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30話

「すごく似合ってると思う。可愛いよ、フィーナ」


「‥‥‥ありがとうございます」


 フィーナは少しはにかむようにしながら綺麗な笑顔を見せた。

 事前に合わせていたのを見ていた通り、とてもよく似合っていた。

 

「こちらはどうですか?」


 肩ひもで吊られた青いサマーワンピースは裾の部分にふんだんにあしらわれたフリルが特徴的で、むき出しの白い肩が眩しい。


「きれいだね。これからの季節には少し涼し過ぎるんじゃないかと思うけど、そっちも良く似合っているよ」


 それからも、なんだか少しばかり興奮している様子の店員に勧められるままに、セールの対象になっている夏物の残り、そして秋以降へ向けての服も何着か選んだ。

 さすがにその道のプロが勧めてくれるものだけあって、どれもフィーナの魅力を十二分に引き立てていた。

 一緒に履く靴まで買うと、やはりそれなりに値が張ったが、これといった趣味はなく、貯金の十分にあるフィーザーには支払えない額ではなかった。そもそも、両親はフィーナの事を知っており、すでに養子のような格好になっているフィーナに必要だろう生活費も含めて、今までよりも余分に、それこそ過保護なのではと思えるほどに振り込まれており、そちらに関しての心配はまるで必要なかった。


「フィーザー、大丈夫ですか?」


 まだ出かけてきて間もないというのに、すでにたくさんの荷物を運んでいるフィーザーを心配してフィーナが声を掛ける。

 フィーザーはそれほどたくさんだとは感じていなかったし、運ぶのにも特に苦労はしていない。たしかに魔法を使うことはまったく疲労しないというわけではなかったが、この程度であれば全く苦にはならない。荷物と言うのなら、フィーナがフィーザー達の家に来た最初にフローラとも一緒に回った時の方が多い。


「全然大丈夫だよ。せっかく出かけてきたんだし、もう少しぶらついていこうか」


 荷物は宙に浮いていて両手はフリーなため、フィーザーはフィーナに手を差し出して、しっかりとその小さくて柔らかい手を握り絞めた。

 夏ももうすぐ終わりが近いとはいえ、まだまだ暑さは感じる。

 昼食、というわけではなかったが、ジェラートやかき氷の出している看板を目にすると、フィーナは目を輝かせた。

 女の子の例に洩れずフィーナも甘いものは大好きなようで、初日に家で食べた棒付きのアイスに大変満足していたように、ショコラのアイスに口元を綻ばせている。


「とても美味しいです」


「それは良かったよ」


 フィーナはスプーンに乗せたアイスをフィーザーの口元まで持ってくる。


「フローラに聞いたところでは、こうするとフィーザーは喜ぶと言っていました」


 人前でそういうことをするのに、フィーザーとしては抵抗があったが、フィーナの嬉しそうな顔を見ている前で、断ることなど出来ようはずもなかった。


「あーん」


 フィーナに言われるまま、促されるままに口を開くと、フィーナのスプーンが口の中に運ばれる。とても楽しそうな様子のフィーナはその行為をやめるつもりはないらしかった。

 

「ありがとう。でも、僕はいいからフィーナが全部食べてしまっていいよ」


 そう告げることが出来たのならば、店員や、モールを行き交う人に微笑まし気な、或いは嫉妬や殺意の籠った視線を向けられるようなことはなかった―—少なかった―—のかもしれないが、もちろん、そのようなことを言えるはずもなかった。


「あーん、です」


 衆人環視の中で続けられるその行為に、フィーザーは気にしたら負けだという気持ちになって、ひたすらにフィーナにジェラートを食べさせてもらっていた。

 



 フィーナの、女の子の用事に、ついて行くわけにはいかないので、フィーナがそちらへ向かっている間に、フィーザーは近くのアクセサリーショップで暇を潰していた。


「やっぱり、実際に付けているのを見ないと分からないけれど、どれでも似合いそうだよね」


 プレゼントの一つでも、と考えてはみたのだが、本人がいないと合う合わないは分かり辛く、本人がいたのでは驚かせることは出来ない。

 驚かせなくても良いのかもしれないが、せっかくならば喜んでもらえる物を贈りたかった。


「彼女さんにですか?」


 端末の写真を見せて説明すると、店員の女性はとても驚いた表情をしていた。


「ご婚約ですか?」


 フィーザーの年齢ならば結婚まではいかずとも、婚約はしていてもおかしくはないのかもしれない。

 学院を卒業してからすぐに結婚する人もそれなりの数はいたし、大陸の方では学院に通っている間からすでに婚約や、稀に結婚しているという生徒も少なくはないと聞いている。


「いえ、僕たちは別に‥‥‥」


 あやうく、まだ、と言いかけたが、とにかく、学院生を終えて、この騒動が終わるまではそのようなことは考えられないと、フィーザーは軽く否定をしたが、あまり力は入っていなかった。


「そうですね‥‥‥。それでは、こちらなどはいかがでしょう?」


 店員の女性は、微笑まし気なものを見るような表情で、綺麗な青い球のついたネックレスを手渡した。


「‥‥‥そうですね、では、こちらにします」


「ありがとうございます。是非また、今度は彼女さんと一緒にお越しくださいませ」


 会計を済ませて、元の場所に戻ると、フィーナが丁度戻って来るところだった。

 何事も起こらなかったことにフィーザーは軽く胸を撫で下ろした。


「お待たせしました」


「そんなことはないよ」


 今、ここで渡してしまうのも、何だか違う気がして、フィーザーはプレゼントをポケットに大事に仕舞った。

 

 

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