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38話

 空の上ならば混雑は起こり得ない。フィーザーとフィーナはのんびりと風に揺られながら祭りの喧騒を見下ろす。


「こうしてみると、本当にすごい人だかりですね‥‥‥」


 リニアの路線があるため所々邪魔されてはいるが、それでも管理局の南側、学院と居住エリアの間の空間は人で埋め尽くされんばかりの混み合いだった。


「教会の方にも挨拶には行きたいけれど、流石にもう少し待った方が良さそうだね」


 フィーザーが教会のある西の方を振り返りながら言うと、フィーナもそちらを振り返る。降誕祭と名付けられているだけの事はあり、聖パピリア様の降誕をお祝いするお祭りであるというのが本来の趣旨である。

 教会の周りには大陸の方から来ている観光目的の客も会わせて、大分大きな人の輪が出来上がっていた。聖堂に入ることの出来る人数には限りがあるため、外で待っているのだろう。

 フィーナの事に関して調べて貰っている都合上、連絡を待つだけではなく、たまには進捗を尋ねたいと思っているのだが、降誕祭の期間中はやめておいた方が良いのかもしれない。もちろん、人に聞かれて困る話をしないのであれば、普通に尋ねたのならば拒まれることはないだろうが。

 同じように思い空を行く魔法師や、遊覧目的の飛行船とすれ違ったりしながら、学院の屋上に降り立つ。屋上は解放されてはいるが、出店はされていない。わざわざ上がってくるのも大変だし、そんなところに店を出そうという物好きはいなかったようだ。

 フィーザーとフィーナは屋上の手すりから敷地を見下ろす。

 学院では調理部の出している出店がやはり人気のようであった。

 製菓系を専攻している学生グループの販売しているのクレープやタルトは一番の人気のようで、先が見えないほどの長蛇の列が折れ曲がりながら、それでもかなりの勢いで捌かれ続けている。


「学院の製菓部の出店は有名で、毎年長蛇の列が出来るんだ。中にはモールからの出品依頼が来るくらいのものもあるらしいよ」


 学院にはフィーザー達の在籍している魔法学部の他に、レドの通う体育学部、ディオスやメルルのいる工学部など、30を超える学部が存在している。

 学院の正面ゲートや外壁等の装飾を手掛けたのは美術部だし、ホールでは音楽部がコンサートを開き、グラウンドの方では体育学部の女生徒によるチアリーディングなどが行われていることだろう。

 そして今フィーザー達が話題にしている製菓部は調理部の中の専攻の一つである。


「お待たせしました! 生クリームと苺、バナナとチョコレートのクレープです」


「モンブランとガトーショコラ、それから苺のタルトでよろしかったでしょうか?」


 製菓部棟の近く、調理室のすぐ隣にはすでに用意していた分の席だけでは足りなくなっていて、慌てて座席を増設している製菓部の生徒の姿がある。


「売り上げを出すことが目的じゃなさそうだから、いやそれもあるんだろうけれど、うちのクラス、学部も大変だよね」


 フィーザーとフィーナが近付くと、いつものごとく視線は集まったのだけれど、いつもとは違う、伺い見るような視線と共に、ひそひそと内緒話でもしているかのような雰囲気になった。


「苺のクレープとチョコレートやつを一つづつください」


 ようやく順番が回ってきて自分の分とフィーナの分、二つ分をフィーザーが注文すると、いくつもある屋台のうち、フィーザー達の前のクレープ焼き器の前でヘラを構えていた女子生徒は目を瞬かせて、驚いていた。


「っ! 失礼しました。苺とチョコレートですね。少々お待ちください」


 フィーザー達が見ている前で、あっという間に生地が出来上がり、瞬く間に熱々のクレープが二つ出来上がった。


「お待たせしました。熱いのでお気を付けください」


「ありがとう。さっき僕たちを見て驚いていたようだけど、というよりも、今も何かひそひそと噂されているみたいなんだけど、何かあったんですか?」


 お代を払い、フィーナが不思議そうに、一口食べてからは幸せそうな顔でクレープと口に運ぶ横で、フィーザーは売り子の女生徒に顔を近づけた。


「え、えっと、ご存じないのですか?」


 教えてくれた学院のページを端末で表示させると、フィーザーはフィーナの手を取った。


「教えてくれてありがとう」


 フィーナの口元についているクリームをそっと拭うと、周りで見ていたらしい生徒から黄色い歓声が上がった。フィーザー達はそれを無視してグラウンドの方へと向かった。

 グラウンドに辿り着くと、すでに大半の席が埋まっていて、フィーザー達が姿を見せると一際歓声が大きくなった。


「フィーザー」


「うん。分かってる」


 観客を煽る意図はないのだろうが、フィーナがフィーザーの背後に隠れるようにして、腕にぎゅっとしがみ付くと、大音声のナレーションが聞こえてきた。


「さあ、皆様お待ちかね、我が魔法学部5年生が誇る2名が到着いたしました。拍手でお迎えください」


 嵐のような拍手の中を、2人はゆっくりと競技場の中央まで進む。


「待ちかねましたよ、鍵たる少女よ」


「‥‥‥まさかこんなに大人数の中、堂々と仕掛けてくるとは思っていませんでしたよ」


 目の前の黒い三角帽をかぶった男性が、大多数の観客のことなどまるで気にしていないように口を開く。


「私はディラ。ここにあなた方が来たということはどうやら当たりを引いたのは私だったようですね」


「どういう事でしょうか?」


「こちらの話です。さて、私がここへ来た用件はお分かりですよね」


 ディラが右手を差し伸べる。


「あなたの隣居るその少女をこちらへ引き渡していただきましょうか」


「おおーっとお! まさかの直談判だあ!」


 フィーザーとフィーナが転入直後から常に一緒にいて、一緒に暮らしていることは知れ渡っている。二人がどう思っていようとも、周囲には明らかに付き合っているのだとしか認識されてはいなかった。


「お断りします。あなた方にフィーナは渡しません!」


「しかし、断る! 当然です! 彼女の寝取りを容認する彼氏がいるでしょうか、いやいません!」


 ナレーションと共に、観客の興奮の度合いも上がっていく。


「だがしかぁしぃ! ここ、演習用のグラウンドは降誕祭の期間に限っては対戦フィールドでもあります!」


 2人、フィーナを合わせれば3人は、グラウンドの中央で向かい合う。


「では、私が勝ったらその子はいただいていくということで」


「僕たちが勝ったなら、これ以上、フィーナに関わらないでください」


 フィーザーとディラは互いに視線を交わしていたが、やがて同時にくるりと背中を向けて、反対の方向へと歩き出す。


「フィーザー」


「分かっているよ。心配しないで、フィーナ。彼らに君は渡さない」


 今まで学院には現れていなかったので、油断していなかったと言えば嘘になる。

 しかし、逆に言えば、彼らにも人目を気にするなどの余裕がなくなってきているのではないだろうか。


「だから、後で一緒にそのクレープを食べようね」


 フィーザーは食べかけのクレープを持ったまま不安そうに見上げるフィーナの頭を優しく撫でると、黒いマントを靡かせて、不敵な笑みを浮かべるディラと対峙した。

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