41話
グラウンドでは観客の興奮は最高潮に達していた。
「フィーナ」
名前を呼ばれてフィーナが振り向くと、フローラがスカートの端を押さえながら、かなり慌てた様子でフィーナのすぐ後ろに降り立った。
「待ってよぉ。フローラぁ」
すぐ真上からは、まだ飛行魔法に慣れていないのか、危なっかしくふらふらとした飛び方で、控え目なフリルのついたワンピースを着た少女がよたよたと着地する。
フローラと対照的に、長い黒髪に黒目の少女は、肩で息をしている。
「ファルーカ‥‥‥。ゆっくりでいいって言ったのに」
「だってえ」
ファルーカと呼ばれた少女は目に涙を浮かべていて、今にも泣き出しそうだった。
「ああもう、ほら泣かないの。よくついて来られたね」
「えへへ」
フローラがよしよしと頭を撫でると、ファルーカは幸せそうに微笑んだ。
一通り終わると、名残惜しそうにするファルーカを尻目に、フローラはフィーナの横に並んで立ち、競技場で今も続いているフィーザーとディラの戦いへと目を向けた。
一応、原則として対戦が行われている最中は部外者がフィールドへ立ち入ることは許されていないはずだが、幸運なことにフローラ達がこの場に足を踏み入れたことに気付くことの出来た観客はいなかった。観客たちは皆、眼下で繰り広げられているフィーザーと黒マントに黒い三角帽の男、ディラとの勝負に目が釘付けだった。
「その程度ですか、ナイトを語る少年よ」
ディラの手には黒い影のようなものが纏わりついていて、それが形を変えてフィーザーへと襲い掛かる。
フィーザーの両手が光り輝き、襲い来る黒い刃をつかみ取ると、影は形を無くして掻き消える。
すかさず、金色に光る魔力塊が複数展開され、今度はディラへ向かって撃ち出される。
滑るように後ろに下がって回避を試みるディラを追いかけて、両者供にかなりの速度でフィールド内を駆けまわる。
「厄介な」
ようやく迎撃を選択したディラは、先程と同じ、黒い影を打ち出す。
フィーザーの魔力弾と、ディラの魔力塊は相殺されて、両者ともに消え去る。
その直後には、瞬間移動と見間違うほどの高速移動によりディラの背後に回っていたフィーザーが、ディラに足払いを仕掛ける。
「おっと」
地面を転がることでフィーザーの拳を回避したディラは、そのまま転がってフィーザーと距離をとって立ち上がる。同時に、競技場の地面が盛り上がり、巨大な人形のような形をとる。
「おおっと、これはすごい! ここまでの速さでゴーレムを創造できるとは!」
実況席と観客席が更なる盛り上がりを見せる。
ゴーレムに限らず、召喚系に属する魔法は時間が掛かるというのが一般的である。
再構築ならばともかく、全くの更地の状態から瞬時に校舎の二階か三階ほどの高さまであるゴーレムを作り出すことは、相当その魔法に自信がなければ、或いは相当修練を積んでいなければこなせないはずである。
「さあ、踏み潰されたくなかったら、大人しく鍵たる少女をこちらへ引き渡すのです!」
地響きを立てて巨大なゴーレムが侵攻を開始する。
一歩踏み出すだけで、地面が揺れ、風が巻き起こる。
「くっ!」
振り下ろされる拳をフィーザーは障壁で受け止めるが、完全に威力を殺しきることは出来ず、わずかに足場の地面が沈み込む。
次の一撃が撃ち込まれる前に素早くその場から横へと飛ぶと、振り下ろされた拳によってまき散らされた砂や小石が遅いかかる。
フィーザーはそれらを防ぐためのシールドを張り、飛ばされた先の競技場の端の壁を蹴って、再び中央のディラが操るゴーレムと対峙する。
「まだですよお! まだまだゆきます!」
再び振り下ろされる拳。しかし、今度はフィーザーは下がるのではなく、逆に前へと突っ込んだ。
「何っ!」
この試合が始まってから、初めて驚いたような声を上げるディラ。そんなことはお構いなしに、フィーザーは、逆さまにゴーレムの腕の裏側を駆けあがる。
「くっ、このっ、落ちなさい!」
フィーザーが駆けあがるゴーレムの左の腕を逆の右の腕で殴りつけるディラ。どうやら余程冷静さを欠いていたようである。
「しまった‥‥‥!」
殴りつけた部分にすでにフィーザーはおらず、そもそも裏側を走っているのであまり賢い選択だとは言えなかったが、結果、自身が造り上げたゴーレムの腕を片方破壊してしまうだけに終わる。
数メートルの距離まで迫ってきているフィーザーを無視して、再び腕の構築をする時間は流石にない。それにこの距離では腕を作り直したとしても、もはや有効な打撃は与えられないだろう。
駆け上がる途中で、自身の身体操作及び重力操作の魔法とは別に、攻撃用の魔法の準備を終えていたフィーザーは、ディラの正面で左腕を突き出す。
純粋な魔力砲撃には、直接人体を傷つけることはない。
「‥‥‥あなたほどの実力者ならば、問題ないでしょう」
フィーザーが打ち出した魔力砲により、ゴーレムの体内から弾き飛ばされるディラ。
ディラも障壁を展開したのだが、ゴーレムの操作に魔力を割いていたため、フィーザーの砲撃を完全に相殺することは出来なかった。
そして、結果論ではあるが、術者のディラがいなくなったことにより、ゴーレムはただの土塊に戻り、少し高い砂山を形成した。
「ぐっ‥‥‥、ごふっ‥‥‥、ぶはっ」
地面に叩きつけられた衝撃と、跳ね返った衝撃により、咳き込むディラ。
そしてその隙をフィーザーが逃すはずもなかった。
「おおっと、ここでようやくフィーザー選手、反撃らしい反撃で一発ディラ選手に食らわせましたあ!」
次の瞬間、フィールド内に暴風が吹き荒れる。
片方はフィーザーが作り出した魔力フィールド、それと正面からぶつかるのはディラが作り出した魔力フィールドだ。
激しい音と光をまき散らしながら、両者の丁度中間よりは、若干ディラ寄りの地点でせめぎ合う。両者の実力だけで言えば若干ディラの方に分があったが、作り出した時間差により、フィーザーが少しばかり競り勝っていた。
「分が悪いですか‥‥‥、ならば」
おのれの不利を悟ったディラは魔力フィールドの出力をギリギリまで絞る。そして、その分を障壁と加速魔法に転用する。
一瞬タイミングを誤れば自滅していたであろう賭けに勝ったディラは、フィーザーの横をすり抜ける。
「おおっと、ディラ選手! 勝負を避けたかーっ!」
実況が叫び、周りで見ていた大多数の生徒からはブーイングが飛ぶ。
(何とでも言いなさい。私たちの目的はただ一つ。あの娘を手に入れるためならば、目の前の勝負など些細なこと。何と言われようと目的を遂げればこちらの勝利なのですから)
しかし、飛び跳ねるように競技場を駆け抜けるディラだったが、途中で足を光る鎖に拘束されて、正面から地面に叩きつけられる。
「へぶしっ!」
歯ぎしりでもするような表情でディラが後ろを振り向くと、立ち上がり、バインドを伸ばすフィーザーの姿が目に映りこんだ。
「どこへ行くんですか? 敵わなくて逃げ出すのならばそう言ってくださいよ」
フィーザーは普段そのように相手をわざと煽るようなことは言わないが、ディラを引き留めるためならばどんなことでも言ってやろうという覚悟だった。
「誰が逃げるってえ!」
ディラは額に青筋を浮かべていた。
(どうやら上手く注意を引けたみたいだな。あのディラという男、煽り耐性は低いみたいだ)
「い、良いでしょう。あの娘を手に入れるのは、あなたをぶち倒した後にしましょう!」
ぴくぴくと頬を痙攣させながら指をワキワキと動かすディラ。
「先程も申し上げましたが、フィーナはあなた方には渡しません!」




