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54話

 避けられない以上、相手との交戦はフィーザーの中では確定事項であったが、いくつか問題があった。

 そのうちの最も重要かつ緊急の事案は、フィーザーの残りの魔力であった。

 今日は朝からディラとの交戦があり、そこで消耗した魔力を未だ完全には回復しきれていない。万全の状態であっても、良く(甘く)見積もって互角であろう相手に対して、そのことはかなり不利な状況であった。

 もちろん、フィーザーに体術の心得が全くないわけではない。学院の体育の授業で習う程度のレベルであれば、人並みには習得している。しかし、それはあくまでも人並みであり、戦闘に使用できるとか、ましてやレドに並ぶ域でなど使えようはずもなかった。

 つまり、フィーザーの交戦手段はほぼ魔力に依存しており、消耗している現在の状況では敗色は濃厚であった。

 

(まあ、泣き言も言っていられないけど)


 シャドラの攻撃を何とか防御し、躱した後に、ちらりと横へ視線を送る。

 フィーナとその手を握るフローラの心配そうな顔が目に映る。

 おそらく自分が負けてしまったならば、彼らはそのまま二人のところへ向かうだろう。

 そうなれば、フローラがフィーナの前に出て、彼女を護ろうとしながら戦い、そして負けるだろうことは、目の前の、今交戦している相手の力量から考えて至極当然の結果として予測できる。


「まったくやんなっちゃうよなあ」


 誰に聞かせるわけでもなく、シャドラの放つ魔力砲撃をギリギリで回避しながら、フィーザーは一人呟く。

 魔力砲撃を、シールドやバリアで防いだり、遠距離からの魔法での攻撃を仕掛けないのは、フィーザーの魔力量が少なくなっているために、少しでも回復を図ろうとしての事である。フィーザーの魔力変換効率から考えれば―—もちろん、ほぼ無尽蔵であるフィーナとは比べ物にもならないが―—戦っている最中でも、取り込むことのできる魔力素からも、戦いに回すことが出来るようになるはずである。

 また、最終手段としてだが、魔術師ならば誰でも、最も自分にとって身近なものを使用することも出来るが、後ろに控えるボールス達の事を考えると、今、シャドラとの戦いでそれを使用することは出来ない。

 

(―—って、何で僕は次の相手の事を考えているんだろう。まず目の前の相手をどうにかしなくちゃならないって言うのに)


 実際にはそんなことは全くないのだが、何だかおかしなことである気がして、フィーザーは笑った。


「何がおかしい」


 シャドラからの攻撃が止み、2人は距離をとって相手を見据えながらその場に立ち止まる。


(おや、特に相手の攻撃を止めようとか、時間稼ぎをしようとかは思ってなかったんだけど、思いがけず、幸運に恵まれたかもしれないな)


 なんにせよ、この僅かかもしれない時間を有効に使わないという手はない。フィーザーは必至で、どうしたら1秒でも時間を稼げるかと頭を回転させる。


「‥‥‥いえ、大したことではありません。そうですね、いくつか聞きたいことがあるのですが、質問してもよろしいでしょうか。そちらの目的は分かりましたけれど、そもそも何故彼女、フィーナにあの力があることが分かったんですか?」


「あの力だと?」


 シャドラがわずかに眉を動かす。


(あれ? フィーナが魔力を吸収することとか、フィーナの魔力変換効率の事は全員の共通の認識ではないのかな?)


 どちらにせよ、彼らのうちの、少なくともあのボールスと名乗った男は知っていることなのだから黙っていても意味はないだろうと判断したフィーザーは、言葉を選びながら、慎重に口を開く。


「ええ、そうです。あなた方がフィーナを必要としているのはフィーナのあの力、力と呼ぶのが正解なのかどうかは分かりませんが、彼女の魔力変換効率の高さを必要としているからなのですよね? 他人の魔力すらも自身のものに一瞬で変換してしまうほどの」


 大気中に満ちている魔力素を自身のものとして返還するだけならば、言わば無色の物を自分のために染め上げるようなものなので、普通の魔法師ならば誰でも可能である。というよりも、それが出来るからこそ、魔法師と呼ばれているのだ。

 しかし、フィーナは違う。

 他人が自分のためだけに加工した魔力素すらも、自身の魔力に変換できてしまう。

 つまり、炎や水、風などと、事象に変換された魔法であれば通用はするが、先程から行っているような、変換の速い、魔力そのままの攻撃は、フィーナがやろうとさえ思えば、ほとんど意味をなさずに、それどころか、フィーナの魔力として吸収されてしまうのである。


「あなた達の魔力では、例のミルファディアと呼ばれる地に辿り着くためと思われる、例の扉を開くだけのものが得られない。そこでフィーナにその媒介となって貰おうというわけですね」


「その通りだ」


 フィーザーの推測を肯定したのはシャドラではなく、ボールスであった。


「お前達も魔法師ならば感じただろう。あの扉から、そしてあの扉の奥にある力を」


 ボールスは手を広げて、天を仰ぎ見た。今だ陽は昇ってきてはいなかったが、秋の夜空には雲がかかっておらず、綺麗な星の光と月明かりが辺りを静かに照らしていた。


「あの力を手に入れることこそが、我等魔法師の悲願、そして生きる意味であると、そう感じられただろう?」


 たしかに、フィーザーにもあの扉の内包する、もっと言えばあの扉の奥から洩れかけていた力は感じ取ることが出来ていた。

 それ故に、彼らの言わんとすることは分かる。たしかに、魔法師であれば、いや、魔法師に限らずとも、ディオスやレドと闘っているであろう彼らであっても、力を求めるものならば、あれを開いてその先を確かめたいと思うのも当然かもしれない。

 だが、それは1人の女の子を、フィーナを犠牲にしてまで成し得なければならないことだとは思えない。


「さて、時間稼ぎはもういいだろう」


「‥‥‥お見通しでしたか」


 話している最中に回復できた量はわずか。シャドラと闘い始める前よりも少しマシという程度でしかない。

 

「え?」


「何っ!」


「ほう」


 直後、自分の身体に起こった変化に驚いてフィーザーは思わず後ろを振り返る。

 

「フィーザー。私は言いました。私もあなたと共に戦うと」


 フィーナから魔力が供給されて、フィーザーの魔力が瞬く間に回復してゆく。

 他人の作り出した魔力を自身の魔力へと変換できるのであれば、逆もまた然りということだろうか。


「私にはこれくらいしかできないけれど、守られているばかりじゃないから」


 フィーナの魔力を受け取り、フィーザーの魔力はあっという間に全快した。それどころか、余剰分が溢れだし、フィーザーの身体が魔力によって作り出されたと思われるきらきらとした粒子に包まれた。


「私もフィーザーの力になる」


 フィーザーは、自分を見つめる強い瞳を真正面から見つめ返す。


「ありがとう」


 並んで立つ二人は、笑顔を浮かべてシャドラへと揃って顔を向ける。


「それがどうしたというのだ。お前では私に勝てないことはすでに―—」


 言いながら迫ってきたシャドラから発せられた魔力による砲撃は、フィーザー達に届いた瞬間に消滅、正確に言うのであれば、フィーナに吸収された。


「魔力の吸収か。なるほど本当らしい」


 わずかに焦りを滲ませたようなシャドラが一度攻撃の手を止める。

 それは当然の思考であり、無策で攻撃を繰り出し、フィーナに吸収されてしまうよりはましな選択肢であるように思われた。

 しかし、その隙を逃すようなフィーザーとフィーナではなかった。

 攻撃の止んだその瞬間には、手を繋ぎながら魔力を2人の間でプールさせつつ、攻撃に関しては素人であるフィーナが防御を、フィーザーがその他を担当することで、一気にシャドラとの距離を詰めていた。


(防御魔法を‥‥‥。シールド、いやダメだ、吸収され―—)


 シャドラがシールドを張るのを躊躇った隙は、フィーザーがシャドラを弾き飛ばすのには十分な時間だった。

 仕方のないこととはいえ、シールドを張ることが出来なかったシャドラは、生身のまま吹き飛ばされ、木に激突して気を失った。


 

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