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42話

 そうは言ったものの、現段階での実力の差は明白である。まともに一対一でやり合って敵う相手だとは思えない。

 フィーザーは怒っているというよりもイラついている様子を隠そうともしていないディラを正面から見つめる。


「少年よ、これ以上やるというのなら、もはや容赦はしませんよ」


 まともにぶつけた顔面に治癒の魔法を施しながら、ディラが滑るような動きで近寄って来る。広げた手の間では、発生している雷がパチパチと音を立てている。

 やがてそれはバチバチという大きな音に変わり、フィーザー達の周囲だけではなく、観客席をも巻き込み始める。すぐに防御シールドが反応して、観客席とフィールドが隔離される。


「ディラ選手の発生させた雷に反応してシールドがせり上がってきます! 余程の大きな魔力でないと反応しませんから、これはすごい!」


 ナレーターの実況解説とともに、驚きの声が観客の間から漏れ始める。


「あなたも黒焦げにならないうちに降参してくださいね。黒焦げになってからでは口を開くことができないでしょうからねえ!」


 放たれる雷撃をフィーザーのシールドが防御する。おそらく範囲を覆うタイプの防御フィールドであったのならば、強度の問題からディラの攻撃を完全に防ぎきることは出来ず、戦闘不能に陥っていたことだろう。

 しかし、フィーザーが選択したのは部分的にしか防御出来ない代わりに強固なものであるシールド魔法。

 十分な強度を持ったフィーザーのシールドは幾本も放たれる雷の、それもフィーザーに直撃するコースのものだけを完全に狙って防いでいた。

 フィーザーの魔力に対する感性に観客席からもどよめきが生まれる。フィーザーの技術に対する驚嘆と称賛だった。


「ほーう。中々やりますね、少年。もしかして、今までは手を抜いていたのかな?」


 おどけた調子でディラが手を叩くが、その表情は本気で感心しているようでもあった。


「そのようなつもりはありません。ただ、あなたと戦うことで僕自身も成長しているのかもしれません」


 フィーザーが再び両手に金色の魔力の光を灯す。ここまでの戦いで魔力を消耗しているだろうにも関わらず、それは先ほどのものよりもより一層輝いているようにディラには感じられていた。

 事実、フィーザーの感覚は研ぎ澄まされていた。後ろを振り返らずとも、たとえ防御シールド越しであっても、フィーナの存在を感じとることが出来ていた。

 フィーザーは小さく深呼吸をすると、目の前の敵を静かに見つめる。


「勝負の前に交わした約束はお忘れではありませんよね」


「それはこちらの台詞ですよ、少年」


 二人は距離をとって互いを睨みつけ合う。


「‥‥‥一応、名前を聞いておきましょうか、少年よ」


 フィーザーは、人に尋ねるときはまず自分から名乗られては? と言ってやろうかと思ったが、もちろん、そんなことをしても相手を煽るだけの効果だけしかなく、今の集中を切らしたくはなかったので、素直に答えた。


「フィーザー・ユースグラムです。あなたは?」


「私はディラ、と名乗っています」


 その名乗りにフィーザーは引っ掛かりを覚える。


(名乗っているということは、本名は違うのだろうか? 家族名もないし‥‥‥。いや、別にどうでもいいことだ。気にはなるけど、それを気にしながら戦って勝つことのできる相手じゃない。誘拐未遂で警吏に突き出した後にすればいいことだ)


 そう思って、前を向くのと同時に、自身の身体が拘束されそうになるのを感じて、魔力を高めて防御する。

 手首と足首の辺りに構築されそうになっていたバインドは、フィーザーを捕らえる前に霧散する。バインドは冷静に対処すれば、決して脱出不可能というものではない。もちろん、実力差に関係はするが。

 拘束できると踏んでいたらしいディラが突っ込んでくるのを止めたのは、フィーザーがバインドを振り切り、加速魔法に後押しされた速度で一歩踏み出したところだった。


「うっ!」


 次の瞬間、ディラと観客は揃って目を覆った。フィーザーが発した光によって、一時的に視力を奪われたからだ。

 咄嗟の事に、魔力を探る索敵の魔法を展開することを忘れるディラ。

 この状況に対応できたのは、あらかじめこうなることを知っていた術者本人、フィーザーだけだった。


「えっ‥‥‥、しまっ」


 観客よりも速く対応したディラだったが、すでにフィーザーは懐に潜り込んでいた。


 

 

 

「あっ、フィーナ!」


 一方、観客席側では、フローラの制止を振り切って、フィーナは防御シールドへ向かって手を伸ばす。

 フィーナが触れた先のシールドが、人が一人通ることの出来る大きさに切り取られたように消失する。

 通常であれば、シールドが消失したことにより警報が流れるはずだが、フィーナがそこを通り抜けても警報が鳴ることはなかった。


「そうか‥‥‥、フィーナがあの部分の魔力を吸収しちゃったから‥‥‥」


 先程展開されたシールドは、現在行われている対戦が魔法師同士ということもあり、電磁もしくはプラズマシールドではなく、魔力シールドだった。これだけの広範囲に渡って電磁シールドやプラズマシールドを展開すると、端末等、一部機器にも影響が出るというのも理由の一つである。

 そして魔力のみであれば、フィーナはほぼ無尽蔵に吸収することが出来る。驚異的な魔力変換効率を持つフィーナは、たとえそれがどのような種類、性質のものであっても、ほとんど問題なく吸収して取り込むことが出来る。

 それこそィーナが狙われている理由でもあったが、そのことに関してはすでにディラ達の一部だけではなく、ディラ達が所属する組織、そしてフィーザー達も若干名は知ってしまっているので、今更隠すことではなかった。

 壊されたり、強引に突破された場合には警報が鳴る様に設定されていたのだろうが、その部分に魔力がなくなってしまえば反応することはない。


「フィーナ、待って!」


 フィーナは自身が通り過ぎてすぐに再び出入り口を閉じるつもりであったが、聞こえてきたフローラの声に従って停止する。

 半分ほど閉じかけていた出入り口を屈み込んだフローラに続き、ファルーカが潜り抜ける。2人のどちらかでも、一部分でも消失していないシールドの部分に触れてしまえば警報が鳴ることは確実だったと思われたが、幸いと言うべきか、それとも気づかれなかったことを心配するべきなのか、警報が鳴るようなことはなかった。

 2人が潜り抜けると、今度こそ、フィーナは出入り口を完全に封鎖した。一分の隙もなく、フィーナ達が潜り抜ける前に張られていたものと全く同じフィールドが展開され直していた。その間も、やはり警報は鳴らなかった。


「どうしてこっちに来ちゃうの。お兄ちゃんが知ったら心配するよ」


 フローラの言葉に反応してフィーナの方がピクリと震える。


「で、でも、フィーザーが」


「お兄ちゃんなら大丈夫。フィーナが見ているのに負けるはずないよ。それに、こういうときにヒロインは信じて待っていなくちゃ」


 フローラはここに至るまでの経緯を知らない。それは、ディラがフィーナを狙って来ている連中の仲間なのだと知らないということだ。フローラには、その他の観客と同じように、ただフィーナを巡って兄と相手の男性が争っているだけの構図に見えていた。


「‥‥‥分かりました」


 一緒に戦うことを誓ったフィーナだったが、フローラの言葉にはなぜか奇妙な説得力を感じていた。

 フィーナが胸の前で組んだ手に、フローラの手が重ねられる。

 その後ろで、よく分かっていない様子のファルーカがおろおろとしながら2人の間で視線を彷徨わせていた。

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