53話
ディオスやレドが出て行ってからも、しばらくの間聖堂内は静けさに包まれていた。
ボーラスと向き合う様にして立つフィーザーの後ろに庇われるようにしていたフィーナが、意志の籠った瞳で正面を見つめながらフィーザーの横に並び立つ。
フィーナの姿をまともに視認した為か、フィーザー達と相対する相手の中で微かに緊張が走ったようにフィーザーには感じられた。
「本当にあんな少女に‥‥‥? とても信じられないわ」
「あんな少女に頼らずとも、俺ならば自力で扉を開いてみせる!」
「今まで開けていない癖に偉そうに‥‥‥」
「何い!」
興奮を抑えきることが出来ていないようで、一触即発の雰囲気を流し始める。
「静まれ」
そんな言い争いを、ボールスは一言で鎮圧する。
ボールスが一言話しただけで、言い争いは霧散し、言い争っていた者たちは皆、ボールスの後ろへと静かに下がった。
「‥‥‥」
フィーザーからしてみれば、そのうちの誰からも、あの黒マントに黒帽子の男、ディラと同等とも思えるほどの圧力を感じていた。そんな彼らをただ一言だけで黙らせてしまうボールスという男に対して、自身が全力で逃走したいと感じてしまっていることは口を塞ぐという方法でしか抑えきることが出来ていなかった。
そんなフィーザーの手を小さい手が握り絞めた。
「フィーナ」
フィーナはまるで緊張などしていない風の笑顔をフィーザーに向けた。
「大丈夫。私はフィーザーから離れたりはしないから。私も一緒に」
「ありがとう、フィーナ」
その笑顔に力と勇気をもらったフィーザーは改めてボールス達と向き合う。不思議と、先程まで感じていた威圧感は薄らいでいた。
「ボールス様が相手をする間でもございません。ここは私目にお任せください」
対峙する3人の間に割り込んできたのは、長いコートを着てサングラスをかけた頬に傷のある中背の男だった。
「ちょっと、シャドラ、あなたねえ‥‥‥」
「構わん、リミウェル」
ドラコと呼ばれた暗い色のコートの男に苦言を呈そうとした、金髪のツインテールを三つ編みにしているゴスロリ風のドレスを着た少女のような女性をボールスが引き留める。
「好きにしろ、シャドラ」
「はっ」
シャドラが恭しくボールスの前で膝をつき、すくりと立ち上がると、フィーザー達の前に進み出てくる。それに合わせて、ボールス達は1歩2歩と若干退いた。
「我が名はシャドラ。シャドラ・ロックフォード。我らの邪魔する愚か者よ。ディラを倒したからといって侮って貰っては困る」
「侮るなどと‥‥‥。そのようなつもりは毛頭ありませんよ」
ディラとの戦いも薄氷を踏むような戦い、勝利であった。もし、少しでも何かが違っていたのならば、おそらく今頃自分はここに立っていることは出来なかっただろうとフィーザーは認識していた。
「しかし、おいそれと負けるわけにもいきません。彼女を護ると決めているので」
フィーザーとシャドラ、2人の視線が交錯する。
「では、行くぞ―—」
「あ、待ってください」
仕掛けようとしていたシャドラの魔法を察知したわけではないだろうが、フィーザーが手を広げて待ったをかける。タイミングを外されたシャドラは、前につんのめりそうになりながらもなんとか態勢を維持した。
「ここで始めてしまっては、聖パピリア様の像を、そしてこの聖堂を傷つけてしまう事にもなりかねません。なので、場所を変更いたしませんか?」
「良かろう。広い場所の方が存分にやれるというもの。全力でやって負けたのならば諦めもつくだろう」
フィーザーと手を繋いで歩くフィーナ、そしてフローラ、少し遅れてシャドラ、そしてそれよりさらに後ろにボールス達が若干の間を空けながら歩く様子は、いっそ珍妙ですらあった。
フィーザーはフローラの事を戦いに巻き込みたいとは考えていなかったし、教会に預けておきたかったのだが、おそらくは彼らがフローラに向かっていくことはないだろうと確信めいた予感があったし、フローラがここで引くような女の子ではないということも十分すぎるほどに分かっていた。
祭りの夜だからであろうか、ほとんどすれ違うような人もおらず、一行はぞろぞろと海岸まで到着した。
海岸についても、やはり人影は見当たらず、双方の陣営は、フィーザー達の方が圧倒的に少なくはあったが、2組に分かれて少し離れて向かい合った。
「フローラ。何かあったらフィーナと、それから自分の事もしっかりするんだよ」
シャドラの前へと進み出る前に、後ろで待っているようにきちんと言い聞かせる。
フィーザーは、自身ですら勝機があるのかどうかも分からない相手に、妹を戦わせるようなことはしたくはなかった。
「わ、私だって戦えるよ」
フィーザーの目に映ったのは、気持ちの籠った瞳を向ける妹の姿だった。
「夏休みが終わってから、ううん、夏休み中だって、お兄ちゃんは知らないかもしれないけど、あれから私だって頑張ったんだから」
「頑張ったって‥‥‥」
たしかに、夏休みの遭遇の時から、フローラも気持ちだけは負けてはいなかった。
ウェインの前に堂々と立ち上がって、フィーナを護ろうという気概を見せていたし、明らかに格上と分かる相手に立ち向かうことは並大抵の勇気だけでは到底成し得ない。
「大丈夫。私は大丈夫だから、お兄ちゃん」
フローラが引かないであろうことは明白だった。
フィーザーは考える。
ここで妹を戦わせることは果たして正解だろうか? たしかに、妹の意志は強そうだし、ここで引くつもりもないのだる。そうならば元々このようなことを言いだすはずがない。
だが、意志だけではどうにもならないこともまた事実。
「わかったよ。でも、最初は僕に任せてくれるかな。相手の方も一人で出てきてくれたんだから、僕も出来るだけのことはやってみせるよ」
フローラの頭を撫でた後、フィーザーは一歩前へと進み出る。
「お待たせしました。ありがとうございます、待っていてくださって」
「今生の別れを惜しむ時間くらいはくれてやろうと思ってな」
フィーザーとシャドラの視線が交錯すると、誰が合図するわけでもなく、両陣営の見守る中、静かに、そして激しく二人の戦いの火蓋は切って落とされた。




