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34話

 慌ただしかった夏季休暇が過ぎ去ると、多くの学生はがっかりして肩を落としため息をつくが、同時に負の気持ちだけにならないのは、このヴィストラントにおいても秋のお祭り、聖パピリア様の降誕祭が執り行われるためである。

 普段、教会に熱心に通うような信者や教会の人間、シスターなどは当然粛々と準備を進めているのだが、それ以外、特に熱心な信者でない者や、興味のない人間も、お祭り自体は楽しんでいて、本来の聖パピリア様の降誕をお祝いするという雰囲ではないにしても、各々が楽しみにしていることは間違いがなかった。

 大陸は勿論の事、その大陸の流れを汲んでいるこのヴィストラントでも大変盛り上がるお祭りであり、都市中がいつも以上に活気づく。それは当然、フィーザー達が通っているサンクトリア学院でも例外ではない。


「フィーザー、今年もうちのブースの出し物を手伝ってくれるんだよな」


「何言ってんだ、フィーザー。そんなこといいから、うちの店で売り子をしてくれ」


 昨年までも割と引っ張りだこだったフィーザーだったが、今年はいつも以上の騒ぎになっていた。

 理由はもちろん、フィーザー自身の人気もあるのだろうが、今も押し寄せるクラスメイトに怯んでしまっていてフィーザーの腕にしがみ付いて壁際との間に隠れるようにしている銀髪の美少女と、おそらくは1年生の教室でフィーザーと同じような目に合っていると思われる、もはや新入生とは言えない彼の妹によるところが大きいのだろう。


「頼む。お前はただ立って、来るお客を笑顔で席まで案内して、注文を取って、軽くサービスしてくれるだけでいいから」


「うちのブースならそんなことしなくていいぞ。ただミスコンの受付の椅子に座って飲み物でも飲んでいてくれりゃそれでいい」


 付き合っていると明言こそしていないものの、一緒に登校してきて、ほとんど片時も離れることなく、妹と一緒に3人で帰ることの多い彼らが一緒に行動するだろうということは、聞くまでもなく簡単に推測出来ていた。


「これだから男子は‥‥‥」


「でも、ユースグラム君が案内してくれて、相手をしてくれるのなら、私、喫茶店で粘るかもしれない」


「私もフィーナの可愛い姿が見られるのなら一緒に働いてもいいかも」


 フィーザーは少し仰け反り、フィーナを庇う様に背中で覆いかぶさりながら、笑顔でやんわりと否定する。


「ごめん。だけど、フィーナはヴィストラント、じゃなかった、学院に通う様になって初めてのお祭りだから、案内してあげようと約束していたんだ」


 フィーザーが見つめると、フィーナは少し頬を染めて小さく頷く。

 

「馬鹿な! おまえ、うちのクラスの最大の花をミスコンに出さずにどう盛り上げるって言うんだ!」


 フィーザーの視線が教室前方の扉から出て行こうとしているセレスティアへと向けられる。


「協力してやって、フェイリスさんに頼めば良いじゃないか」


「勿論これから頼みにいく」


 間髪入れずにクラスメイトがそう答える。


「だが、俺達だけで頼みに行くよりも、お前とかレドに頼んだ方が確実そうだからな」


「レドの方にはすでに打診して、了解を貰っている」


「お前が引き受けてくれれば、お前が店に立つことになり、自然とクラスの女子も手伝うことになるだろう。頼む」


「俺達はこのメイド服に命を懸けているんだ」


「馬鹿やろう。制服でやらなきゃ、せっかく学生が開いているのだという意義が薄れるだろうが。それじゃあ、売り上げが伸びないんだよ!」


 夏季休暇の事件を思い出し、果たして自分たちにそんなにのんびりとする時間は与えられるのだろうかと思いつつも、今気にしたところであくまで受け手であるフィーザー達には対処のしようがない。


「何もないのが一番だけど、そうもいかないだろうし、せめて進展があると良いなあ」


 フィーザーは小さく呟いたつもりだったが、盛り上がっている男子には聞こえずとも、恋愛の絡む話にはどんなに小さなことでも無理やり首を突っ込みたい年頃である女子は逃さずに聞きとった。


「進展って、一緒に住んでて、夏休みにも何もなかったの?」


「デートくらいは行ったんでしょう?」


「どこに行ったのか、詳しく」


 隣の席に座っている、フィーナの周りに、フィーザー達が囲っているのとは逆の半円を形成しながら集まっていた女子のクラスメイト達が、男子生徒を押し出してフィーザーとフィーナを囲い込む。

 フィーザーの言う進展というのは、例の『鍵』の件に対する、フィーナを狙っている者たちの動向であったり、より詳細な情報のことだったのだが、それを話すわけにもいかない。

 結果、フィーナと出かけたデートの事は粗方聞き出された。

 


「フィーナ、本当に大丈夫?」


 結局、クラスメイトは、男子も女子も一緒にやりたいことを全部混ぜてやればいいじゃない、という、カオスな結論に至ったようで、どうにか形にするように張り切っていて、今も放課後まで残って計画を立てている。

 フィーザーはフローラを一人で家に帰らせるのは危険だと考えていたし、フィーザーにふぃーなが付いて来ないということもなかった。


「お兄ちゃん」


 校門で友達と談笑しながら待っているフローラに声を掛けられてフィーザーが近付くと、フローラの友達らしき彼女たちは照れた様子で頭を下げて足早に去っていった。


「一緒に行かなくて良かったの?」


 クラスで決まったことなどを話しながら歩く。

 フィーザーの予想に反して、どうやら一緒に回ろうと引っ張りだこではあったものの、さすがにまだ1年生、自分たちだけで出店しようとか、企画を考えるような友達はいなかったらしい。


「私もフィーナと一緒に帰りたかったからさ」


 フローラが答えると、フィーナも口元を綻ばせた。


「私もお祭りは、フローラと、フィーザーとも一緒に見て回りたいです」


「私も一緒にかあ‥‥‥まあ、予想通りだけど」


 フローラがフィーナには聞こえないように呟く。

 フローラとしては、フィーナは兄と一緒に回って欲しかった。

 もちろん、兄の事は大好きだったが、同じくらい、フィーナの事も好きになっていたし、そのフィーナや兄の気持ちの向かう先がどこになるのだろうかということも、フローラには―—というよりも誰にでも―—予想出来ていた。


「そうだね。じゃあ、メルルさんやセレスティアさんとも一緒に回ろうか」


「はい」


 自宅へ向かう個別リニアの中でも、フローラとフィーナは降誕祭の話で盛り上がっていた。


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