59話
扉が消えてしまったため、ヴィストラントに目の前のモンスター達が侵攻する恐れはなくなったものの、依然としてフィーザー達の方へと迫ってきているという事実は変わらない。
「何でこっちに迫って来るのか、理由を考えるのは後回しだね」
フィーザーとレド、そしてディオスは、女性陣を護る様にして三角形になる様にして、迫って来るモンスターへと立ち向かう。
フローラやメルルは言うに及ばず、フィーナやセレスティアだって女の子なのだ。今もこちらへと近づいてきている、妖怪とか、化け物などと呼ばれるであろう類の相手とぶつけさせるようなことはしたくなかった。男として、女の子をそういったものから守りたいという気持ちも少なからずあった。
「メルル、お前は後ろに下がっていろ。俺の後ろから絶対に離れるんじゃないぞ」
ディオスとフィーザーは、プラズマシールドと、魔力フィールドを形成し、前後で位置を逆にしながら、二重に囲う形で全員のことを形成した防御空間の中に閉じ込めた。
異形の化け物の、腕なのか、触手なのか、よく分からないものが伸びてきて、フィーザー達の作り出した障壁にぶつかる。それは、フィーザーの魔力防御も、ディオスのシールドも突破することは出来ず、はじき返され、はじき返された化け物は不思議そうに自身の腕らしきものを見つめていた。
「どうやらこちらの武力は通じるみたいだな」
はじき返したということは拒絶出来たという事であり、少なくともディオスとフィーザーの攻撃は通じるだろうことは確認できた。
「念を入れて、私にも確認させて」
セレスティアが作り出した魔力のリボンのようなものは、セレスティアが下から上へと振り上げる手の動きに合わせて、まさに布で出来たリボンのような動きで空中を舞い踊り、迫りくる相手の一列を薙ぎ払い、消滅させた。
「予想通り、こっちの攻撃も効くみたいね」
そうなると、自然に全員の視線はレドへと集まる。
ディオスのシールドが相手の進行を妨げ、今発射したブラスターが相手を消し飛ばしていることを考えても、おそらくは物理的な攻撃も効果はあるはずである。
もっとも、火力的な問題かもしれないため、レドでは太刀打ちできない可能性もあったが。
「せいっ! やっ!」
レドの拳を受けた化け物は、特に抵抗を見せることもなく、四散し、砕け散った。
鍛え方が違うとでも言いたげなレドの肉体は、たしかに先程アーサーに負けそうになりはしたものの、おそらくは達人と言っても差し支えのないレベルまで鍛え抜かれている。
「これは‥‥‥魔力ではない‥‥‥けれど、何らかの力が二人に上乗せされています。この地に来た影響でしょうか?」
フィーナが、レドとディオスを見ながら告げる。フィーナの眼には、薄っすらと彼らを覆う膜のようなものが形成されているのが感じられていた。
「しかし、あまり良い状態ではないのかもしれません。このまま続けば、元来、魔力に対する適性をもない2人では、悪影響が出るかもしれません」
フィーナが心配するように告げると、レドは問題ないと笑った。
「その程度でどうにかなるほど軟な鍛え方はしていないさ」
ディオスはメルルへと視線を向ける。
「俺の事はいい。それよりもメルルだ。俺とレドはいいとして、それからフィーザーとセレスティア、フィーナは元々魔法師だろう、しかし、メルルは」
「私は大丈夫です、兄様」
メルルはディオスを安心させるように笑うと、その場でジャンプをしたり、肩を回して見せたりしていた。
「‥‥‥嘘ではなさそうだが、理由が分からないことにはな」
「もしかしたら、フィーナが介抱したからかもしれないわね」
セレスティアの予想は正しかった。
扉をくぐり、ミルファディアに到達した直後、メルルの介抱をしたのはフィーナだった。そのときに、ミルファディアに慣らさせるために、フィーナは自身の魔力を少しずつ、影響がほとんど出ないようにメルルの身体になじませていった。
つまり、今、メルルの身体にはフィーナの魔力残滓が循環していた。
疑似的に魔法師と同じような身体になっていたのである。とはいえ、メルルにはその魔力を変換する資質がないため、魔法を使ったりすることは出来ないでいたのだが。
「それって、訓練をすれば私でも魔力を扱えるようになるということでしょうか?」
メルルが期待の籠った目でセレスティアを見つめる。メルルは工学部の3年生の中では優秀な成績を修めていたし、本人もそのことに対して自信を持っていたが、やはり魔法に対する憧れというものはあるのだろう。
「‥‥‥残念だけど、難しいと思うわ」
「そうですか‥‥‥」
セレスティアの躊躇いがちの断言に、メルルがしゅんと肩を落とす。
「そうでもないと思うよ」
しかし、フィーザーはそう考えてはいなかった。
「私もフィーザーと同じ考えです。え、えっと、つまり‥‥‥」
フィーナは説明しようとして、上手く言葉に出来ないでいた。実技は最高レベルでこなすことが出来ても、座学、つまり理論的なことに関しては、学習能力が高いとはいえ、あくまで、フィーナが学んだのは半年足らずの事なのである。
「どういうことですか?」
メルルは目を見開き、期待に満ちた表情でフィーザーを見上げる。
「えっと、教えちゃってもいいのかな、ディオス?」
一応、フィーザーは彼女の兄に許可を取ろうとしたのだが。
「兄様の事は後で私がどうとでも。それよりもお教えください。お願いします」
ディオスが反論を挟む暇を与えず、メルルがぐいっとフィーザーに詰め寄る。
「要するに、魔法って言うのはその魔力を消費して起こす現象の事だから、必要なのは自分の中でイメージを強く持つことなんだ」
「イメージですか‥‥‥」
フィーザーがメルルの手を取ると、そこから光る暖かいものが流れてくるのをメルルは感じていた。
「おい、フィーザー」
「安心して、ディオス。害はないと約束するから。それで、今流れたのを感じ取れたかな?」
メルルはフィーザーを正面から見つめて頷いた。
「はい」
「今のが魔力だよ。残念ながら、今のは僕が魔力素を変換したものだから、フィーナのものと違ってメルルさんには使えないと思うけれど、フィーナにしてもらえば、もっと気持ちよく感じられるようになるはずだよ」
メルルは気を抜くことなく、集中して、一辺も残らず感じてみせると神経を集中させていた。
兄から離れるという選択肢がなかった以上、メルルにとってこの地に来ることは決定事項であった。しかし、それはそれとして、自身には何の戦闘力もなく、兄の修理の手伝い、それもナノマシンによる修復では追いつかないほどの破損時にしか役に立たない、いわば足手まといである自分はこの場にいてもいいのかと考えていた。
ならば、年季が違うため、フィーザーやセレスティア、フローラや特別感のあるフィーナのようにとまではいかずとも、自身の事くらいは守れるようにありたかった。
たとえ、それが一時のものであったとしても、兄のため、皆のために役に立つのならば、何でも修得する心構えだった。
(違いますね。結局は自分のためです。兄様を理由に使うことではありません。自分のため、自分が力を得るためです‥‥‥)
それではフィーナを狙って来ていた彼らと同じことではないか。
そう思って、自嘲めいた笑いを漏らす。
「メルル、大丈夫か?」
メルルが自身の浅ましさについて嫌になっていると、彼女の兄の心配そうな顔が覗き込んでいた。
(いえ、そうではありません。私は兄様に守られるだけの妹ではないのです)
幼くして両親を失ってから、兄にはいつも、今でも助けられていた。だから。
「大丈夫です、兄様。まだ少し戸惑ってはいますが」
メルルはフィーザー達に向かって頭を下げた。
「ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」




