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66話

 ボールスへと肉薄するフィーザー達。

 ミルファディアへ来てから、彼らの体感時間で数日、ヴィストラントよりも濃い魔力は、レドやディオス、そしてメルルの身体にも、彼らが感じ取ることが出来ていないだけで、確実に蓄積されていた。

 変わらずレド達は魔法を使うことが出来てはいなかったが、魔力を受け入れる態勢は整っていた。

 普通であれば魔法師ではないレドやディオス達は、魔力を感じることはない。しかし、ミルファディアの特異な空気は、そんな常識をあっさりと覆した。

 呼吸をすることによっても取り込まれるミルファディアの空気は、これまでの行程のなかでレドやディオス、メルルの身体の中にも当然取り込まれていた。

 しかし、今までメルルが魔法の発動に至ることが出来ていなかったのは、身体の一部しか馴染んでいなかったためと、彼らの知識および経験不足によるものだ。

 例えば、ここへ辿り着く前に通った大地にも生物は存在していた。茂みの草木然り、魚や獣然りである。その彼らも当然、この地ミルファディアで生息しているからには、取り込む空気にはヴィストラント、ひいてはストーリアで生息する生物や魔物以上に、魔力素を体内に保有していた。

 しかし、特に植物に関しては、フィーザー達に関心を示すどころか、意志を持っていないために、その魔力素は中にたまる一方で、魔力に変換されることはなく、当然外に放出されることもなかった。

 しかし、今のレドやディオス、そしてメルルは違う。

 レド達は魔力と言うものを実感し、メルルに至ってはそれを魔法へと変換するために特訓までも行っていた。それもフィーナの下で、である。

 それらがここへ来てわずかながらに実を結びつつあった。

 

「これは‥‥‥、生来の魔法師ではない者の体内でも魔力が生成されているのか‥‥‥。蓄積することは出来ていなさそうだが、灯すくらいならば可能と言う事か‥‥‥。実に興味深い」


 ボールスはフィーザー達の体内で練り込まれている魔力に気付いて、面白そうに眉をひそめる。

 

「若さゆえか、それとも精神力か、はたまた別の要因によるものか‥‥‥何しろ、こうして目の前に実物があるのだ。サンプルとして申し分ない」


 ボールスの眼は好奇心に取りつかれている色をしていた。

 それは魔法の深淵を求めんがためにミルファディアまでの道を開くまでの執念を見せる1人の魔法師としては当然なのかもしれなかった。


「そして、それらの力が、1つに合わさってきている。これは、あの鍵たる少女だからこそ成し得た現象なのか、それとも私にも可能なことなのか‥‥‥」


 レドやディオス、メルルは、無意識のうちに自身の体内にある魔力を排出しようとしていた。

 普段、ヴィストラントであれば、そもそも取り込まれることすらないのだが、ミルファディアの特異過ぎる空気は、さらにメルルに至っては特訓のせいもあり、少しづつではあるが確実に、ここ数日でレド達の身体に蓄積されてしまっていた。

 魔法師ではない者にとって、いくら空気に馴染んでいるとはいえ、異物は異物である。身体の当然の機能として、魔力素という異物を全力で排除しようとした結果、最も効率良く放出する方法として、魔力という形をして身体から発せられようとしていた。


「感じます‥‥‥私の中に流れ込んでくる魔力を‥‥‥」


 レド達からも発せられていた魔力は、フィーザー達のものと一緒に、フィーナの中で混じり合っていた。

 フィーザー達が自身の蓄えていた魔力を全て放出しきって地面に膝をついた次の瞬間、フィーナの身体が魔力の光に包まれたかと思うと、纏っていた衣服を弾き飛ばした。


「フィーナ!」


 力を全て伝えきって、地面に倒れそうになる身体を、何とか踏ん張って起こしたフィーザーの方を、まさにボールスへ向かって飛び込んでいこうとしていたフィーナが振り向く。


「フィーザー。心配しないで」


「心配するよ。今、フィーナから感じられる魔力は、とても1人で受け止めきることの出来るものじゃない」


 フィーザーの常識からは考えられない、1人の人間に到底収まるとは思えない魔力の奔流がフィーナの身体で渦巻いているのを感じていた。


「でも、大丈夫。私には分かるの。自分の中の魔力も、目の前の男の人の魔力も、それからこの地に満ちている魔力素まで、手に取る様に理解できる。私が取り込むことのできる魔力はまだまだこんなものじゃないって、自分の身体の事だもの」


 フィーザーにもフィーナから感じる魔力はボールスを上回ると理解できていた。

 それでも、フィーナが何と言おうとも、自身の感覚がどう感じていようとも、1人で行かせることなど、フィーザーに出来ようはずもなかった。


「フィーナ。フィーナは前に言ったよね、一緒が良いって。僕だって同じ気持ちだよ」


 フィーザーは離そうとしているフィーナの指先を手繰り寄せると、自身の指を絡めて硬く握りしめた。


「すでに魔力も君に全部渡した。そんな僕がいても、足手まといにしかならないかもしれないけれど、こんな状況で言う事じゃないのかもしれないけれど、それでもやっぱり僕も君と一緒にいたいんだ」


 フィーザーの眼差しを受け止めて、フィーナが真っ直ぐに見つめ返す。


「うん」


 フィーナが嬉しそうに微笑みながら頷くと、フィーナの魔力がフィーザーを一緒に包み込み、2人の間で魔力がプールされた。

 フィーザーが何とも言えない幸福な感覚の中で微笑みかけると、フィーナも同じように目を細めた。


「行こう、一緒に」


 2人は手を繋ぎ合ったまま、ボールスへと向かって空へと踏み出す。

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