにはやらなくてはならないことがある」


 ボールスの瞳がフィーナを捉える。


「鍵たる少女よ。私と同じ力を持つ可能性のある者だけは許してはおけぬ。頂点には私1人だけがいればそれでいいのだ」


「ふざけないで!」


 真っ先に叫んだのはフローラだった。

 今まで殆ど戦いに加わっていなかったのはフローラとメルルだけだったが、そのうち、フィーナと長い時間を過ごしたフローラが滅多に見せない、怒った表情で叫ぶ。


「そんな風にいるとかいらないとか、いい加減にしてよ!」


 ボールスの指先に真っ赤な光が集まる。それが一瞬の後には自身に向けて放たれることになろうとも、フローラは決して引くつもりはなかった。

 そして放たれた光は、フィーザーとセレスティアによって減衰され、フィーナに吸収された。


「ふん‥‥‥お前たちがどうしようと、結局、私を倒すことは出来ん」


「そんなのやってみなくちゃ分からないわ」


 セレスティアが強気な瞳で言い返すも、ボールスの余裕は崩れない。


「いいや。お前たちがミルファディアに留まりたいというのならば話は別だが‥‥‥」


「私たちにはあの扉を出現させることが出来ないからですか?」


 メルルがはっとしたような表情を見せた後、躊躇うようなそぶりを見せずに口を開く。


「その通りだ。そして私はすぐにあの地へ戻る。実際に元いたところでなくては、以前との違いが分かり辛いからな」


「そんな理由で‥‥‥!」


「扉ならば私が開きましょう」


 フィーナが一歩前へと進み出る。その声にははっきりとした意志がこもっていて、フィーザー達にはそれが嘘ではないと感覚的に信じられた。


「だからフィーザー、あなた達の平穏を取り戻すためにも」


 伸ばされたフィーナの手をフィーザーがとる。


「行こう!」


 フィーナの足元から巨大な足場が広がる。

 それはボールスの下まで伸びていて、フィーザー達が踏み出しても壊れるような心配はなさそうだった。


「レド」


 セレスティアが手を合わせると、その間から一振りの刀が出現する。

 召喚魔法により、レドの自宅にある刀を取り寄せたのだ。

 レドの家の構造を把握している、そしてあしげく通っているセレスティアにとっては造作のないことであった。


「助かる」


 五体のみでも十分な格闘能力を持つレドではあるが、得物があるとないとではリーチと、そして相手への脅威度が格段となる。

 手足のように刀を振るい、感覚を確かめたレドはセレスティアに続いて、フィーザー達の後を追いかける。

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