32話
ステンドグラスが鳴り、教会の、建物自体が揺れ始める。
暴風である。
建物の内部でも、外部からも、台風のような激しい風が吹き付けて来ている。もともとこの聖パピリア教会は海風が吹き付けてくることのある立地ではない。西側と南側は植林の森林地帯に囲まれているし、小高い丘の上に立っているわけでもないこの建物には、風が届く前に居住区の建物によって減衰されてしまう。
「暴徒です、シスター・メルクーア」
シスターの一人が息せき切って駆け寄ってくる。
「他の皆は?」
「はい。今は皆、奥の寝室がある方の建物へと避難していますが、いつまで持つことか‥‥‥」
遠くからは大声で子供たちを誘導する声と、警吏への連絡を叫んでいる声が聞こえる。周りがうるさくて、聞こえないのだろう。
「わかりました。あなたもはやくお行きなさい。私もすぐに参ります」
シスターが走り去ると、メルクーアはエリスの手を取った。
「行きますよ、エリス。大丈夫です。聖パピリア様を信じましょう。あなた達も、さあ早く」
メルクーアに促されたが、フィーザーは首を横に振った。
「申し訳ありませんが、シスター・メルクーア。僕たちにはやらねばならないことがありますので」
メルクーアは顔をしかめたが、フィーザー達の瞳を、そして表情を見て、胸の前で手を組んだ。
「ありがとうございます。あなた達に聖パピリア様のご加護があらんことを」
速足で去るメルクーアを見送ると、フィーザー達は発生源であると思われる聖堂の方へと急いだ。
派手に吹き飛ばされ、破壊された聖堂の扉を踏み越えてフィーザー達が聖堂へと辿り着くと、内部から発砲音が聞こえてきた。
フィーザー達は障壁を形成すると、破壊された扉の壁の陰に隠れてちらりと顔を覗かせた。
「おい、ここがどこだか分かっているのか?」
「兄様っ?」
メルルの、驚いたような、制止するような声を聞かずに、ディオスは悠然と聖堂の中へと踏み込んで行く。
「何だお前は!」
聖堂を占拠している相手の発砲が続くが、ディオスは気にする様子もなく、ただ歩を進める。すぐに距離を詰める推進装置を使わないのはエネルギーを温存するためだ。相手の構成員がどれだけいるのか分からない以上、初めから手の内を明かしてしまうのはリスクが大きい。そして、無駄に聖堂を壊してしまう事にもなる。
「無駄だ」
プラズマシールドを発生させるまでもなく、ただの―—普通の銃弾ではディオスの身体を傷つけることは出来ない。発砲された銃弾は正確にディオスの事を捉えていたが、それはただ当たるだけで、傷つけることは叶わずに床に落ちる。
「これ以上暴れるというのならば、お前たちを殲滅する」
カランカラン、と薬莢が聖堂の床に落ちる音が響く。
「ちいっ! 義体化、サイボーグか」
機銃は無駄だと悟ったのか、潰れてくたびれた軍帽を被った男が、機銃を投げ捨て、コンバットナイフを取り出して襲い掛かって来る。ほとんど分からないようになってはいるが、可動部に直接差し込むことが出来れば多少の効果は望めるかもしれない、と考えたのかもしれない。
「ふん。俺は人間だ」
ディオスは余裕の態度を崩さずに、ゆっくりと右手を男に向ける。目の前の男には自分のプラズマシールドを突破できるだけの胆力はないと見抜いていたため、突っ込んでくるのならばそれを待てばよいと考えていた。
それは油断ではなく、戦力を正確に見抜いたからこその余裕だったが、一つ誤算があった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
銃器が使用されたことに反応した消火装置が作動して、天井からスプリンクラーが散水を始めた。
重火器が相手であっても、大抵の物ならば後れをとることのないディオスだったが、ほぼ全身を義体化している関係上、水には弱い。
突然降り注いだスプリンクラーには、プラズマシールドを展開できるだけの余裕がなかった。
「ふん、なんだか知らんが今が好機」
軍帽の男が手を挙げると、つかつかと、それまで一定の距離を保つ様に周りに展開していた同じような服を着た男たちがナイフを手に近付いて来る。
「兄様!」
「待って、メルルさん」
飛び出そうとするメルルを引き留めると、メルルとフローラ、フィーナの事をセレスティアに任せ、フィーザーとレドは飛び出した。
フィーザーはまず、ディオスを覆う様に防水のシールドを展開した。
スプリンクラーはディオスの戦力を奪ったが、同時に、相手の重火器も役に立たなくしている。
「次から次へと‥‥‥!」
この部隊の隊長らしき男は苛立ちを隠そうともせず、床を踏み鳴らした。
「何だお前達は!」
「カカロ隊長」
部下の男がカカロと呼ばれた男の耳元に口を寄せる。
「この者どもは、例の報告書にあった人物かと」
カカロはフィーザー達が入ってきた、自分たちが壊した扉の方へと顔を向ける。
「なるほど。つまり、ここにあの娘がいるという事か。どうやら間違ってはいなかったようだな」
にやりと笑うと、カカロは腕を振り上げて、扉の方を指差す。
「行け。そしてあの娘、フィーナを探し出してくるのだ」
「はっ」
駈け出した部下の兵たちは、途中で見えない壁にでも突き当たったかのように、何もない空間にぶつかる。
「友人をこんな風にした相手をみすみす行かせると思いますか?」
フィーザーのケージ―—バインドとは別種の、「檻」を形成するタイプの捕獲系魔法―—に囚われ、脚を止めていた部下の男たちは、瞬く間に距離を詰めていたレドによって床に倒れた。
「安心しろ。気絶させただけだ」
「‥‥‥貴様ら、一体何者だ」
鋭い眼光で、すでに油断なくフィーザー達を捉えていたカカロは、床に投げ捨てた自分のナイフを拾う。
「友人だ」
フィーザーとレドの声が揃う。
その時、扉の方からセレスティア達が姿を見せた。
「レド、ユースグラム君」
「セレス、隠れていろと‥‥‥」
声を掛けたレドは、途中で言葉を遮ると、フィーザーと背中合わせに立ち、迎えたセレスティア達を間に挟んだ。
「部隊を分けるのは基本だ」
扉からは、新たな、別動隊と思われる連中がなだれ込んでくる。
「やはりいたな」
カカロの眼光がフィーナを捉える。フローラとメルルがフィーナを挟むようにして、ぎゅっと抱きしめ、カカロを睨みつけるが、その視線をフィーザーが遮る。
「お兄ちゃん‥‥‥」
「大丈夫、フローラは警吏に連絡を頼む」
「それはもうしたよ」
フィーザーは振り返らずに告げる。
「フェイリスさん。フローラ達を頼む」
「‥‥‥任せて」
フェイリスは自分も戦うべきかと思ったが、この人数を相手に、フィーナ達が狙われることのほうがリスクが大きかったし、ディオスが動けない今、自身のやるべきことはしっかりと判断出来ていた。
「メルルさん。ディオス君が動けるようになるには、とりあえず乾かせばいいのかしら?」
「はい」
ディオスの乾燥をフローラに任せて、フェイリス自身はその彼女たちの保護にあたる。
「警吏が駆けつけるまでにはしばらく時間が掛かるはず。それまでにあの娘、フィーナを確保して撤収するのだ」
カカロの号令を聞き、部隊がフィーナをめがけて押し寄せ、遠くからは魔法も飛んでくる。




