55話
シャドラを弾き飛ばしたフィーザーは大きく深呼吸をした。
フィーナのおかげで魔力の心配がなくなったとはいえ、技量的には自身を上回るような相手ばかりだ。先程は上手く不意を突くことが出来たために勝利することが出来たが、今度からはそう上手く事を運ぶのは難しくなるだろう。
(いや、そうじゃないか)
フィーザーが1人で次の相手の事を考えていると、不意に左手に小さくて柔らかく暖かいものが握られた。
先程の相手、そして、目の前に未だ残る相手の幹部と思しき人影を認識していても、変わらず不思議と心が軽くなるようなフィーナの浮かべる笑顔を見ていると、何だか自分の気持ちも上向きになっているようにフィーザーには感じられていた。
「そうだね。僕たち2人でならきっと乗り越えられる」
「うん」
頷きあったフィーザーとフィーナは改めて顔を上げる。
魔法師の戦闘において、いや、戦闘に限らずとも魔法師にとって魔力こそが最も重要な要素であることは疑いようもない。
魔法とは、魔力を用いて引き起こされる現象のことであるし、だからこそ魔力変換効率については、まだ学院に通っていないような子供であっても、魔法師であるならば、誰でも当たり前のように、常識以前の問題として、感覚としても、知識としても、理解している。
もちろん、フィーザーも同世代の中ではトップクラスの効率の持ち主であり、年齢を経ることで修練や研鑽を積み重ね、世界的に考えても最高位に近いであろうボールス達の効率も絶賛されるべきものだ。
しかし、フィーナはそんな熟練者たちをも遥か下に見る。
いかに優れた魔法師であろうと、自然から供給されたのではない、他人がすでに変換済みの魔力を自身のものとして取り込むことは出来ない。それは事実であり、霧散、もしくは消滅するまでは自然にも帰らないというのは、魔法師の中での常識と言えば常識であった。
そんな常識を当たり前に覆すフィーナという少女は、まさに特別な、特殊な少女であった。
戦場において、魔力が尽きない、つまり攻撃手段、防御手段が尽きない存在がどれほどのものであるかは想像に難くない。
つまり、この場―—魔法師の戦場において、フィーナの力は圧倒的ともいえる優位性をもたらしていた。
「導師」
「分かっている」
すでに相手が学生であるとか、年端のいかぬ少女であるといった認識は、ボールス達の中からは消え去っていた。
多少の抵抗は、今までの事から予想はしていたし、ディラ達が破れたことからも、相手の力量を低く見ていたつもりはない。
しかし、実際に相手にしてみると、そんな些末なこと、と言えるほどの問題であることを理解してしまっていた。
もはや、どのような手段、どのような手を尽くそうとも、確実にフィーナを手に入れるのだという思いに囚われていた。
ボールスの反応を窺った彼の部下がフィーザー達を取り囲むように、広がって円を形成する。
「悪く思わないで貰いたい。しかし、我等の目的はあくまで一つ。お前達と正々堂々と戦うことではないのでな」
徐々に狭まりながらフィーザー達に迫ってきていた円を分断したのは、後方から飛んできたレーザーであった。
「だったら、俺達が加勢しても全く問題はないよな」
「ディオス!」
空から降ってきたディオスの背中に捕まるようにして、レドとセレスティア、それからメルルとフローラまでもがくっついていた。
「ああ、これか? 積載可能重量的にはまだまだ問題ない」
フィーザーとフィーナの視線に気づいたディオスが周りの空気を読まずに解説する。
「いや、そうじゃなくて」
「聞きたいことは分かっている。心配するな、俺の方はちゃんと片付けた。レドの方は詳しくは知らんが、レドの両親がいて、大丈夫そうだったから連れてきた」
ディオスがそう告げると、レドの方は少しバツの悪そうな表情を見せた。
「俺は反対したんだ。フィーザーにもきっと格好良く見せたいときもあるだろうから、ここは待っているべきなんじゃないかってな」
「と、こんな薄情な、友達甲斐のないことを言うもんだから、強引に連れてきた」
それは文字通り強引な連行であった。
問題の解決を最優先するディオス、それに躊躇うことなど微塵もせずについて行くメルル、そして一刻も早く兄の元へと駆けつけたかったフローラは、フローラが感じる魔力と、ディオスが探知するフィーザー達の端末の情報をもとに教会まで戻ってきたのだが、そこで最初に目にしたのは、タンドラとアーサーの闘っている様子だった。
目にしたとは言ったものの、実際に捉えることが出来たのはディオスだけであり、フローラとメルルはその2人の戦いを肉眼で確認することは出来なかった。
「お前の方はもう手空きなのか?」
アーサーの弟子を殴り飛ばしたレドにディオスはごく普通に話しかける。
「ああ。とはいえ、さすがに疲れたから少しは休憩したいところだな。これ以上、俺に出来そうなことはないし」
レド視線の先では楽しそうな声を上げながらタンドラとアーサーが戦っている。
「多少の疲労でしたら、私が回復しますよ」
フローラが手をかざすと、レドは身体から疲労が抜けていくのを感じた。
「ありがとう、フローラさん」
隣では、同じように回復して貰ったらしいセレスティアがフローラに礼を継げていた。
「いえ、私は戦闘ではほとんどお役に立てませんから」
「そんなことありませんよ。フローラさんはさっきの戦いでもすごく活躍していました。そんなことを言ったら私なんて」
落ち込んでしまったメルルをフローラが慌てて慰める。
そんな様子を見ていると、レドとセレスティアは自然と微笑みを漏らしていた。
「笑えるほどに回復したのなら大丈夫だろう。フィーザーの方へ助けに行くぞ。まだ、あっちは戦っているみたいだからな」
ここではなく、戦っている音かもしくはフィーザー達の声でも聞こえているのだろうか、ディオスがレド達にも手を伸ばす。おそらく、自分に捕まれと言いたいのだろう。
「いや、待て。俺達が手を出すような戦いじゃないだろう。フィーザーだって、そりゃあ感謝はするかもしれないが、やはり自分の戦いは自分でケリをつけたいだろうし」
「お前は何を言っているんだ? 実戦にあるのは生き残るかそれとも死ぬかだけだろう―—もちろん、殺したら法的に問題があるから実際は捕まるかするだけだろうが。そこに、自身のプライド何て二の次三の次の問題だろうが」
「勝たなければ意味がないというのは分かる。しかし、俺達が邪魔をしていい戦いではないと言っているんだ」
ディオスもレドも互いの主張を曲げるつもりはないらしく、にらみ合ったまま動こうとはしない。
「はいはい。2人とも、喧嘩しないの」
2人のにらみ合いを仲裁したのはサーシャリーであった。
「レド。行ってあげればいいじゃない。あなただって、不本意だろうけれど、私たちが来なければきっと死んでいたのよ」
ディオスは言葉を濁したが、サーシャリーは断言した。
「何も無理やり助けてあげなさいというわけではないの。友達が近くにいるというだけで力になるときもあるのよ」
ディオスはすでにレドを振り返らず、セレスティアとメルル、フローラがディオスに掴まる。
「なんだそれ?」
「フィーザーの下にたどり着くまでに疲れたらどうしようもないだろう? 俺ならば疲れることはないし、さっきメルルに連絡した際、エネルギーも充填してあるから問題ない。お前も早くしろ」
レドは小さく笑うと、ディオスの肩に捕まった。




