29話
夏休みも終盤が近くなれば大分涼しくなる、などということはなく、まだまだ暑さの残る中、フィーザーとフィーナはフローラに追い出されて、2人で出かけていた。
事情を知らない人から見れば―—二人を知っている人から見ても―—デートしているように見えただろう。
肩から先がすっかりむき出しの白いサマードレスを着たフィーナは、道行く人から自分に向けられる視線など全く気にする様子もなく、隣を歩くフィーザーの顔を見上げてはとても嬉しそうに微笑みを漏らしていた。
「何か嬉しいことでもあったの?」
フィーナの肌は白くて綺麗なので、秋も近いとはいえ、夏の日差しの下をそんな格好で歩かせることには、フィーザーとしては難色を示していたのだが、当の本人やフローラは全く気にしないどころか、かなり自信のある様子だった。
女性のことを女性以上に分かるはずもなく、フィーザーとしても、なんだかいつもより眩しく見えるほどにフィーナの姿に見とれていたので、自分では普段と変わらないと思っている調子でフィーナをデートに誘ったのだった。
こんな風に、いかにもこれからお出かけしましょう、と言っているような服装の女の子と、それをコーディネートしたであろう妹の気持ちを察することが出来ないほど、フィーザーは鈍感ではなかった。
「はい。あ、いえ‥‥‥うん。こうしてフィーザーと一緒に出掛けられることがとても嬉しいで‥‥‥嬉しいの」
フィーナはスカートを翻しながらくるりとフィーザーの方を振り返りお日様のような笑顔を見せた。
フィーザーもその言葉は素直に嬉しくて、照れ臭かったので、話題を変えることで誤魔化した。
「この前から気にはなっていたんだけど、その言葉遣いはどうしたの?」
以前の言葉遣いが良かったとか、そういう事ではなく、無理をして使っているかのようなフィーナの口調が気になっていたのだ。
「これは、その、フローラに、言葉遣いが堅苦しいと言われたので、努力してみているんです」
だめでしょうか、と小首をかしげるフィーナ。上目遣いに下から屈み込むような姿勢で言われたため、少し膨らんだ服の内側が襟首のところから見えてしまいそうになって、フィーザーは目のやり場に困ってしまい、それとなく顔を逸らした。
「ダメとは言わないけど‥‥‥。フローラに言われたからって、無理して変える必要はないんだよ。もちろん、フィーナがそうしたいと言うのならいいんだけど、なんだか今の方が窮屈そうにしているみたいだったから」
「‥‥‥フィーザーはこうして話す方が好きでしょうか?」
「え? いや、僕はあんまりそう言うのは気にしないけど‥‥‥」
フィーザーがそう答えると、質問されたときには少しもじもじとしている様子だったフィーナは、少し落ち込んでしまったようだった。
「そうですか‥‥‥」
フィーナの変化の理由には思い至らなかったが、沈んだ顔をしているばかりでは、せっかくデートに出かけてきたのにつまらなくなってしまうことだろう。
「あー、いや、うん、まあ、その、フィーナがいつもみたいに喋っている方が僕は好きだよ」
フローラがいれば、煮え切らない兄の態度を一喝して、びしっと決めさせたことだろう。しかし、生憎と言っていいのか、それとも幸いだったのか、賢明なる彼の妹は、同居人である可愛い少女の、想いを寄せているのであろう兄とのデートにくっついてくるという真似をするような、野暮な少女ではなかった。
「そうですか」
先程と同じ台詞だったが、そこに含まれている感情は大分違うものだった。
台詞が煮え切らないことなど気付いてすらいないような、もしくは全く気にしていないような、はにかんだ笑顔をみせるフィーナに、フィーザーもまた、心臓が高鳴るのを感じていた。
それほど広いわけではないヴィストラントで二人でデート、でなくとも出かけるような場所は限られる。
西側の教会裏への森林浴、南側、大陸方面へ向かうのとは逆の位置、先日フィーザー達も行ったエルセイ海岸、そして屋内プールや飲食街など、あらゆる施設が揃っている超巨大と言っても差し支えのないショッピングモールだ。
夏休み終盤、平日とあれば、客足もそれほど多くはない。フィーザー達は宿題、課題などはすぐに終わらせてしまっていたが、同じ学院生でも、おそらく半数以上の生徒は追い込みに大忙しだろう。
「来てみたものの‥‥‥フィーナは何処か見て回りたいところはある?」
運動の出来る格好ではないし、ましてや水着など持って来てはいないから、屋内プールなどに向かうことはないだろう。もちろん、今、購入するというのならば話は別だが。
「多過ぎてどこへ行ったらいいのか分かりません‥‥‥」
元々、これといった目的もなく、一緒に出掛けるということ自体が目的になっていたふしもあり、いざついてみてもどうしたらいいものか困ってしまっていた。
「とりあえず、適当に歩き回ってみようか」
フィーザーはフィーナの足元へそれとなく視線を向ける。フィーナの靴のヒールはそれほど高くはなく、多少ならば歩き回っても負担には感じないだろう。
「フィーナ。前みたいにはぐれるといけないからしっかり掴んでいて離さないようにね」
歩き出そうとしていたフィーザーは思い浮かぶところがあり、振り返った。今日は先日ほど混み合ってはおらず、心配もなさそうだったが、そうした方が良いと思っていたし、フィーザーも個人的にそうしていたかった。
「はい」
こくりと頷いたフィーナは、嬉しそうに、差し出された手をきゅっと握った。
年頃の少年少女であれば、異性と手を繋いだりすることに気恥ずかしさを覚えたりもするのだろうが、フィーザーは今更と思っていたし、フィーナの方もそんな気持ちは全くなかった。
「私、お店のことはよく分からないのですけれど、フローラはこういったところが良いと言っていました」
フィーナが足を止めて店のディスプレイを見る。
最初にフィーナの服を買いに来たのとは別の店だ。
「そうだね。可愛い服だし、フィーナには似合うんじゃないかな」
パネルを操作すると、ホログラフィが浮かび上がり、フィーナがとるポーズに合わせて動いたりする。
しかし、やはりというか、実際に試着するのが良いことに変わりはない。
「こちらなど似合うと思いますよ、彼氏さんもそう思いますよね?」
店内で服を身繕っていると、女性店員が二人の元へやってきて、綺麗な微笑みを向ける。それは決して営業スマイルだけのものではなかった。
「え、ええ」
別に彼氏というわけでは、と、フィーザーは否定しようとしたのだが、フィーナの表情を窺ってみて、その台詞を飲み込んだ。
「こちらへどうぞ。ぜひ、試着されていってください」
店員に渡された秋服と、何着かの秋服を手にフィーナが試着室へと入っていく。
「ふふっ、すごく可愛い彼女さんですね」
「え、ええ‥‥‥」
しばらくすると、カーテンがわずかに開き、端末を片手にフィーナがひょこっと顔を覗かせる。
「フィーザー。着替え終わりましたので、見ていただけますか?」
フローラ以上に良いセンスなんてないとは思いつつも、フィーナの可愛いだろう姿を見てみたかったフィーザーは、もちろんと頷いた。
「わあ‥‥‥」
「あら‥‥‥」
フィーザーと女性店員は同時に驚嘆の声を上げると、そのまま無言でフィーナの姿に見とれていた。
白を基調とした柔らかそうなワンピースの裾がふわっと広がり、あしらわれたレースが少女らしさを引き立てる。
「どうでしょうか?」




