52話
「おおおおおおおおお!」
体力までもが回復されたわけではなかったが、負傷の癒えたレドは向かってくるアーサーの部下と交戦を続けていた。
相手の方が圧倒的に人数が多いとはいえ、全員が一緒に、一斉にかかってくるわけではなかった。
彼らの頭領であるアーサーがそうだからなのかどうかは分からなかったが、武人としての心構えなのか、1人1人順番に、さながら100人組手のような感じで順番に相手をしていた。
「きいええええええええ!」
空中からの打ち下ろすような蹴りを、レドは綺麗に受け流した。
通常、蹴りの威力は腕の力を上回る。ただ受けるだけであったならば、力負けしていたのであろうが、レドはその場からほとんど動くことはなく、受け流された蹴りはそのまま地面へと打ち落とされる。
相手が落下し、停止した一瞬の隙を逃すことなく背後を押さえたレドは、そのまま担ぎ上げ、地面に叩き落す。
体勢的に受け身をとることは出来なかったであろう相手は叩きつけられた後は完全に気を失っている様子だった。
「ふぅう」
目の前に立っていた者が全員地面に倒れ伏すと、レドは大きくため息をついて、その場で膝を折りそうになるの何とか堪えると、振り返ってセレスティアの様子を確認した。
「俺が助ける必要は‥‥‥なさそうだな」
セレスティアの方の戦いもまさにケリが着くところであり、最後に立っていた1人が意識を失いセレスティアの方へともたれかかる様に倒れるところであった。
セレスティアは倒れてくる身体を無慈悲にも躱すと、そのままにはせず、ゆっくりと地面に横たえさせた。
「お疲れ、助かったよセレス、ありがとう」
空気中の水分をかき集めて喉を潤している様子のセレスティアにレドは感謝の言葉をかける。
強がるつもりはなかったし、別々の相手とはいえ、セレスティアと一緒に戦うというのは、レドにとって楽しい経験であった。
もちろん、自分がアーサーに後れを取っていたことを認めないわけではない。その事実は、現在では覆せるはずもなく、先刻までの、苦いとは言わないまでも、悔しく思う気持ちはレドの中で未だ燻っていた。
しかし、現時点で負けているのならば、これから先の修練で追いつき、追い越せるように努力を重ねるだけの事。幸い、と言ってよいのか、それとも運が味方してくれたのか、レドはまだ死んではいない。死んでさえいなければ、この先チャンスはあるはずである。むしろ、越えるべき相手を見つけられたこと、明確に自身よりも強い相手との本気の戦闘の経験は、短時間であったにもかかわらず、自身を成長させてくれていたという実感がレドの中には確かに残っていた。
そして、まるっきり手ごたえがなかったわけでもない。決定的なものは少なかった、ごくわずかだったかもしれないが、たしかに自身の拳が届いていたという感触もある。
(明日、いや、今日、今からでも出来ることはある)
そう思ってアーサーとタンドラが戦っている方へと顔を向けると、丁度顔を上げるところだったらしいセレスティアと目が合った。
「親父は反対側で戦っているんだが、そっちを見なくてもいいのか?」
セレスティアが向いていたのはレドがいる方だったので―—というよりも、レドを見ていたので―—視線を逸らしてタンドラ達が戦っているところを教えようと思ったのだが、そんなことをセレスティアが分からないはずもないと思い、レドは首を傾げた。
「え? あ、ええ、そうね、そうよね」
セレスティアは若干顔を赤くしつつも、慌てた様子でくるりと身体をレドと同じ方へと向けた。
幼馴染のそんな態度を少しばかり不思議に思いつつも、戦いを続けてる2人から少しでも吸収しようと、瞬きすらも惜しんで、一心に戦いの様子を観察する。
「はあ……」
隣から何か落ち込むようなため息が聞こえてきたので、そちらを向くと、若干落ち込んでいるような様子のセレスティアと、それを微笑まし気に見つめるサーシャリーの姿が目に映った。
「どうかしたのか?」
「‥‥‥何でもないわよ」
少しばかり引っ掛かりを覚えたが、レドはそのままセレスティアの隣まで進み出た。
「そんなに落ち込むこともないわよ。あなたはまだ修業中の身なんだっていつも言っているじゃない」
負けた時には何を言われてもなかなか受け入れられるものではないが、それを受け入れなければ成長は出来ない。それに、セレスティアが自分を慰めてくれているのだと分からないほど、レドは鈍感ではなかった。
「そうだな‥‥‥」
「私も‥‥‥ううん、何でもないわ。それより、ダーリング君の方と、それからユースグラム君の方が心配だけれど、あちらの方は大丈夫かしら」
セレスティアが教会の内部を窺う様に首を伸ばす。もちろん、戦いながら大分離れてきてしまっていたので、いくら教会の庭の中とは言え、建物内部、もしくは建物を挟んだ反対側で戦っていると思われるフィーザーやディオスの様子はうかがい知ることが出来なかった。
「大丈夫だろ。それに、俺が言えたことじゃないが、男の戦いに横やりを入れるほど、俺は無粋じゃないんでね」
レドとて、自身が敗北した相手、分野こそ違えど、おそらくは同等の実力者と思われる者たちと闘っている友人たちが心配でないわけではない。
救援を要請されれば、何を置いても駆けつけるつもりだし、助けが必要な用ならば、たとえ身体がほとんど動かずとも助太刀するつもりではいる。
しかし、おそらく、今それを友人たちは望んではいないだろうと直感していた。
「‥‥‥そういうものかしら?」
「そういうものだ」
よく分かっていない様子のセレスティアに告げると、サーシャリーが温かく微笑んでいるようにレドには感じられた。




