68話
手を繋ぎ合ったまま宙へと飛び立ったフィーザーとフィーナはボールスと対峙することが出来ていた。
先日、教会にボールス達が現れた時にはそのプレシャーに押されて逃走の一手しか思い浮かばなかったが、不思議と、今、あの時よりも強大であろう相手を前に、フィーザーの胸に去来する思いは恐怖ではなかった。
それはフィーナと繋がっているからなのか、魔法師にとっての力の源である魔力が尽きることなく溢れてきているからなのか、ミルファディアにいることが原因なのか、はっきりしたことは分からなかったが、少なくとも、マイナスの感情は全く持ち合わせてはいなかった。
「フィーザー。私、こんな気持ちになったのは初めて。今なら、あなたと一緒なら、何でもできそう」
フィーナも、全くプレッシャーなど感じていないような自然な笑顔を浮かべていた。
2人とも、とてもこれから戦いに赴くような顔ではなく、今がとてつもなく楽しいのだという顔をしていた。
皆の下を離れてからほんの数分も経過していないというのにもかかわらず、フィーザーとフィーナの体感ではすでに何時間も経過しているかのようにも感じられていた。
はじけ飛んでしまった、今まで来ていた衣服の代わりに、光を集めて造られたような、衣服のような眩いものを纏ったフィーナを見て、フィーザーは目を細めた。
(女神様みたいだ)
まるで教会の聖パピリア様の像からも感じるような神々しいものをフィーナから感じていた。
「フィーザー、あんまり見つめられると、さすがに恥ずかしいのですけれど‥‥‥」
フィーナに前を隠すような格好で、恥じらっているように言われて、ようやくフィーザーはじっと見つめ続けてしまっていたことに気がついた。
「ご、ごめん!」
慌てて顔を逸らすと、フィーナが笑っている可愛らしい声が聞こえてきた。
「もう大丈夫ですよ」
振り向くと、今まではただ纏わりついているといった感じだった光の粒が、まとまって衣服を形成していた。
おとぎ話に出てくるような天女か、聖パピリア様に仕えていると言われている巫女か、それとも女神そのものなのか、そんな神々しささえも感じさせる雰囲気をフィーナは醸し出していた。
その姿にフィーザーは目を奪われる。
元々、フィーナは神の奇跡が生み出したかのような可愛らしさを持った女の子だと思っていたフィーザーだったが、今、目の前にいる女の子は、まさに神話に出てくるような女神様そのものであるようにも感じられていた。
「素晴らしい。まだそのような現象を引き起こすだけの力を秘めていようとは‥‥‥」
危うく2人だけの世界に浸りかけたフィーザーとフィーナを、空気を読まないボールスの声が現実へと引き戻す。
「私も手にしたこの力の試しどころを探していたのだ。同志たちを倒された件もある。程よく相手をしてやろう」
ボールスの手の中に、黒い、紫の靄がかかった球体が出現する。
それはただ純粋に破壊の魔力のみを凝縮させたもので、すでに周囲の空間を歪ませ始めていた。
「最後に一度だけ聞こう」
「お断りします」
ボールスが言葉を紡ぎ終える前にフィーザーは強い意志の籠った言葉を返す。隣りのフィーナもフィーザーと同じ瞳でボールスを真っ直ぐに見つめていた。
「そうか‥‥‥残念だ」
しかし、質問する前から答えを予想していたボールスは、それでも少しばかり残念そうな顔を作って見せると、おもむろに手の中の黒い球体をフィーザーとフィーナへと目がけて発射した。
下の仲間たちにその力が向かわなかったことに安堵しつつ、フィーザーはフィーナを後ろから抱きしめた。
「フィーナ」
「大丈夫、フィーザー」
フィーナが前へと伸ばした腕に、触れるか触れないかのギリギリのところで、黒い魔力塊とのせめぎ合いがおこなわれる。
しかし、やがて黒い塊は勢いを無くし、小さくなって消滅した。
「ふむ‥‥‥」
何かに納得したように目を細めたボールスは天に向けて手を伸ばす。直後、上空から千の剣がフィーザーとフィーナを目がけて降り注ぐ。
「くっ‥‥‥!」
フィーザーは地上にいるフローラ達を心配したが、状況はそれどころではなかった。
たしかに、先程のボールスの先制攻撃を受けてみせたことで、魔法、というよりも魔力に対する優位性は確認することが出来た。
しかし、魔法によって創造、もしくは召喚された後の物質に関しては話が違ってくる。
魔法、もしくは魔力による攻撃であればフィーナはおそらくどのような攻撃でも受け止めることが出来るだろう。
だが、今ボールスが、召喚魔法だと思われるが、使用した魔法は、こちらへ届くときには物質として届くのであり、飛ばすのに魔法は使っているだろうし、加速力、威力も上乗せはされているだろうが、攻撃力自体は魔力には頼っておらず、剣自体が持っているものである。召喚される前にならば消すことは出来るのかもしれないが、ボールスの魔法の発動速度から考えると難しく、魔法ではなく、物質として存在してしまっている物をフィーナは吸収することは出来ない。
「そして、それを防ぐことに集中すれば、自ずと隙は出来るものだ」
そして、どれ程フィーナの能力が強力ではあっても、攻撃とは来ることが分からなければ防ぎようもない。
先程展開された魔法陣がフィーザー達の背後に出現しており、その中からボールスが現れて、蹴りを放つところであった。
「フィーナ!」
咄嗟にフィーザーはフィーナを抱きかかえ、シールドを集中させる。




